第4章 -6『VS〈ミリオナ・カウア〉①』
『自分の技はまだ試作段階で、準備に時間を要します。
その間、副隊長殿には奴のサイズを少し下げて頂きたい』
「しばらくウチだけ暴れてろってことね!?」
『平たく言えばそうなります』
「じゃあ大丈夫、もうやってるわそれ!!」
通信を切りながらチャナは『エクルビス』のアクセルを全開で吹かし、突進する〈ミリオナ・カウア〉の巨体を回避する。
一度の回避にしては大きな旋回。かなりの距離を取る。
突進を回避されてチャナに背を向ける形になる〈ミリオナ・カウア〉だが、身体を回してチャナに向き直ることはない。
パルスがほとばしり、形状を構成する配列が変換される。ほんの数秒とかからず、さっきまで尾が生えていた場所に頭が、頭があった場所に尾が形作られる。
「くっそー、振り向くより早い・・・!隙がないじゃん・・・!」
言いながらシザーアームに内蔵されたバルカンを放つ。
一定数が命中、体表にいくつかの爆発を引き起こすが、形を崩すには至らない。
ある程度の損害は意に介さず、突っ込んでくる。
「ぬあ~っ!威力が足りねぇ~!
デア・ヴェントゥスじゃなければメタルキャンサーを持ってきたのに!」
チャナが作戦に用いるビークルは数種類ある。
『エクルビス』は機動性とサポート性能、オリヴァーとの連携―――世の中に言う連携とは程遠いが―――などを視野に入れた比較的軽量かつ小型のビークルであり、そのかわり決定的な打撃力は持たない。
多少のダメージではストッピングパワーになりえない〈ミリオナ・カウア〉のような
「無傷で済むとは思っちゃいないもんね!
荒っぽい突撃はカワイイ女の子のたしなみじゃーい!!
オラオラ―――ッ!!」
シザーアームの刃を大きく開き、チャナは突撃する。
口を噛み合わせて迎撃しようとする〈ミリオナ・カウア〉の側面スレスレを倒れるような体重移動で回避し、そのままハサミを横腹へ滑らせる。
「ッシャアアア―――――――――ッ!!!」
速度のまま、尾まで斬り抜ける。
バターを切るように真っ二つに裂ける〈ミリオナ・カウア〉の集合体―――だが、チャナには『斬った』という手応えが全くなかった。
「・・・くそ、違うな、これはウチが斬ったんじゃなくて・・・」
真っ二つになった〈ミリオナ・カウア〉集合体。
切断面から上側が、ずるりと海面へ落ちる。
そして―――パルスが走る。
切断されたそれぞれが、今度は先ほどよりも小さなサメの姿になった。
「自分で分かれやがったなぁーっ!?
小さくはなったけど増えたら意味なくなーい!?
わーんやべぇよー!!レオンどうにかしてぇー!!」
二匹のサメが左右それぞれから、泣き言を叫ぶチャナに迫る。
チャナは、今まで頭の上に付けていたゴーグルを装着し、歯をギリリと鳴らす。
ハンドルを押し込むと、足元まわりが変形し、加速装置がハンドルからペダルへと切り替わった。
「チッ、分かったよ・・・!
先輩の余裕ってやつを保とうとしたけど、やめたわ・・・!
わたしの本気が見たいってワケだな・・・!」
ペダルを踏む。アクセルを吹かし、加速。
そのまま両手を離し、腰にマウントされた円盤状の武器を手に取る。
両手を胸前にクロス、その腕を左右に払うと―――円盤は細いワイヤーを伸ばして投擲され、高速回転を開始した。
―――ヨーヨーだ。
「キル・バズ!!」
そのコールに呼応し、円盤からパルスを帯びた刃が生じる。
機体を回転させ、微妙な角度調整で二匹の攻撃を紙一重に回避すると、その回転の勢いのまま、水面を滑るように回り込んだキル・バズが同時に二匹を切り裂く。
今度は手ごたえアリ、爆発が生じ、片一匹が身体をゆらがせた。
これを見逃さず、チャナは進路を塞ぐようにウィリーする。
「『キリングプレイ・トゥーハンデッド』!!!」
周囲を回転走行しながら、驚異的な繊細さでバズを操り、細切れにする。
全滅とはいかないが、かなりの数が乱れ狂う刃に切り裂かれ、爆発した。
残存戦力が残された一匹に合流し、再び変形する。
今度は魚の形ではなかった。螺旋を描く円錐―――いわゆる、ドリルだ。
チャナは選択した形状から、〈ミリオナ・カウア〉の集合知的な知能を感じた。
それと同時に、明確な殺意―――苛立ちをそこに見出す。
こいつは焦っている。追い詰め方は間違っていない。
だが―――
「・・・
くっそ・・・やっぱキツいな、キル・バズの精密操作・・・!」
―――それはチャナも同じだった。
緊急の攻撃手段としてチャナが持ち歩くキル・バズは、チャナにしか扱えないほど難解な武器であると同時に、チャナが扱うには出力が高すぎる。
マシンの勢いに任せて振り回す分にはいいが、直接腕と指先で精密操作を行えば、腕全体に反動が残る。
同胞の死に燃えているのか、はたまた単なる本能か。
荒ぶるパルスをまといながら回転する〈ミリオナ・カウア〉が、これまでで最速の突撃でチャナに迫る。
「くぅッ!!」
とっさに『エクルビス』から離脱するチャナ。
その背中すぐを破壊が走り抜け、一瞬前までマシンだったものは千々の鉄屑として海に散らばった。
〈ミリオナ・カウア〉が停止し、方向を組み替える。
矛先は真っ直ぐにチャナへ。
そして海に投げ出されたチャナには、それ以上の回避手段がない。
次は自分の番。鉄ではない屑にされる番。
だというのに、チャナは身じろぎひとつしようとはしない。
目の前で勢いを増す暴威を、両腕を組んで見つめている。
「―――こんなもんでオッケー?」
〈ミリオナ・カウア〉が、一直線にチャナに迫り、
「―――問題なしッ!!!!!」
緊急浮上したレオンが、それを真っ向から受け止める―――!
「ぬぅ、ぅぅぅうううううおおおおお・・・ッ!!!」
レオンの両腕は、あらかじめ硬化水質でアーマーのように補強されていた。
ガリガリと激しい音を立てて、〈ミリオナ・カウア〉のドリルがそれを削る。
粉になり、霧になっていくアーマー・・・だが、レオン本人はそこから全く後退せず耐え続けていた。
やがて回転が弱り始めた瞬間、レオンは背中からハープーンを発射。
ドリルの中心を貫くように銛を差し込み、パルスを放出した。
「再硬化ッ!!!」
霧となって周囲を漂っていた水を〈ミリオナ・カウア〉の体表に集め、閉じ込めるように硬化、コーティングする。
さらにハープ―ンを介して〈ミリオナ・カウア〉の接着剤になっている水も同時に硬化、完全に身動きを封じた。
レオンが、必殺技の考案に際して考え続けてきたこと。
それは、威力や汎用性よりも―――『逃がさない』という一点だった。
オルカのスピードならば、逃げる相手に追い付くことができる。
リネットの狙撃能力ならば、相手を射程外に逃がすこと自体が少ない。
だが、自分にはスピードも精密性もない。
持ち味はパワーだが、活かすためには、確実にそれが命中する手段が要る。
そうして思考と試行の末―――レオンは、あるひとつの戦闘技術に行き着く。
自身の潜水戦闘と組み合わせるに最適な、豪快にして洗練された、ある技術。
「―――『サブマリン・スープレックス』、用意!!!」
レオンは、身動きの取れない〈ミリオナ・カウア〉を、肩に担いだ。
そして全身にパルスをみなぎらせながら、諸共に水中へと沈んで行く。
直前、チャナは気付いた。
両腕にマウントされているべきアンカーが、どちらも伸びている。
一体それらはどこにあるのか?
その答えが今、レオンの眼下にある。
特大の硬化水質の塊。
アンカーチェーンの巻き取りと、スクリューの逆回転による超高速潜行。
そのゴール地点。
深く深くへ潜りながら、レオンは極限に集中していた。
肩にかついだ〈ミリオナ・カウア〉ごと、自分に水圧をかける。
全身の肉と骨がギシギシと悲鳴を上げる。
「ウ、オオオオオオオオオ―――――――――ッ!!!!」
裂帛の気合で、自ら生み出す責め苦に耐える。
速度と拘束、圧力の三重苦。
当然、味わっているのはレオンだけではない。
〈ミリオナ・カウア〉の表面のコーティングが割れ、白銀の体表があらわになる。
―――だが、一匹として水圧のパッケージから逃げられる個体はいない。
小刻みに震え、口を開いて絶望するのみ。
そして・・・三位一体の威力が、地獄の底に衝突する。
「―――『ポセイドン・フォール』ッ!!!!!!」
内側に圧縮された全ての力が、パルスを通して〈ミリオナ・カウア〉に集まる。
そして、炸裂。
硬化水質のリングもろとも―――ただ一匹も残らず、百万人部隊は爆散した。
爆煙を、スクリューの回転が吹き飛ばす。
レオンは己の手のひらを見つめ・・・それをがしりと、確信の拳に変えた。
「―――ターゲットの殲滅を確認。状況、終了します・・・!」
≪続≫
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