第7章 -13『風は嵐へ』


 レックスがアルゼンタムのクルーと対面を済ませ、マニュアルを熟読している裏。

 同時刻、D-3ドック。


「きっ・・・きっ・・・キタアアアアアーーーーーーーーッ!!!!!」


 そこに鎮座していたものを視界に認めた瞬間、ノエミは快哉の叫びを上げた。

 他のメンバーは、多かれ少なかれ、驚きをもってこれを受け入れる。


「ノエミさん、これって・・・!」

「新国連との連携が決まったときにすぐ打診してたンスよ!

 何度もちょこちょこ設計図交換やヒアリングを受けて・・・長かったッス!

 しかぁし!!見よこの完璧な仕上がり!!

 新国連の最新技術は世界一ッスなぁーーー!!!」


 距離がなければ今すぐに頬ずりしているであろう勢いのノエミ。

 それほどまでに、ノエミはにご執心なのだ。

 



 ―――ますます美しいフォルムだった。


 わずかに光沢を帯びた、純白と真紅の混じるボディ。

 流線を描くしなやかなシルエットの上、刃かひれのような鋭利なウィングが並ぶ。

 ボディを走るライトラインのところどころに、閉じられたカバー。

 二基の巨大なメインタービンと、四基のサブタービン。


 そして何より・・・ 誇らしげに配置された、グランフリート戦隊のエンブレム。




「これが!!

 防衛戦闘機能を追加した上でスペックアップした、後継機!!

 『デア・ヴェントゥスⅡ』・・・通称、『テンペスタース』!!」


 大嵐テンペスタース

 女神の風は、嵐に生まれ変わったのだ。




「くぅーっ我慢できねぇッス!

 係の人ーっ!中、入ってもいいッスかーっ!?」

『もちろん構いませんよ!

 今ハッチを解放しますので、少し待って下さいね!』


 ドックの上方、ガラス張りの管制室からオペレーターが声を返す。

 数秒とたたず乗艦ハッチは開き、ステップが伸びてきた。


「さささ、みんなも入ってみるッスよ!」


 体格からは想像できないダッシュでノエミは艦内へ消えて行った。

 残されたメンバーも、すぐに後を追う。


「正直ワクワクしてきた」

「わたしもー!甲板上がろうよオルカ!」

「少し大きくなったようですし、せまい仮眠室が改善されていればいいんですが」

「ぼくはまずブリッジにお邪魔しよう。ヘラクレスはあるのだろうか」

「さーてウチの要求は通ってるのかな・・・」


 各員、それぞれに目的を持ってステップを渡った。








 ———5分後。








「聞いてくれみんな、出撃用カタパルトが全員分あるぞ!!」

「個室にお風呂が完備されてるんですよ!!」

「甲板の床にパラソルとソファーが隠されてたよー!!」

「うわぁい夢のバーカウンターだぁー!!!!!!」

「備蓄に味噌汁あんの神だわ」


 全員がそれぞれの喜びを叫びながらブリーフィングルームに駆けこんできた。


「細かいワガママをぜーんぶ通したノエミさんを存分に褒めていいッスよ」

「かぁ~!やっぱノエミなんだよな~!」

「可憐だ・・・!輝いている・・・!」

「正直女として勝てないかなみたいなとこあります」

「カワイイー!ステキー!あとカワイイー!」

「パない」


 ノエミは重い胸をしっかりと張ってふんぞり返る。

 鼻をふんすふんすと慣らし、ご満悦の様子だ。


「ともかく!今後はこのテンペスタースでみなさんを戦場に運ぶッス!

 のみならず、ついに武装を獲得したッスからね!

 ・・・と言っても、あくまで防戦用で、激しい戦闘はできないッスけど」

「具体的にはどのような武装が搭載されたのですか?」

「えーっとそれはッスねぇ」


 リネットの質問にノエミが答えようとした瞬間、通信が起動する。


『おや、皆さんお揃いで。ご満足頂けてますか?』

「おおっ、ヴィクトルさん!!もー最高ッスよ!!」

『それは何より。

 ノエミさんに対しては操縦法のレクチャーも必要がないので楽なものです』

「ってことは、そっちは今まさにそのレクチャー中か?」

『いえ、我らがレックス船長はマニュアルをなさっている最中です。

 なんでも一度覚えたものは忘れないのだとか。便利ですねぇ』

「なるほど、ぼくたちとは頭脳の造りが異なるということか」

『そのようです』


 一拍を置いて、ヴィクトルは全員を観察する。

 全員が忙しそうではないことを確認すると、話を切り出した。


『実は、みなさんに提案があって通信しました。

 まぁ、半分はお願いになりますが』

「お願い?」

『率直なところをお聞きしたいのですが。

 貴方がた、レックスさんがさらりと仲間入りしたことに全く何も感じませんか?』

「・・・それは・・・」


 全員が、渋い顔になる。


 北極での共闘や対話、目的や理念を聞いた今となっては、協力関係になることには文句はない。しかし敵としてレックス・・・脚の王レッグスが行った所業の数々がそれで帳消しになるかと問われれば、それは否でもある。


「完全に納得してるかって言われると、な」

「微妙なとこだよねぇ」

『先に断っておきますが、何も私は再度の物別れを提案するわけではありません。

 純粋に今は数が貴重であり、彼の能力は今のところ有用です』

「じゃあ、なんでそんな質問を?」

『きちんと彼を仲間に迎え入れるためには、通っていない儀礼がある。

 私は、そのように感じるのです。ねぇ、チャナさん?』


 唐突に話を振られ、チャナはきょとんと自分を指差す。

 十数秒ほど考えて・・・チャナははたと気付き、そしてニヤリと笑った。


「あー、ね。なるほど、そりゃ道理かもね。

 アイツだけ特別扱いは・・・確かにね。しちゃいけねーってもんだよね」

「何の話です?」


 レオンが尋ねると、チャナは両手でチョキを作り、すぐにそれをグーにした。

 グーを頭の上でごつんと打ち合わせ、わざとらしくセリフを言う。


「『未経験で装備もピカピカの新人が・・・いきなり実戦に出られると?』

 ———ってな」


 織火とレオンは、そのセリフに聞き覚えがある。

 顔を見合わせ、指を突き付け合う。


「ああ!」

「そういうことか!」


 リネットとノエミも察したようだ。

 フィンだけは言っている意味が分かってはいないが・・・何か、ろくでもない企みが進んでいる気配だけを感じ、密かにはらはらしている。


『このあと、15時から。アルゼンタムの試運転が行われます。

 当然、私を除くクルーは、あくまで単なるクルーズだと思っている』


 ヴィクトルは、口元に指を当て、ひっそりとした声色になる。

 本日一番、会心のヘビの笑顔だった。




『———奇襲攻撃といきましょう。

 レックスさまの、抜き打ち入隊テストをしようではありませんか』


                        


                                《続》

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