第4章 -8『それぞれの準備』


 救助した漁師たちを回収したデア・ヴェントゥスは、改めて正式にマウナ・ケアへ入国しようとしていた。


「まず、最下層の島に港がある。

 このサイズは中型の艦船だから、『二番島』行きのコースに乗ってくれ」

「了解ッス~!」


 デッキでノエミにルートを教えている中年の男は、漁船の代表者だ。

 名をカイマナと言う。

 漁船の乗員たちは戦隊に深く感謝を示しており、せめて恩返しのかわりにと案内を買って出てくれた。


 自分たちの船が潰れて、本来ならば落ち込んでもいいところだと織火は思ったが、彼らは何度も何度も握手をしながら頭を下げてくれた。

 織火は直接誰かに感謝され慣れていないが、もう半年前にもなったスカイツリーの一件を思い出し、ほんのりと面映ゆくなる。


「しかし船でボディプレスか。あれ漁船でやったら漁に使えないもんかね?」

「できるわけねぇだろあんなの!!できたらたしかにすげぇが!!」

「まず今度やってみるか!!下の島までドバーンと!!」

「ものは試しか!?ガッハッハ!!」


 ・・・何より、とにかく彼らは陽気でさっぱりとしている。

 漁師の気質なのか、またはマウナ・ケアの国民性なのか、ムードが暗くなるということをまるで知らないような態度なのだった。

 

 いまだ完全に悩みを脱したとは言えない織火やリネットにとって、彼らのこうした明るさは、どこか羨ましくもあった。




 『二番島』と呼ばれた港には、貨物船や客船が停泊しているようだった。

 一旦デアから降りた織火の耳に、慣れた声が聞こえてくる。


「おぉーーーい!!!オルカぁーーー!!!

 そっちも無事だったかーーーい!!?」

「お前どこにいてもすぐ分かるなあ」


 レオンとチャナだ。

 レオンはピンピンして歩いてきたが、チャナは右の肩を抱いている。

 降りてきたオリヴァーがそれを見つけると、すぐさま近寄って行く。


「お前・・・バズを使ったのか」

「ちょっとね。やっぱキツいわ~アレ」

「・・・まぁ・・・そりゃあそうだな。あんなもん使えるのはお前くらいだ。

 すぐ応急処置してこいよ、別の群れが来ないとも限らねぇからな」

「あーい・・・」


 すごすごと船内へ消えていくチャナ。

 いつものチャナから比べるとかなり殊勝な態度だった。


「ぼくの技のために無茶をお願いしてしまったからなぁ。

 副隊長殿には頭が上がらない」

「そうか・・・じゃあ成功したんだな、お前の必殺技」

「まだまだ完成には遠いさ」


 そう言いながらも、レオンの声には確信めいた響きがあった。

 何か掴むものがあったのだろう。


 オルカのポケットから着信音が鳴った。通信。


『オリヴァーだ。まだレオンもいるか?』

「いる?」

「いますッ!!!」

『オーケー聞こえた、うるせえ。

 あー、入国許可は新国連が取ってたみたいだが、手続きがあってな。

 俺とノエミで済ませるから、お前ら先に本島へ上がってろ。

 リネットとフィンもそっちに行かせたからよ』

「了解。合流場所は?」

『宿に直接でいい。

 まぁ、せっかくの機会だからな。

 情報収集がてら、観光でも楽しんでるといいぜ』

「分かった。じゃあ、宿でまた」

『おう』


 通信が切れる。スピーカーにしていたので、内容はレオンにも伝わっている。


 待っている間、織火とレオンがそれぞれの戦いのあらましを伝え合った。

 ほどなく、リネットとフィンがやってきた。


「おーい!!君たちー!!」

「ん・・・?」


 だが、遠くから聞こえた声は、ふたりのものと異なる男性の声。

 よく見れば、ふたりの後ろからカイマナ船長も付いて来ていた。


「あちらの彼は?」

「あぁ、さっき話した漁船の船長さんだよ」

「おぉ、オルカくん!そっちの彼も仲間だな!

 いやぁ本当に助かった、ありがとう!!」


 深々と頭を下げるカイマナに、レオンは敬礼で応じる。


「いえ!当然の義務であります!」

「これはなんと、若いのに立派な敬礼だ・・・!」

「カイマナさん、どうしてここに?」

「あぁそうだったそうだった」


 カイマナは、照れくさそうに後ろ頭をかいた。


「いや、なんかお礼をしたいと思ったんだが、物も金も大してなくてなぁ。

 どうしたものかと悩んでたらな、リネットちゃんとフィンちゃんが

 観光に関して話してるのが聞こえたんだ」

「ガイド役をしてくれるというので、ありがたくお願いしました」

「アンタたち恩人にこの島のことを知ってもらいたいんだ。

 ぜひとも案内をさせてくれないか?」


 カイマナはそう言って再び深く頭を下げた。


 織火は、正直自分がそこまで特別な善行を働いたとは思っていない。

 だが・・・単純な話、マウナ・ケアという国のことは気になっている。

 織火は歴史には興味はないが、今現在の文化に触れるのは好きだった。

 願ってもない話だった。


「・・・・・・・・・俺、着替えないで出てきちゃったな」

「ん!?あっ、そういえばウェアのままじゃないかきみ!」

「持ってこなかった、どうしよう」

「カイマナさん?」

「ん・・・ああ、なんだろう」


 織火の声掛けに、カイマナは顔だけをわずかに持ち上げる。


「とりあえず、最初は服屋に行きたいんだけど。

 できればなんか流行のところで」

「お、おお!!もちろん!!」


 カイマナの顔がぱっと明るくなる。

 がばりと起き上がり、両手を広げて4人を先導する。


「まかせてくれ!!いい店がある!!

 つい最近ショップを構えた、マウナ・ケア初の自国ブランドがあって・・・」


 こうして、カイマナ率いるマウナ・ケア観光ツアーが始まった。

 最初の目的地は、織火の準備のための服屋だ。








「へぇ~、けっこうやるじゃん。

 こりゃ確かに歯牙の王トゥースのバカじゃ無理だよなぁ」


 マウナ・ケアの根本・・・火山の熱でグツグツと茹だった海の中。

 ベルトだらけの白いコートの少年―――脚の王レッグスはひとりごちた。


 人間であれば触れるだけで肌がただれるような熱湯を、意に介する様子もない。

 涼し気な顔で、うっすらと目を細める。

 横に長い瞳孔が怪しく歪んでいた。


「もうちょっと面白い奴らだったら、遊んでみたいなァ。

 でも、俺が直接戦うのは父さんから禁止されちゃったし・・・う~~~ん」


 顎に手を当て、首をひねって考え込む。

 脚の王レッグスはそうしながら、

 それも、頭が下、足が上で。

 まるで見えない足場があるかのように、自然な動き。


「まぁ・・・ここはひとつ、観察で確かめるしかないな」


 脚の王レッグスはしゃがんだままの姿勢でくるりと天地を元に戻す。

 ゆらりと立ち上がり、銀色のパルスを放つ。

 静かに・・・上の島から感知されないよう、慎重に。


「人間はコイツをなんて呼んでたっけな。

 えーっと・・・・・・・・・・・・あぁ、そうそう!思い出した」


 銀のパルスは、糸か絹のように海へ染み込んでいく。

 それが収まると―――遥か下方で、巨大な気配がうごめいた。

 

 焼ける地獄の穴の中、のたうつ―――ぐねぐねと。






「―――起きな、〈カナロア〉。

 この脚の王レッグスが、お前に勅命を下す」






 こうして、水面下の準備は進められる―――。


                        ≪続≫

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