第6章 -03『北極上陸戦①』


 グランフリートが北極周辺海域に到着して二日後。

 新国連軍セントラル・フォースの旗艦、潜水戦艦ユニオンが到着した。


 ユニオン艦内のブリーフィングルームに集まったグランフリート戦隊メンバーと、セントラル・フォース隊長リカルド・アーチャーおよび隊員およそ20名は、北極へ上陸するにあたり作戦会議を行おうとしていた・・・のだが。


「大前提として、俺たちが立てる作戦は完遂されねぇ。

 全員それをまず頭に置いてくれ」


 開口一番、北極に最も詳しいはずのオリヴァーがこう言いだしたのだから、多くの戦隊メンバーが目を丸くするのも無理はない。

 だが、同じく北極を知るらしいエセルバートとリカルドはこれに頷いている。

 チャナは・・・反応しない。考え込んでいるように目を伏せている。


「分かるけど言い回しがいきなりすぎるぜ兄弟」

「そうかぁ?細かい説明って苦手なんだがよ・・・任せていいか?」

「オフコース。これまで影が薄かった分、それっぽいとこ見せようか」


 リカルドはデスクの中央にあるホログラフを操作し、北極の全景地図を表示する。

 その地図には、何項目かの表やグラフが添えられている。


「さてみんな、リカルド・ティーチャーの地理の授業だ。

 テストには出さないがメモは取ってもいいかもな」


 ペンライト型のレーザーポインターを手に取り、グラフのひとつを示す。


「これはちょうど先週の北極全域の天候と海面のデータだ。

 北極の天候条件が不安定であることはみんな知ってるよな。

 だけど、それが実際どの程度なのか聞いたことあるかい?

 じゃあ~リネットちゃん!回答!」

「はいティーチャー。『数日と同じではない』と聞きました」

「あとでフルーツゼリーを半分あげよう。つまり半分正解。

 その言い回しは、間違っていないけどだいぶ優しい」

「優しい・・・で、ありますか」

「お、じゃあレオンくんに次の質問だ。

 『温度計が壊れたときの温度』って、何度だと思う?」

「は?いや、それは・・・計測できていないのでは。

 温度計の限界を超えたから壊れたのでありますから」

「そう、それなんだよ」


 リカルドは、グラフのうち、温度の項目をクローズアップした。

 激しく揺れる波線が、一定の上降りを見せると、赤くポイントされている。


「このレッド・ポイントはね。

 に突入している時間なんだよ」

「測定できないって・・・そんなに寒いんですか?」

「いや、寒さ自体は問題じゃない。

 絶対零度は計測できるから定義されたんだしね」

「じゃあ、どういう・・・」

「———壊されるんだよ」


 リカルドは、レッド・ポイント観測地点をクローズアップ。

 そこに、ひとつの写真が表示される。


 チャナの肩がびくりと震えたことには、誰も気付かなかった。


「計器自体が・・・によってね」




 映っているのは・・・氷山に串刺しになった、観測船。

 そして・・・その背景。

 『背景』という形容が正しく思えるほどの、巨大な生命。

 

 半透明に揺らめく、水晶のような身体。

 瞳なき頭。




「———巨魚ヒュージフィッシュ!」

「コイツが北極の元凶さ。

 推定全長、生態詳細、いまだ不明。

 クリオネの巨魚・・・零度の暴君〈ダイヤモンド・フューラー〉」

「氷山を・・・生んでいる?」

「・・・凍らせるんだよ・・・海をな」


 一歩進み出たオリヴァーが、憎悪を込めて画像を睨む。

 闘争本能ではない、暗い感情。

 織火もレオンも、リネットも見たことがない顔だった。


「小手先の作戦や方針を立てることはできる。

 だが、コイツが出現したらそれらは全て放棄し、逃げろ」

 

 あのオリヴァーが逃げの一手を明言すること自体が異例。

 そこに付け加えられる、地獄の北海の大鉄則。




「———

 連携も、躊躇も必要ない。俺もお前らを庇う余裕なんかねぇ。

 自分ひとりの力で、自分のことだけを守り、逃げ延びろ。

 それができねえ奴は、この海じゃゴミ以下だ」




 しん、と静まり返る部屋。

 最強の戦士から告げられる、あまりに重い宣告。


 その空気を異に介さないのは―――また別の最強の男だった。


「ま、そういうワケだから最低限の作戦はやっぱり立てよう。

 決まってないのと、決まっててやめるのは大違いだぜ。

 ———それに」


 リカルドは胸ポケットからキーを取り出す。

 刻印された文字は―――MZX-01。


「そのために―――俺たちマーズ部隊がサポートに来たんだ。

 大船に乗った気で頼ってくれていいぜ!」


 リカルドはウィンクしながらサムズアップ

 そして、高らかに言い放った。




「———ま、この大船、潜水艦だから沈んでるけどね。

 リカルド・ジョーク。ハハハ!」




 部屋は再び静まり返った。

 オリヴァーはリカルドを殴った。


                       ≪続≫

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