第7章 -12『王を知るものたち』
ヴィクトルによるレックスの選別宣言、そして戦艦の指揮要請。
突然すぎる展開に周囲が戸惑う中―――当のレックスは、意外にも冷静だった。
「・・・指揮をしろ、ってことはだ。
つまりコイツの中には人員がいるってことでいいんだよな」
「ええ。選別のために有効な人材を収容しています。
いずれのクルーも、どんなものであれ貴方の命令通りに動きます。
私も乗ります。たとえあなたがそれを嫌がったとしても、付き従い、見定めます」
「いいのかよ。
豊富な武装が全部、テメェらに向くかもしれないんだぜ」
「フフフ、承知の上です。それも結構でしょう。
ただし、覚えておいでなさい」
ヴィクトルは、蛇の目でレックスを睨む。
珍しく顔から笑顔が消えた。
「貴方がその程度の王ならば―――くびり殺すに容易い」
その目線を受けて、レックスは竜の顔で笑う。
獰猛にして堂々。そこには確かに、威厳のようなものが萌芽しつつある。
「俺の最初の国土が戦艦とはなァ」
「さっそく挨拶・・・の、前に。
他のみなさんはここから歩いてD-3へ向かって下さい。
ノエミさん、ご注文が仕上がってますよ」
「おおっ!!」
ノエミが声を上げる。
喜びに胸を弾ませて―――そういう意味ではない―――バンザイをする。
「ついに出来たっすか!!」
「すぐに受領できますので、お楽しみに♪」
「ヒャハーッ!!みんな、すぐ行くっすよー!!」
ダッシュで駆け出していくノエミ。
慌てて後に続く一同の中で、リネットは振り向く。
アルゼンタムの甲板に、知っている人物の姿を一瞬、見た気がした。
(・・・いや、そんなまさか・・・)
もし見えたのがその人物なのであれば・・・レックスは相当、苦労するだろう。
今日これから起きる顔合わせが佳境とすら言える。
リネットはそうでないことを祈るが・・・同時に、ヴィクトルという人物がそういうことをやるであろう人物だと思い出し、嫌な予感ばかり膨らむのだった。
「———おい・・・どういう当てつけだ、こいつは」
そしてリネットの祈りも空しく、それは完全にその人物だった。
「ご紹介します。こちら、操舵手のカイマナさん。
以下、十数名の・・・マウナ・ケア漁業組合の方々です」
「初めまして久しぶり、イカの兄ちゃんよ!」
カイマナと、マウナ・ケアの住人。
かつて、直接的にレックス・・・
その住人たちが・・・レックスの命令系統に入り、同じ戦艦を駆る。
常識的に考えれば、ありえない話だ。
ただしそれは、
「まぁ色々あったが今日からはアンタの部下だ!
よろしく頼んだぜ、船長サン!」
「改めて見ても人間と区別ねぇな」
「イカスミ吐くって聞いたんだけど本当か?」
彼らが常識的な性格であればの話だ。
マウナ・ケアの人間は底抜けに明るく、寛容なのである。
その寛容さに、戸惑うのはむしろレックスの方だった。
「いいんかよ。
俺はテメェらの島を滅ぼそうとしたんだぜ。
殴りかかりこそすれ、従う理由なんざないと思うが」
それはレックスにとって、特に罪悪感や後ろめたさのある発言ではない。
あの時は敵で、自分は本気だった―――客観的な事実に基づく確認。
その客観的な事実を前に、カイマナはさもあっけらかんとしていた。
「いやいや、だって失敗しただろ、お前それ!
負けておいていいも悪いもないって!」
「———・・・・・・・・・!!!・・・ッ・・・!!」
あっけらかんとしすぎて、強烈なカウンターを繰り出す始末である。
レックスは表情を歪めるも、何一つ言い返す要素がない。
「カイマナさんの言う通りですねぇ。
貴方、基本的に負け越しでここまで来ているのを忘れちゃいけませんよ。
ご自慢の〈ガーディアン〉も失って、何ならマウナ・ケアの時より弱体化。
王だ国だと吠える前に立場というものを見直すべきです」
「ぐ、ぐぐぐ・・・クソ・・・!!」
苦悶と恥辱とやり場のない怒りでますます歪むレックスの顔。
その後ろから、カイマナががっしりと肩を組む。
「な、なんだテメ、馴れ馴れしく・・・!」
「まぁまぁ、一旦落ち着いて模索しな。
負けが込むときってのは、何かやり方がおかしい時だ。
ひとりでうだうだ考えてても仕方ないぞ!」
「だからっていきなりこんなバカみてぇに慣れ合えるか!」
「そこを慣れ合えるかを俺らは見たいんだよ!
俺らマウナ・ケアの王様はそういうのを大事にするからな!」
「・・・!」
『王』というワードに、レックスは表情を変える。
思えば、別の王の話は初めてだった。
「・・・マウナ・ケアは、王政なのか」
「お?おう、まぁ民主政治なんで世襲じゃないがな。
ただ、俺らは王様にはちょっとうるさいぞ。
お前のことも、働きながら厳しく見ていくつもりだ。
ヴィクトルさんともそういう約束だからな」
「・・・なるほど、それでテメェらか。
おいおい選別官、いいのかよ部外者に仕事を割り振って?」
「人使いも支配者の才覚というものです。
貴方にもここで学んで頂きたいですね」
「・・・はぁぁぁ・・・チッ」
ため息ひとつに、舌打ちひとつ。
観念したように、艦長席らしきシートにどっかりと腰掛ける。
「・・・ひとつ聞かせろ」
「はい?」
「・・・『アルゼンタム』。どういう意味だ?」
「ああ、名前ですか」
ヴィクトルは、胸ポケットから鍵を取り出し、レックスに差し出す。
艦のマスターキーのようだ。
「ラテン語で、『銀』という意味です。
お好きな色だとお聞きしまして」
「———ハッ」
首掛け式になっているキーを受け取り、胸に下げる。
照明に反射するその色を手で弄びながら、レックスは不敵に笑んだ。
「試運転をさせろ。
———暑苦しい操舵手やクルー連中の手並みを拝見してぇからな」
「はっはっは!言うなぁ船長!任せとけよ!」
「フフフ、マニュアルをお読みになればすぐにでも」
心は未だひとつにならず。
その船は、今、挑戦の最中に漕ぎ出さんとしていた。
≪続≫
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