第4章 -9『着飾って、ときめいて』


「―――ああ、こちらもじきにマウナ・ケアの近海に到着する。

 早々の戦闘で苦労をかけたが、しばらくは観光でもしていてくれたまえ」

『言われなくてもそうさせてもらうぜ。

 地酒でも探すとすっかな・・・じゃ、またあとでな』

「うむ」


 エセルバートは短く頷くと、オリバーからの定時報告通信を終了した。

 窓から海を眺めると、水平線に大樹のシルエットが浮かぶ。

 

 グランフリートは現在、しばし滞在していたロシア海付近を離れ、マウナ・ケアの近海へと航行している。

 今回は討伐対象の巨魚ヒュージフィッシュの所在が不明なため、長期的な任務となることが予想された。

 デアに搭載できる物資や設備には限界があり、またマウナ・ケアも技術に関して先進的ではない。定期的な補給体制を整えるため、グランフリートの国土そのものを任地に近付ける必要がある。


 ・・・実のところ、ここに関してエセルバートは、個人的なコネやツテを駆使することも不可能ではなかった。

 だが―――今回からは、少し勝手が違う。


「まったく・・・素直に新国連を頼ればいいものを。

 あなたもこう、強情というか、頑固というか・・・困ったものですねぇ」


 背後から声をかけてきたのは、選別官ヴィクトルだった。

 ソファーにかけ、コーヒーにスティックの砂糖を何本も入れながら肩をすくめる。


 ヴィクトルはあの通信のあとからグランフリートに滞在している。

 街の様子を見たり、聞き込みをしたり、国に関して調べているようだった。

 そして、暇なときは「監視だ」などと理由を付けて茶を飲みに来る。


「もしくはあなたの『荒れてた時代』のお友達に頼るとか、できるでしょ?」

「このあたりが意地の張りどころだと判断したまで」


 振り向いて対面のソファーに座ったエセルバートも、紅茶をカップへ。

 グイと飲み干す。わざと、上品でない仕草を見せつけるように。


「手出しは最小限。

 私の手も、君たちの手も届かないところで、彼らには戦ってもらう。

 そうしてこそ、総長殿の言う有用性を示すことに繋がるというもの」

「あなた、実はひどい為政者だったりします?」

「その質問は怠慢だな。君が判断してくれよ。職業だろう?」


 肩をすくめたヴィクトルはしかし、愉し気な表情を浮かべている。

 短い間接してみて理解したが、この男は人を試したり、見分けたりするのが好きなようだった。今の返答も、恐らく予想の範疇なのだろう。

 天職なのかもしれないとエセルバートは内心思っていた。


「しかし、マウナ・ケアか・・・。

 本来あまり言うべきでないが、少しうらやましいな」

「ほう?あそこに何か思い入れでも?」

「思い入れというか、趣味の話なのだがね。

 あの国には―――」






「―――なるほど、アロハシャツのブランドなワケね」


 織火は、神妙な顔で派手な柄とにらめっこをしながら、ひとり呟いた。


 アロハ『ケオケオ』。

 マウナ・ケア出身のデザイナーが故郷から発信するアロハ・シャツのブランドで、ドイツやフランスでも高く評価されているなど、現在人気が急上昇している。


「どうだい!?金のことは気にしなくていいから、好きなのを買ってくれ!」

「い、いや・・・俺こういう派手なのはちょっと・・・」

「なに、着心地で選べばいい。

 みんなこいつを着てるから、かえって目立たないんじゃないか?」

「ううーん・・・」


 両サイドからカイマナとレオンに押され、しぶしぶ何着か候補を決める。

 レオンは既に購入を済ませ、白基調のアロハを前開けで着ている。

 どこから用意したのかサングラスまでしているので、カタギに見えない。

 実際カタギではないが。 


 織火がうなっていると、背後で試着室のドアが開いた。


「じゃーん。どうでしょう」


 リネットは、赤を基調としたアロハを胸下で短く結んだスタイル。

 肌に着けているセパレートの水着が、リネットの恵体を際立たせる。

 ショートパンツに白いパレオをあしらい、活動的な印象だ。


「さすがリネット、完璧にキメてきたな」

「こういうのは徹底することが大事なんですよ。

 買ってくれるならなおさらです」

「言うなよそういうことを!」

「ワッハッハ、構わん構わん!遠慮せずに選ぶといい!」


 そして、リネットの奥からフィンも登場する。


「えへへ、どうかな?」

「おお・・・!」

「―――――――――」


 思わずカイマナが声を漏らすが・・・オルカは声も上げられない。

 

 白いワンピースに、抑えた紺色のアロハ。

 頭には大きな麦わら帽子。ハイビスカスが添えられている。

 普段とは違い、長い金髪も頭の後ろで結わえられている。

 しっかりとしたサンダルが、かえってほっそりと白い脚を意識させた。


「オルカ・・・どう?どう?」

「や、その」


 織火の脳裏では『めっちゃバツグンにカワイイ』という壮絶にあたまわるい感想が今すぐ走り出しそうだったが、男子のプライドがそれをギリギリで阻んだ。

 阻んだから事態が解決するかというと、そんなことはなかった。

 沈黙だけが表現された。


(いや、ダメだろそれは、何か言え俺、イメージを保てる褒め方を、)


 ちらりとフィンを見る。

 涙目だった。


「超イイ」

「ホント!?」

「超イイ」


 脳が白旗を上げ、脊髄が短い言葉を出力した。

 こうなってしまえばブレーキなどない。思う全てが自動で出てくる。


「めっちゃカワイイ」

「そうかな、そうかな、えへへへへ・・・♪」

「正直好き」


 ブレーキの壊れた言語野は、御神織火のひとつの感情を刺激し続ける。

 思春期の羞恥心は、脊髄反射で言葉を発していても稼働中だった。

 

 つまり、言えば言うほど恥ずかしいのに、言うのを止められなかった。

 端的に言って死にたかった。


 恥と恋の狭間で暴走した脳は―――最終的にバグる。




「俺もそれにするわ」

「えっ?」




 織火はフィンと全く同じセットを引っ掴んでレジに走った。

 凄まじい速度だった。


「いやいやいやそれはおかしいぞオルカ!!待つんだ!!」

「それは間違った愛です!!道を踏み外さないでください!!」

「離せ!!自殺の方法くらい選ばせろ!!」


 暴れ狂う思春期の少年。

 暴れ狂っていない思春期の少年の友人。

 キョトンとする思春期の少年の恋人。


 そしてこの場で唯一、思春期を終えた男が、ひとこと発した。




「要するにペアルックがいいのか」




 織火は赤面して死んだ。

 フィンも巻き込まれて死んだ。


                      ≪続≫

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