第4章 -7『VS〈ミリオナ・カウア〉②』


 海面組の戦闘が終わったのと同時刻、上昇組の戦闘は続いていた。


「リネット、またコースが寄るぞ!援護を頼む!」

「了解」


 デア・ヴェントゥスのデッキ。

 通信に応え、リネットはライフルに弾を込め直す。

 

 ラダーを走る織火は、自分が連れてきた分の〈ミリオナ・カウア〉の群れと付かず離れずの距離を保っている。

 完全に引き離せば下へ戻ってしまうかもしれないし、追い付かれれば集合体の攻撃が待っている。

 攻め切れず、逃げ切れもしない織火は、うねるラダーが上昇するデアに近づくときだけ援護射撃を受けられた。

 

 ではリネットやオリヴァーが外に出て織火に合流すればどうか?

 もしくはデアを織火の方に寄せるのは?

 結論から言えば、両方ともできない。

 

 理由がふたつある。ひとつは、このデアの飛翔手段だ。


『ん、ぐぅ・・・!んん~~~・・・っ!!』

『頑張れ新米隊員、カレシにいいとこ見せてやれよ・・・!!』

『は、はいぃ・・・ッ!!』

 

 ブリッジと繋がった通信越しに、フィンの苦し気な声と、励ますオリヴァーの声が聞こえる。

 デアの飛翔は、フィンが発するパルスに依存している。

 出力や量は膨大ではあるが、精密な操作ができないため、この状態のデアは単なる垂直上昇や直進など、大雑把な動きしかできない状態にある。

 

 さらに、フィンは自身の〈ガーディアン〉をデアの中に流し込むような形で召喚、制御している。この状態はフィンにとっては、『自分の腕力でデアを持ち上げ続けているようなもの』らしい。

 フィンの体力には限界があるし、その限界は船の限界とイコールで繋がる。

 よって今はオリヴァー、場合によってはリネットも、フィンを補助する形で水槽にパルスを流し込む必要がある。


 そしてもうひとつの理由。それが、


『リネット、また降ってくるッスよ!!

 数はだいたい30、オルカ側やや後方に合流コース!!』

「・・・確認しました、迎撃します!」


 〈ミリオナ・カウア〉だ。

 

 何が起きているのか分からないが、上方にある島から不定期に少量の〈ミリオナ・カウア〉が落下してくる。

 それだけで何かを形成できるほどの数ではないため、海面の方に落ちていく分には誤差でしかないだろうが、織火が連れた群れに合流されればそうもいかない。

 放置できない群れは着水前に撃ち落とす必要があるが、それがしやすい位置取りはまさにこのデア・ヴェントゥスのデッキ以外にない。


 結果―――リネットは、デアを離れて動くことができずにいた。

 

 


「くそ・・・!」


 織火にとっても、この環境は苦しいものだった。

 

 地上の坂と異なり、ラダーは

 流れに乗れば、加速のために出力を上げる必要はない。


 問題は、振り向いて迎撃しようとしたときに起きる。

 単純に振り向けば速度が落ちる。

 そのまま流れに乗っている〈ミリオナ・カウア〉は織火が迎撃の体勢を整える前に

追い付いてしまう。


 さらに―――パルスを使うこともできない。

 

 織火はこれまで、流れのなだらかな海面でしか水の操作を行っていない。

 アンカーや右腕を差し込み、パルスを使えば、その場に作用をもたらせた。


 だが、この流れの上ではそうもいかない。

 アンカーは、いわば『点』に対してパルスを流すための装置だ。

 パルスの作用はアンカーの落ちた地点にしか起きない。

 よってこの流れの上で、例えばスロープや壁を作ろうとしても、作用が起きる前に

 

 これを解決するには、『流れの操作』と『水の変形』を同時に行う必要があるが、織火にはまだ逃げながらそこまでの精密操作を行う技量はなかった。


 ままならない状況の中―――サイラスの言葉が脳裏をよぎる。




『貴様は強いのか?

 貴様が今、どれほどのことを俺に示せる』




(本当にあの爺さんの言う通りだ・・・!

 状況に対応できない・・・打開策もない・・・!

 ・・・・・・・・・これだと示せるだけの強さが、俺にはない・・・ッ!)


 手をきつく握りしめる。生身の左手には痛みが走った。

 悔しさと情けなさに歯を軋ませそうになったとき、リネットの援護射撃が背後へと

突き刺さり、いくつかの爆発を起こす。


「・・・まだいけますか、オルカ」

「・・・ッ、悪い・・・!」


 ―――こうして何度も守られる。そのたびに、暗いもやが胸に満ちる。

 

 


 リネットは強い。

 経験に裏打ちされた技術。

 揺らがず、動じず、こうして正確に狙撃を命中させる。

 戦士の矜持を胸に。

 ―――俺は、違う。俺は弱い。


 レオンは強い。

 素早く、そして冷徹な判断力。

 水の中から、必要なとき、必要なだけフォローをする。

 軍人の誇りを胸に。

 ―――俺は、違う。俺は弱い。


 


 ―――弱い俺には・・・何がある?

 何が、俺の強さに繋がっていくんだ?

 これまでの戦いを、御神織火という男はどうやって―――






「―――ねぇ・・・ッまず、上を見に行かない・・・!?」


 力を込めながら、フィンはそう提案する。


「上で何が起きてるか、せめてそれが分かれば・・・んぐぅ・・・!

 何か対策が打てるんじゃない、かな・・・!」

「・・・そう、だな・・・」


 オリヴァーは、織火とフィンを見比べた。

 今のままのペースなら、どちらかが先に潰れるだろう。

 そしてどちらが潰れても、作戦は破綻必至。

 流れを変える必要は、ある。


「私・・・もうちょっと、頑張れますよ・・・!」

「余力のあるうちが無茶のかけどころか・・・!

 リネットも中に呼んで加速すれば、一気に上まで行けるか?」

「やって、みる・・・ッ!!」

「上等―――リネット、上へ行くぞ!ブリッジに戻れ!」

『・・・・・・・・・了解。オルカには私から説明します』

「頼む」


 リネットはやや逡巡した様子だったが、了承した。


「オルカ。私たちは、先行して上を見に行きます。

 落下の原因をどうにかしなければ、不利を強いられるばかりです。

 状況は伝えます。その間は、ひとりになりますが・・・」

「・・・・・・・・・あぁ、分かった。どうにか、するさ」


 織火の苦々しい表情が、スコープ越しに見えている。

 

 あの日から、それぞれが壁にぶつかっている。

 乗り越えるすべなど知らない・・・高く冷たい、強さの壁。


「・・・大丈夫ですか?」


 ―――分かっている。

 これは、信頼を欠く表現、もしかしたら傷付けるかもしれない言葉だ。


 それでも・・・リネットは仲間を慮らずにはいられない。

 言葉が見つからないので、一番素直な表現にした。


「・・・・・・・・・俺は、」


 織火が口を開く。




『―――オルカぁーっ!!!』




 ―――外部スピーカー越しに、フィンの声が響いた。


「・・・フィン?」

『オルカ!!私、ちょっと先に行くけど!!』


 一瞬の間。大きく息を吸い込む音を、マイクが拾った。






『―――このままじゃ、オルカが最下位だよ!!

 速く上がってきてねっ!!』






「―――――――――そうか」


 、と、織火は思った。


 混線した回路が繋がる。

 冷えていた部分に熱が通うのを感じる。

 自分の足元から、ジェットの音が鮮明に聞こえ始めた。


 悔しさに握りしめた拳が、握り直される。正しく腕をスイングする。

 情けなさに垂らした首はさらに下へ。空気抵抗を減らす。目線は前へ。

 一歩一歩が確かになる。ここが決まったコースだと思い出した。


 リネットは―――構えていたライフルを下ろし、改めて問う。


「大丈夫ですか、オルカ?」

「ああ、問題ない!負けてたまるかよ!!」


 リネットは、いつもの好戦的な笑みを浮かべ、デッキを下った。




 弱い自分に何があるか?

 何が強さに繋がっていくか?

 

 自問自答に、シンプルで分かり切った答えが出た。






 

 ―――俺はスプリンターだ。

 強さに繋がるものなどない。

 ただ、全ては俺の中で、さらなる速さに変わるだけ―――!






「速さ・・・速さか。

 いっそ、そうしてみるか?」


 スプリンターの頭脳を取り戻した織火に、考えが浮かぶ。

 策などというスマートなものではない、賭けのようなもの。


 そして・・・それが賭けならば、織火には実行の価値があった。

 一瞬のコース選びなど、いつでも賭けでしかないのだから。


「今から、ちょっと飛ばすんだけどさ。

 ―――


 織火は右腕を水面に浸した。




「リネットちゃん、オリヴァーさん、準備オッケー!?」

「問題ねぇな!」

「いつでもどうぞ!」

「・・・はぁあああああ―――――――――ッ!!!!」


 三人分のパルス最大出力を受け・・・デア・ヴェントゥスは、

 〈ガーディアン〉の力か、誰もブリッジの中を転がり落ちることはない。


 翼に青い光が混じり、噴出。加速を開始する。




 織火もまた、パルスを全力で水面に流し込む。

 これからする操作に、精密な制御は必要ない。

 必要なのは、量と範囲。それだけ。


「―――行くぞッ!!!」


 流れる水が青く輝き―――

 

 水流そのものの加速は、やがて波という形で後方から現れる。

 逃げる織火、追う〈ミリオナ・カウア〉。

 両方に区別なく飲み込む波が、背後から迫る。


 織火は割れんばかりにかかとを踏み、最大加速をする。

 自らが生んだ加速度の波と、速度を競う。

 まるで、自分自身とのレースのよう。


 〈ミリオナ・カウア〉は危機を察知し、何か速く泳ぐに適した形状に合体しようとする―――が、遅すぎた。

 背後から襲い掛かってきた波に飲まれ、バラバラになる。

 そのまま運ばれていく。




 織火が走る。速く、速く。光を連れて前へ。

 デア・ヴェントゥスが飛ぶ。高く、高く。光を放って上へ。


 


 やがてふたつの光は、ほぼ同時に、最初の島へ到達した。


「―――あれは!?」


 最初に事態を確認したのは、デア・ヴェントゥスのクルーだった。

 島の端、水が溜まっている部分に、一隻の漁船。

 漁師の集団が〈ミリオナ・カウア〉に囲まれていた。

 

 常人であろう彼らに、パルスを使う〈ミリオナ・カウア〉を倒すことはできない。

 木で作った防壁のような装置、船に積まれた砲などを使って島から落とすことで、どうにか身を守っていた。

 だが、防壁はもう限界に近いようだ。壊れればあとはない。


 漁師のひとりが上がってきたデアに気付き、思い切り手を振る。

 さらにもうひとりが、釣り竿に服を結んだ旗を、上げたり下ろしたりする。

 SOSの信号。


 一瞬遅れて、織火と、〈ミリオナ・カウア〉を飲み込んだ波が島へ上陸。

 織火は平らな水面についた瞬間、素早くアンカーを進路上に放つ。

 パルスの光。


「今度はまとめて飛んでけッ!!!」


 織火は一瞬加速すると後ろを振り向き、ブレーキをかけつつ、アンカーを思い切り引き抜いた。

 水のアーチがそこに生まれる。

 アーチは波を拾い、巴投げの要領で、群れをまるごと放り投げた。


 同時、リネットが素早くデアから降下。

 漁師たちに接近し、ひとことだけ確認する。


「その漁船に命より大事な事情はありますか?」

「いいや、ない!!

 助かるならいい!!ありがとう!!」


 救命ボートを数隻広げると飛翔、流されてくる〈ミリオナ・カウア〉の周辺へと、無数の弾丸をバラまく。

 着弾点から水面が硬化。ドーナツ状に空間が閉じ、一時的に〈ミリオナ・カウア〉の行動を制限した。


「フィン。もう飛ぶのは充分だ」


 オリヴァーはフィンに向けて、親指を下げてみせた。


「まとめて潰しちまおう」

「ラジャーッ!!!!」


 噴射を切る。

 速度の余りを使って、デア・ヴェントゥスはドーナツの真上に移動。

 パルスの充満はそのままに、自由落下。

 



「いっけぇ―――ッ!!!

 『フィン式極大重圧グロース・グラヴィトン』―――ッ!!!!!」




 織火とリネットが、救命ボートの前側に滑り込み、全力で壁を作る。

 直後―――落下したデア・ヴェントゥスの重量が爆発のような高波を生む。


 まるで隕石落下のようなパルスに押し潰され、〈ミリオナ・カウア〉は一匹残らず一網打尽にされた。


 波から背後を守り抜いた硬化水質の壁は、役目を終えて水に戻る。

 喜びと感謝の歓声を上げる漁師たちを見ながら、織火はボートにへたり込んだ。


「おお、あんちゃん!!ねえちゃんも!!

 本当にありがとう!!あんたらは勇者だ!!」

「・・・やぁ、ハハ、どうも・・・・・・・・・」


 それを受け取り、嬉しさもちゃんと感じてはいたが―――織火の頭の中には、ただひとつの悔しさが大きく波打っていた。

 必要な悔しさ。スプリンターの部分。


(くそ・・・・・・・・・結局、今回も同着だったな・・・)


                         ≪続≫

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