第5章『踊る仮面の街』
第5章 -1『ベルリンの決別』
「―――だったら、オリヴァー隊長。俺たちは・・・」
「ああ―――この瞬間から敵同士だ、ミカミ・オルカ」
織火とオリヴァーは、公園の広場で向かい合い、互いに視線を外さずにらみ合う。
織火の背後には、フィンとノエミ、そしてドクター・ルゥ。
オリヴァーの背後には、チャナとリネット。
背後の面子もまた、一歩も譲らない意思を視線と表情に浮かばせている。
この決別に憎しみや敵意はない。
ただ自分の中に、譲れないプライドがあるだけだ。
だからこそ・・・避けることも、収めることもできない。
あまりに決定的な結論だった。
「2時間後だ。場所はいいな」
「ああ。絶対に勝つ」
そう言って、両陣営が踵を返し、背を向ける。
振り返ることもない。
その様子を、どちらにも属さず見つめるのは、選別官ジャッジ。
この男にもまた、勝負の行方は分からなかった。
そして2時間後。
『―――ヒットォォォォォォオオオオオッッッ!!!!
後半戦開始2分、ついに試合が動いたーッ!!
日本の志乃アラタ、フェイントからのストレートが肩をえぐり有効打球!!
先制点を奪い取りましたーーーッ!!』
「っしゃあ!!いいぞ志乃ッ!!このまま攻めろッ!!」
「くっそ、まだだドイツーッ!!返してけ返してけーッ!!」
ドイツ・ベルリンウォータースタジアム。
決別した両陣営は・・・それぞれ反対の客席で、声を張り上げていた。
『ファウンテン・ドッジ』。
円形の水上コートにジェットブーツを履いた6人ひと組のチームが2つ入り、互いの体をめがけてボールをぶつけあう球技である。
水没する前にドッジボールと呼ばれていたものを元にしているが、コート上には陣地の概念がなく、12人が自由に動き回りボールを奪い合う。
球技としての戦略性の高さのほか、ボールをぶつけあうという性質上、どうしても無視できない暴力性を、プロレスをはじめとした格闘技を参考にパフォーマンスやショー性を高めることで緩和した。
今や世界中で最も人気のあるスポーツのひとつとして愛されている。
本日行われている試合は、日本代表チーム『ジャパン・ブルームーンズ』と、ドイツ代表チーム『ベルリン・クロイツェルズ』の公開交流戦。
単なる練習試合ではあるが、ファンサービスの一環としてチケットを販売・公開の試合としており、世界大会のシーズン外にも関わらず大勢の観客が熱狂している。
―――さて、何故そんな試合をグランフリート戦隊の面々が観戦しているのか。
話は本日の朝、もしくはその数日前に遡る。
ベルリンには、新国連の研究施設であるベルリン海洋生物研究所がある。
ここでは巨魚の生態研究と並行して、巨魚対策装備の研究開発も行われている。
チーフであるマーヤとドクター・ルゥは、新国連との連携が決まってからずっと、ここで隊員の新装備を作っていたらしく、このほど完成の目途がたった。
そこで実地テストのためにグランフリート戦隊はベルリンに呼び出されたのだが、肝心のマーヤが船のトラブルで数日遅れるという。普段であれば訓練に当てるところだが、出向先ではそうもいかない。
降って湧いたオフの時間を持て余していた戦隊のメンバーだったが、オリヴァーが日独交流試合のことを聞きつけてくる。
どうせやることもなかった面々はこの話に乗ることに決めた。
が、ここで不用意な発言をしたのはオリヴァーだった。
「ま、結局アレだろうな。
ここ最近乗りに乗ってるドイツが勝つんだろうけどなァ、どうせ」
「は?前シーズンはブルームーンズが勝ち越してんだけど?
今日も志乃がキメて終わりだけど?」
「あ?」
人類の長い歴史には、してはいけない話が2つだけある。
宗教と人気スポーツだ。
お互いの『推しチーム』の話になり、織火とオリヴァーは完全に対立。
その場にいた数名も、真剣だったり面白がったりして話に加わる。
喧々諤々の末―――別々の席を購入し、試合を観戦しているのである。
負けた方は夕飯の代金を持つことになっている。
果たして試合は―――
『試合終了ーーーッ!!
3-2、日本の勝利!!
互いに残り2人となった延長4分!!
日本の三隈の鋭いサイドスローがウルリッヒの脇腹を捉えました!!』
『直前のバックショットでウルリッヒはわずかに右足を崩していましたねえ。
あれが拾えるのはさすが三隈の体格ですが、分からない試合でした』
「があああ・・・!!腕が長ぇよ、ミクマァ・・・!!」
「シノ・アラタが延長前に稼いだ2点が効きましたね・・・」
「ヤッター!!やっぱ志乃ッスねえ!!」
「けど、危ない試合だった・・・マジで仕上げてきてるな、ドイツ・・・!」
悲喜こもごも、それぞれに試合を楽しんだ面々。
明日に控えた性能試験を前に、充分に英気を養った。
オリヴァーの酒代は死んだ。
―――同日夜、ベルリンスタジアム
日本代表エース・志乃アラタは、リュックを背負って廊下を歩いている。
試合後のミーティングとクールダウン、いくつかのインタビューを終えてホテルに戻ろうとしていると―――廊下の壁にもたれかかる人影を認めた。
黒いロングコートに、奇妙なヘルメット。背丈は、日本人である志乃の感覚では、平均程度という感想になる。
―――日本国筆頭選別官ジャッジだ。
「うっす」
「や、選別官さん。試合見てたんだ」
「相変わらずの活躍で安心したっすよ。
こういう立場だからサインをもらえないのが残念だけど」
「ヘルメットに書いてあげようか?」
「やめろやめろ、色々バカにされちまう!」
顔見知りらしく―――実際の意味で顔を知っているかは定かではない―――和やかに言葉を交わすふたりだったが、突然ジャッジの声のトーンが落ちる。
「例の件、考えてくれたか?」
「ああ。聞けば聞くほどスポーツマンだからね。
確かに、俺の話のほうがなにか効果がありそうだ」
「助かるよ。ワガママでしかないが、どうしても軍人的な人間を付けたくない」
「オッケー、気持ちはなんとなく分かるよ」
「じゃあ―――改めて、正式に依頼する」
ジャッジは、胸元に下げたペンダントのようなものを外し、それをかざした。
ホログラフが、新国連のエンブレムを浮かび上がらせた。
「志乃アラタ。
御神織火を―――あなたの手で、鍛え上げてほしい」
≪続≫
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