第5章 -7『VS〈ベルリン・ノースコロニー〉②』
水中に荒れる渦を横目に見ながら、リネットもまた乱戦の中にあった。
ジェットパックは以前より小型化していて、これだけなら背中はほぼ開いている。
しかし、用途不明のバックパックが背中をすっぽりと覆っている。シルエットは、飛んでいるとまるで紙飛行機のようにも見える。
眼下ではマゴチの巨魚―――〈ドラッヒェ〉の群れが、ざばざばと水面を泡立てて泳いでいる。
普通の下位個体の群れであれば、水面に集まる限り、射撃を得意とするリネットが苦戦する相手ではない。しかし現状、リネットは攻めあぐねている。
その理由は、見れば単純明快だ。
『次発、来るッスよ!』
「了解・・・!」
〈ドラッヒェ〉のうち数匹が、リネットを視界に捕らえて上を向く。そして、顔の先端、目から先だけを残して、全身を水に浸す。
身をくねらせてバネのように水面を打つ。
そして次の瞬間には、リネットのいる高度まで跳んでいた。
一匹に続き数匹が、投石器にでも乗せられたように空中へ跳ぶ。そして、上昇中にすれ違うリネットへと牙を剥く。
リネットはこれをアクロバット飛行で次々回避する。すれ違いざまに数匹を銃撃、駆除するが、大幅に個体を減らすには至らない。
殺されずにリネットの横を通りおおせた〈ドラッヒェ〉は空中に投げ出され、その身体制御の自由を―――失わない。
『また上下になるッスよ!!』
「チ・・・!」
リネットより高くに位置を取った〈ドラッヒェ〉は、風を拾い、空中を泳ぐように自在に方向を変えながら滑空・落下してくる。天を駆け降りる
その間にも水上からは次々に跳び出し、それが過ぎる頃にはさきほど落下していた個体は水面へと帰っている。
回避と攻撃で、回避に比重を取られすぎていた。
このままでは戦闘が長引き、パルスに持久力のないリネットが不利。
さりとて、安全圏まで高度を上げれば、攻撃のターゲットをレオンひとりへと絞る可能性が高い。相手の射程内で攻撃を続ける必要がある。
「キリがありませんね」
『どうするッスか?増援を呼ぶなら今ッスけど・・・』
「この程度を捌けないようでは、王位種―――先生とはやりあえません。
できるだけ短期に決めてしまいたいですね」
リネットは上下から同時に襲ってくる〈ドラッヒェ〉をきりもみ飛行で回避。
そうしてから急停止し、空中で直立の姿勢をとった。
「ちょっと、無茶します」
リネットの瞳が光る。
パルスの色が、青からオレンジに。そのイメージが、電気から炎に変質する。
「―――『ウラヌス・バインダー』、展開」
パルスの変化と音声入力、二重の認証を経て、バックパックが変形を始める。
何層にも折り畳まれた板状のパーツは瞬く間に展開。
やがて意味ある形状を象った。
それは、翼。
大小二対、計4枚のウィングだ。
「数と位置の報告だけお願いします。
照準はこっちで勝手にやりますので」
『オッケー、思い切りやるッスよ』
「はい。では・・・」
リネットはトリガーの感触を確かめると、挑戦的に笑った。
「多勢に無勢はここまでです。
―――『ポルターガイスト』、射出」
二対のうち下側、小さい方のウィングに、オレンジの炎が灯る。
ウィングは6枚の同形のパーツに分かれていき、ひとりでに浮遊を始めた。
6枚の燃える羽が、彷徨うようにリネットの周囲をぐるぐると回る。
様子の変わった敵に対し警戒を強めた〈ドラッヒェ〉が、先ほどまでより多い数で飛び出す。
一旦通り過ぎた第一陣が落下の体勢を整えると同時に、第二陣が挟撃を用意。
そして大量の牙がリネットに襲い掛かり、
「ディフェンス!」
その全ては―――意思を持って動き、リネットを囲んだ燃える羽に阻まれた。
燃えるパルスが引火した個体はあえなく水面に落ち、そのまま焼けて死んだ。
かろうじて上空か眼下かに逃げ延びた個体を、羽は正確にとらえる。
その先端部から、黒く光る砲身がせり出し、炎が集まる。
「―――シュート!」
閃光。
羽は炎を放ち、照準された個体は周囲を巻き込み消し飛んだ。
自律型飛行砲台『ポルターガイスト』。
『フィッシャーマンズ・ゴースト』の技術的応用として開発されたこの新装備は、リネットの持つもうひとつのパルス―――
表面をパルスで覆っているため一定の防御性能を持ち、狙撃時のカバーも可能。
まさしく攻防一体を実現する。
リネットは飛行しながら眼下を狙い撃ち、上空に逃れた個体はポルターガイストで迎撃。上下同時攻撃の手段を得て、死角はなくなった。
・・・しかしながら、この戦い方には多大なリスクも存在する。
「ぐ・・・ぁ、うッ・・・!?
も、もうしんどい・・・!やっぱり実戦だと長くは使えない・・・!」
リネットのパルス能力は先天的なものではないため、肉体への負荷が大きい。
そもそも長時間は使えないパルスを、飛行や武器に加えて6つの砲台に常時付与を続けることは、戦闘可能な時間を大幅に減らすことに繋がる。
「一気に行くしか、ハァ・・・なさそうですねッ!」
リネットは身体の天地を返し、身体の前面をビットのうち3枚でガード。
背中に残った大きい方のウィング・・・飛行用のスラスターを噴かし、一気に群れで泡立つ水面付近まで降下する。
そして水面スレスレで停止すると、ライフルの砲身を海へ向けた。
砲身の周囲に3枚のビットが静止し、やがて、パルスを先端部に集めながら激しく回転を始める。残り3枚は背中をカバーする。
ライフルの先端に、オレンジ色の炎の球体が生まれていく。
「レオンを巻き込んじゃいけないから・・・!!
今回は・・・3枚・・・分ッ・・・!!」
それは壮絶な輝きを放つ、死の熱量。
絶対消失の火。
「・・・シュー、トッ!!」
トリガーを引く。
緩慢な動きで、球体は水中の浅いところへ沈んでいき、停止。
熱量に触れた〈ドラッヒェ〉は、それだけで消滅した。
危機を察知した他の個体は、散り散りに逃げ出そうとする。
リネットは6枚のビット全てを集め、自分の身を守った。
水中、その火球に気付いたレオンは、凄まじい速度で海底へ泳いだ。
そして、それらと同時に、海は灼熱を帯びた。
「―――『
発光。爆発。
ほとんどの〈ドラッヒェ〉は、大熱量に飲まれて蒸発した。
リネットは爆風をウィングで拾って上昇。
ビットを収納し、通常のパルスに切り替えて息を整える。
「ハァーッ・・・ハァ・・・どうにか、まだ戦えそうですが・・・」
『無理は禁物ッス。
―――どうやら・・・本番はこっからみたいッスからね』
シリアスな声色のノエミに次いで、レオンの声。
『リネット、聞こえるか。
どうやら、今の衝撃で起きたみたいだ。海底に動きがある』
『こっちでも拾ってるッスよ。
デカブツ2匹、どうやら種類は一緒ッス』
「本命・・・ですね」
『ああ』
轟音。
水底の砂を煙と上げて、まず現れたのは、鈍角の突起がふたつ。
角の丸い三角錐のようなシルエットが、次第にせりあがってくる。
いくつもの筒状の管。ゴツゴツとした表面。
レオンとリネット、両者がともにその形状をサザエだと認識できた瞬間、ハサミが砂上に現れる。続いて両目、体表、いくつもの脚。
巨魚の世界にも、食物連鎖や生態系はある。
巨大な貝の巨魚、その亡骸を狩る、鈍い赤色の甲殻種。
「―――ヤドカリ・・・!」
『こいつは・・・マーヤちゃんからもらったデータに確か・・・あった!!
〈ヤクトグラープ〉!!相当好戦的なヤベェやつッスよ!!』
「それが2匹か・・・なかなかハードだが、ぼくら2人でやるしかないな」
「はい。もう一度くらいの無茶は・・・」
「―――待ったぁーーーッ!!!」
「む・・・!?今の声は・・・!?」
突然、そこにいるはずのない人物の声が聞こえた。
『―――フッフッフ~♪
どうやら間に合ったようッスなぁ。
いやー、秘密にしとくのキツかったッスわぁ!』
「―――あ、そういえば・・・今日、そっちから聞こえてない・・・?」
そう。
織火のテストで不在のドクターはともかく。
ノエミがオペレートをしているとき、後ろからその声が聞こえないはずがないのだが―――リネットは今日まだ、その声を聞いていない。
『本人たっての希望で、用意してもらってたッスよ。
もっとオルカくんの近くで戦いたいんッスってよぉ?
ひゃ~♪あっついあっつい、ひゃ~♪』
そうして、その少女は戦場に現れた。
半分は人の姿で、半分は魚の姿で―――見たことのない服を着て。
見たことのない、武器を持って―――
「ちょ、ちょっとノエミさーん!?
それぜったい言わないって約束したのにーっ!」
―――その少女・・・フィンは、増援に現れたのだった。
≪続≫
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