第7章 -15『VS〈メイナード・マクスウェル〉②』
濃紺の海を血に染めて、ふたつの狂気は疾駆する。
何の比喩でもなく、織火と蘇った〈グラディエイター〉は今、血に塗れている。
限りなく密着する平行線。互いの肌を浅く傷つけながら、体ごとぶつけるように、生命の破壊を求め合っていた。
「どけッ!!!」
ささくれ立つトゲのような鱗を擦り付ける〈グラディエイター〉を、織火は右腕で強引に弾き飛ばす。引き裂かれたスーツの下、脇腹から血の飛沫が上がった。
平行線はふくらみながら、真逆の弧を描く。
織火の右腕は、アークライトから絶えず噴出するエネルギーに包まれていた。
炎と呼ぶには重々しく、光と呼ぶには禍々しい。揺らいで絡みつく不定形。
強くなるにつれ、体のあちらこちらからも、バチバチと電光が迸る。
ぐるりと助走距離を取って再び織火に迫る〈グラディエイター〉。
半身を海面に付けると、刃角からパルスを放出。
周囲の水が並走するように隆起し、次第に鋭利な背ビレのような形状を取る。
再びバチリと光るパルスをきっかけに、急加速して織火へと接近。
囲い込むように進路を妨害し、円を狭めて切り裂きにかかる。
「邪魔だぁあッ!!」
織火はぐるりと振り向きながら水面に右腕を打ち付ける。
じわりと、染み出すように水面に広がるアークライト。
噴火するように水面下から爆発を起こし、大半の背ビレを消し飛ばす。
・・・が、逃れたひとつが左腕をかすめ、二の腕に真一文字の傷を刻んだ。
「ぐ、ぅうああああッ!!」
足にパルスを集め、通り過ぎる背ヒレを蹴り砕く。
その一瞬に、牙をむいて突撃してくる〈グラディエイター〉。胸板を貫こうとする刃角の軌道を、織火は右腕の側面をガリガリと滑らせるようにして逸らす。
織火は肩口を刃の先端部にえぐられ、〈グラディエイター〉は、右腕から噴き出すアークライトに鱗の一部を剥がされ、肌を焼かれた。
「ッあああぁあ!!!」
・・・それでも、織火は距離を離さない。
横ビレを左腕で無理矢理にひっ掴む。生身の手の平から血が噴き出すのも構わず、密着を保ったまま背中を何度も何度も殴りつける。
〈グラディエイター〉もまた、衝撃の瞬間に短い悲鳴を上げるのみで、痛みなどは意に介さずパルスを放出する。自身の身体を滑らせるように水のトゲを生成、織火の足や脇腹を突き刺す。
「ぎゃ・・・!!ぎ、ぃ、ぃぃぃいいいい・・・ッ!!!!」
織火は激痛に殴る手を止めたが、刺されたことで体が固定されたことを認識すると自由になった左手でブラスターを抜き放ち、首のあたりに押し付ける。
「ァアアアアアアアアアァァァァァアアア!!!!!!」
絶叫。乱射。絶叫。悲鳴。激痛。乱射。乱射。
マズルフラッシュに浮かぶ織火の目が、漏れ出る電光で真っ青に染まる。
〈グラディエイター〉も、全く同じ目をしていた。
互いに同じ感情を宿し、なのに、もしくはそれ故に、互いを決して認めない。
そして、お互いにそんなことは自覚していない。
害意に浮かされ、殺意に走らされ、正常な判断など那由他の彼方。
———狂気。
『んんんんん・・・んんッ!!ア―――ッ!!!!!
素ぅん晴らッ、しィイイイ―――――ッ!!
素敵すぎるぞ御神織火、きみは最高だァ―――ッ!!!
アハハハハハハ、ヒハハ、ヒャハ―――ッ!!!』
そして、戦場の外、もうひとつ狂気がある。
上空にあぐらをかき、笑い声と快哉の叫びを上げるマクスウェル。
いつどこから取り出したのか、小脇にはポップコーンの容器まで抱えている。
・・・その心中を推し量ることは、誰にもできない。
ただ、この男が心から眼下の殺し合いを愉しんでいることは、誰にでも伝わる。
それほどまでにマクスウェルの表情は得体の知れない喜びに歪み、ポップコーンで汚れた口の端からヨダレすら垂らして、ひたすら手を叩いては笑っていた。
『だけどダメだな』
瞬間、急激にその顔が冷めた。
中身を取り換えたのかと思うほどの、寒気のするような落差。
ポップコーンのひと粒を手に取り、指でつまんで弄ぶ。
『このままじゃ、単に燃え尽きちゃって味が足りないな~。
ポップコーンみたいに、おいしい弾け方してもらわなきゃいけないからな。
さぁて、ぼくとしては一体どうしたもんかなァ』
目を閉じ、つむじを人差し指でぐりぐりと押す、わざとらしい思案のポーズ。
・・・しばらくそうしていると、音が耳に入った。
見ると、テンペスタースの甲板で、リネットとフィンが内側から気泡を破壊すべく攻撃しているところだった。
『バカなモブだなぁ』
織火が気泡を出て行けたのは、マクスウェルがその瞬間だけ緩めたからだ。
必要なのは織火だけで、あとの邪魔者を外に出すつもりなどない。
———が。
『あっ!そうだ!』
マクスウェルは片手の平に拳をポンと落とし、すくっと立ち上がった。
『お~~~~~~い!!!
織火少年~~~~~~~!!!!』
忌まわしい声に反応し、織火はマクスウェルを見上げ、睨む。
その人差し指が、ほんの一瞬銀色に光り、それは気泡を指差して、
『えいっ』
フィンの胸から、銀色の杭が生えた。
「か、ッふ―――?」
「え・・・?」
すぐ隣にいたリネットも、全てが終わるまで認識できなかった。
フィンの真後ろ。
空間を割いて突き出した杭が、背中からフィンの胸を貫いていた。
『———5分に、ひとりだよ♪』
織火は。
「—————————ガ、ァ」
織火は。
「キ、サ、マ、ア、ア、ア、ア、ア、ア」
織火は―――。
〔グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!〕
———織火は、いなくなった。
発された咆哮は、人間のものではない。
アークライトが、右腕を超え、右半身を超え、全身に達したとき。
そのシルエットはもう、御神織火のものではなかった。
『———ありがとう、御神織火。
思った通り・・・きみは、最高の材料になってくれた・・・!!』
そこにいたのは、シャチ。
青く輝く、一匹のシャチ。
―――ヒュージフィッシュ。
≪続≫
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