第6章 -16『守るべきは』


「・・・さすがに待てよ、隊長。

 いくら何でも『じゃあそうしましょう』とはいかないぞ・・・!」

「・・・ッ・・・そうです・・・!突然そのような・・・!」


 オリヴァーのに、聞くままになっていた隊員が声を上げる。

 対するオリヴァー本人は、あくまで冷静な・・・冷徹な色を瞳にたたえていた。


「他に方法があるはずだ、なんて言うんじゃねぇぞ。

 あるんなら11年も本気で探して見つけられないと思うか?」

「・・・そ、それは・・・」

「それにだ。これは何も俺の個人的な願望だけじゃねぇ。

 これまた単純で重要な計算なんだよ」

「死を賭すほどの計算など・・・!一体それは何でありますか!?」


 珍しく語気を荒げるレオン。

 オリヴァーは、誇るでもなく、侮りや見下すのでもなく、確信的な事実として己を親指で差した。そしてその指はチャナにも向く。


「お前らの中に、ひとりでも俺とチャナより強いやつがいるか?

 このままロマンを求めて生きる手立てを探す。まぁいいだろ。

 ・・・で。それが叶わなかったとき・・・俺とチャナは共倒れなんだよ」


 視線が壁際に立つ脚の王レッグスを見る。

 脚の王レッグスは、言いたいことを察しているようだった。

 言葉を掛ける前に、意図を受け取る。


「・・・俺が今日ここ以外でその話を聞いたら、そんな弱体化は見逃さない。

 死亡を確認次第、総力を挙げてブッ叩きにかかるだろうね・・・」

「代弁ありがとよ・・・」


 オリヴァーはやおら立ち上がると、レオンと織火の胸ぐらを軽く掴んだ。


「ぐ・・・!」

「ッ・・・!」

「なァ・・・間違えるなよ、『グランフリート戦隊』。

 お前らのシゴトは俺を助けることじゃねぇ、巨魚を倒すことだ。

 そうやって守りたいもんがあるんじゃねぇのか?あ?」


 触れれば切り裂かれるような、鋭利な決意と殺意を称えた視線。

 



「てめぇだけで全部守れると思い上がってんなら。ここで殺してやる。

 そんなんじゃ戦ってもそのうち死ぬぜ、今でも同じことだろ?」




 ———静かな威圧に打たれ、ふたりはごくりと生唾を飲んだ。


 それは―――脅し文句ですらない。

 オリヴァーは実際にそれができるし・・・してやろうと思っている。

 だ。答えを誤れば、織火とレオンは死ぬ。


 ふたりは沈黙による否定を選んだ。

 歯を噛み、うつむいて力なく拳を握るのみ。

 ・・・何かを返せるだけの経験と強さが・・・ふたりにはまだなかった。


「・・・隊長さんが」

「あん?」


 ずっと静かに成り行きを見ていたフィンが、口を開く。


「隊長さんが守りたいのは・・・じゃ、ないんですね」

「・・・・・・・・・そりゃあ野暮だぜ、フィン」

「その野暮を、ここでは言うべきだと思います。

 あえて言葉にすることでしか、伝わらないこともあるんです」


 衝撃や哀しみに揺れる目ではない。それは強い視線。

 今度はオリヴァーの方が気圧される番だった。

 一度バツが悪そうに顔を背けて頭をかいたあと、向き直る。

 視線が、全員と・・・チャナを巡った。




「俺が守りたいのはチャナだけだ。

 他のもんは、悪いが全部お前らに任せるよ」




 







「・・・フゥ・・・」


 織火は、あてがわれた部屋のベッドに転がってため息をついた。

 電灯にかざした右腕が黒く照り返す。


『アンタたちまずメシを食って寝な!

 心身が疲れちゃあ、話し合いもできやしないよ!』


 マスター・ケイナの一声で、ひとまず場は解散になった。

 実際、全員が疲れ果てていたのは事実だ。

 言われた途端にリネットの腹の虫が泣き、思わず笑ったレオンは死んだ。


 食事は簡素な串焼きの魚だったが、存外にうまかった。

 腹が満ちればより一層、疲れが眠気を連れてくる。


 しかし、寝ようとすると今度は、汗でべたつく自分の身体が気になった。


「・・・風呂あるのかな、ここ。ちょっと探すか・・・」


 




 ———部屋を出て少し歩くと、シャワーのマークが付いた部屋を見つけた。

 少しばかり中を覗くと、予想外に広い更衣室だった。


「おお、案外広そうな・・・?」


 首から先だけをドアから入れて備え付け道具の有無などを確認していると、廊下の向こうからペタペタというスリッパの音がした。


「・・・あれ、オルカじゃん。何してんの?」

「ん・・・チャナさんか。いや、割と広い風呂だなと」

「あー、まぁ大浴場が付いてるような船のパーツを使ってるからね」

「なるほど、そういうことか」


 ふたりはドアをくぐり、更衣室に入る。


「とっくに寝てるかと思ったよ」

「寝る前に入っとかないと、どーにも落ち着かなくてな」

「分かるよオルカ、美容にもよくないかんね」

「美容はまぁ別にいいけど」


 オルカは脱衣かごの中にバスタオルと浴室用タオルの備え付けを確認する。

 チャナはジャケットを脱いでインナーに


「———————————?————」


 それは疲れからだったのか、それともあまりのことに脳が理解を拒んだか。

 一瞬、オルカには本当に何が起きているのか認識できていなかった。


「うんしょ」 


 チャナはインナーに手をかけ「待てぇ!!!!!!!!!」

「うわぁ!!!!!びっっっくりした、何!?」

「びっくりしてんのはこっちだけど!!?!?

 何・・・何!?何してんの!?!?!?!!!?」

「え、何って・・・あれ、もしかして聞いてなかったの?」

「え?」






「ここの風呂、基本的に混浴だよ」

「え?」






                         ≪続≫

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