第7章 -11『試しの船』


『グランフリート戦隊の方々ですね』

「はいッスー!定刻通り到着しましたー!」

『バイパスを渡しますので、少々お待ち下さい』


 短いやりとりから十数秒後、渦を跨ぐアーチ状の巨大構造物が展開された。

 クレーンやアームが多数備えられている。


「なるほど、こいつで渦の上を渡すのか」


 見れば、もう一本別に展開されたバイパスが、大型貨物船から積み荷をクレーンで持ち上げていた。

 そしてこちらのバイパスは、デア・ヴェントゥスをアームで固定し、レール伝いに渦の内側へ運ぶようだ。


『着水しましたら、プロジェクションの案内に従ってD-1ドックへご碇泊下さい。

 担当の者が出迎えます』


 アーチを渡って内側の水面に降りるデア。

 進路上に、ウォーター・プロジェクションで矢印や標識が表示される。


「お、オシャレ・・・!」

「設置物の削減にもなる、機能的だな!」


 騒ぐ声を尻目に、レックスはひとり、人類の文明に密かに感嘆していた。

 

 この世界がどのように、どれほどに沈んだのか、それはであるレックスがこの場の誰より知っている。

 ただ生き残って再起しただけで強壮だと思っていた世界で、これほどまでの進歩を見せる人類のしぶとさ、生き足掻くエネルギー。

 

 圧倒する対象でしかなかったはずの『生物』が、異種対等の『敵』だったことを、こうなって初めてレックスは知った。


「D-1・・・あそこか。他よりかなりでかいな?」

「デアを繋ぐだけならあそこまで大きくなくていいはずだが・・・」

「緊急事態ですから、修理か何かで他は埋まっているのでは?」

「そうかも」


 プロジェクションはドックの正面ではなく、裏側にデアを誘導した。

 小さな係留スペースと作業用のステップがあり、そこには、


「いやぁーみなさま遠路はるばるよくお越しくださいましたぁ♪

 担当の者でございますぅ♪」


 満面の笑みを浮かべる選別官ヴィクトルの姿があった。


「ノエミさん、急速転回です、180」

『アイ・サー』

「おーっとみなさん!?救援にお越し下さったはずのみなさん!?

 いったいこのヴィクトルの何がご不満です?顔面偏差値ですか?気品?教養?」

「態度では?」

「なんとそうでしたか。そちらで適宜諦めて下さい」


 ヴィクトルはどこ吹く風。リネットや織火は溜息をつきながら片手で頭を抱える。


「・・・なんだあのピエロ野郎は」

「巨魚側の偵察では彼の存在は拾っていなかったのかい?」

「・・・ああ」

「彼は国家選別官ヴィクトル。

 当人から序列が語られたことはないが、恐らく元締めのような立場にある。

 担当国家もいまだに不明さ」

「・・・選別官・・・・・・・・・なるほど」


 レックスはその情報を正しく記憶するが・・・質問の意図はそうではなかった。

 『誰か』ではなく、『何者か』と問うたのだ。

 この場所に来てからずっと、レックスは理解している。




 ヴィクトルは、レックスを睨んでいる。




 誰にも知られぬように。逆に、当人にだけは伝わるように。

 それは眼差しの種別の話ではなく―――、ということだ。

 眺めている。観察している。舐め回すように、上から下まで品定めをしている。

 そしてレックスは―――恐らくこれも向こうの思惑通り―――ヴィクトルの内心を薄っすらと感じ取ることができる。 

 

 間違いない。笑っている。

 

 外では俺を見下ろしながら、実際には、侮蔑に見上げて目を細め、あざ笑うヘビ。

 それが、あのヴィクトルという男の正体だと、レックスは短時間に理解した。


 睨み返すレックス。

 ヴィクトルは気付くと、ひらりと手を振り、飾り付けた笑顔をいっそう光らせた。






「いや実際助かりましたよ。

 本当に突然のことでしたから、負傷者も少なくありません。

 何につけても人手が必要な状態です」


 全員がドックの施設内に上がると、ヴィクトルは態度を改めて礼を告げた。

 廊下や狭い作業スペースをせわしなく作業員が走り回っている。


「敵の詳細は聞きました。骨格の王スケルトン、でしたか」

「ええ。まったく、敵ながら鮮やかな手腕ですよ。

 人間の街というものの穴を非常によく分かっている」


 そこまで行って、ヴィクトルはワザとらしくレックスに話を振る。


「元同僚のアナタは、骨格の王スケルトンの手口を御存じで?」

「・・・あァ。いつもやってる方法だったら、ゴミ捨て場だ」

「ゴミ捨て場?」

「奴は巨魚の骨を自在に操る。その能力に警戒することはできる。

 けどテメェら、巨魚の骨と単にデカい魚の骨、区別つくか?」

「それは・・・難しいだろうな。よほど特殊でない限り、骨格は似通うだろう」


 いかに巨魚が通常の魚より巨大であるとはいえ、それでも平均的な巨魚より巨大な魚というものは存在する。

 例えば、メダカが1~2メートル以上の巨魚になったとしても、に比べれば小さなものだろう。そして両者の骨をバラバラにすれば、専門的な知識のない者にはもはや区別は付けにくい。


「何より、奴の力が及ぶまで、それは実際の意味で単なるゴミだ。

 俺の個人的な数少ない評価点だが、お前ら人間は無意味に海を汚さない。

 そのゴミがどこに運ばれるか、っていうと・・・」

「・・・焼却のために人間のいる施設に運ばれる。

 なるほど、うまい手です。しかしパルスが渦を超えるでしょうか?」

「可能だろうなァ、奴の〈ガーディアン〉なら。

 の王位種。戦闘力が全くないかわり、透明で巨大。

 触手を伸ばせば、渦の向こうにもわずかに届くだろうよ」


 歩きながら話を聞いていたヴィクトルが笑い出す。


「なんとも皮肉なネーミングですねぇ!

 骨の怪物スケルトン透明スケルトンですか!

 当人に骨がないのに骨を司る王を名乗るとは!」

「ハッ、今のうちに名乗らせとけよ。

 いずれ王位種は俺ひとりになるんだからな」

「———ほう」


 ぴたり、と。

 背を向けたまま立ち止まったヴィクトルは、身に纏う空気を一変させる。

 気付けば、目的地らしきゲートに到着していたようだ。


「レックス様。

 聞けば貴方は、全ての巨魚の王を目指しているとか」

「・・・あァ、そうだ。それが?」

「つまり、あなたは国を欲しておられると」

「あ?・・・まァ、そうなるか。

 独りで名乗っておいて王もねェ。俺は俺の王国を作る」

「フフフ、そうですか」


 ヴィクトルはヘビの顔で笑い、ゲートのスイッチを押した。 


 くぐもった駆動音。鉄のこすれる甲高い音。

 それは場に反響するにあたり、不思議と不協和音にはならなかった。

 さながら荘厳な音楽。

 

「私の担当は、です。

 生まれようとする国に、生まれる資格があるのかを、私は選別する」


 左右に開くゲートから漏れる光が十字に反射し、逆光にヴィクトルを浮かべる。

 両手を広げる姿は、教会に立つ司祭に似た。


「対象者・海王レックス。国家名未定。

 ―——本日より、あなたの選別を始めます」


 音楽が鳴り止み、十字架が消え、神秘のヴェールは除かれる。

 



 


 そこにあったのは―――船。

 黒いボディの表面、白銀の装飾があしらわれた、小型の高速戦艦だ。

 





「戦艦『アルゼンタム』。

 レックス様。貴方には、この艦の指揮をして頂きます」


                           ≪続≫

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