第6章 -04『北極上陸戦②~マーズ出撃~』
「さて、親愛なる部隊員にして兄弟たち。
俺は今日も超絶ハンサム、モテモテのクールガイだけどみんな調子は?」
「二日酔い」
「クソ女房と離婚寸前で大変に気分が良いな」
「知らねえバカ」
「オーケー、どいつもこいつも絶好調だな」
リカルド・アーチャーの軽口に、マーズ部隊のメンバーも同じ軽さで返す。
いつものコミュニケーション。
これから、重苦しく血なまぐさい―――血でなくともなまぐさいが―――戦場へと降りるにあたり、常に行っている儀式。
進む世界が重苦しいのなら、自分たちは羽か埃のように、身も命も軽く。
それがリカルドの哲学だ。
例えばそれが、自分たちに得体の知れないスーパー・パワーを与える兵器の運用、しかもほぼぶっつけ本番に近いほどの訓練しかしていないとなれば、もはや死んでも仕方がない。
死んでも仕方がないのなら、惜しまれぬほど軽薄に。
誰も悔やんでくれるなと祈りながら、今日もジョークで品性を削る。
「———エクステンデット・ニードル、
全員、整然と同じ動きをする。
同じスイッチを入れ、そしてシートから軽く上半身を浮かせ、背筋を伸ばす。
その背中に向けて、人間機能を
被検体レオナルド・ダウソンの献身的な協力により、人類は、自らのパルス器官を知るに至った。
それは―――
新国連によって『PB細胞』と名付けられたこの細胞は、理論上、骨髄に注射するだけで全ての人間をパルス能力者に変えることができる。
しかしそう簡単な話ではない。
通常の骨髄移植ですら、HLA・・・白血球の血液型がドナーと移植対象で一致しない場合、拒絶反応を起こし、重い場合は直ちに死に至る危険性がある。
ましてや情報の少ない新種の細胞。どんなリスクが起きるか予測がつかない。
これを兵器として運用するためには、様々な課題があった。
注射そのものの簡略化に始まり、その後人体の詳細なモニタリング、不測の事態が起きた場合にはこれを直ちに治療する用意が必要。
なおかつ、一定の強度と武装、パルス使用を補助する装備の搭載。
走行、あるいは飛行か、いずれにせよ有効な移動手段の確立。
こうした全ての課題と解決策を、文字通り内包して、マーズは生まれた。
当然、小型になどなろうはずもない。
「
総員、起立!!」
次々に立ち上がる、鈍い茶色のシルエット。
その形状をなんと表現すればよいだろうか。
歪んだ鋼鉄の箱に、頭部と頑強な四肢を取り付けたような、異形の鉄人。
マーズ使用者に特有のイエローのパルスが、ボディを走るラインに満ちて発光。
マーズはいわば―――『手足の生えた生命維持装置』だ。
たった一本の注射のために、3メートル以上のサイズ、2.8トンもの重量を要した。
背負って動けないから中に乗り込み、それを運ぶために手足が付いている。
人型として成立したのは、偶然だ。
潜水艦ユニオンが薄氷を砕いて浮上する。
上部のハッチが開き、鉄巨人が群れをなして極寒の海に踏み出していく。
ある者はライフル、ある者は溶断ブレード、ある者は盾とハンマーを持つ。
全てマーズに合わせてあつらえられた、巨大な武器だ。
「隊列を乱さず前進!
どっからでも来るぞぉ、小便ちびらないように股を締めてろ!」
その最後尾、リカルドの乗り込む隊長機だけはまだユニオンの背を離れない。
頭部の両脇に巨大なアンテナユニットを備えた専用機。
黒いボディの表面を走る、稲妻のパターン。手には奇妙な形状のボウガン。
ほどなく、優秀なセンサーは、センサーなどなくても分かる接近をとらえた。
・・・音がするからだ。
波を荒立て水を割る、クソッタレの群れ。その音が!
「来たなァ・・・?目測の個体数は!」
「2キロメートル前後!」
「埋めてる範囲で答えるなよ!了解!」
———景色が巨魚だった。
巨魚の音、巨魚の色、巨魚の匂い。
見渡す限り巨魚、巨魚、無数の巨魚の群れの群れ。
ひとつひとつの種類など、判別するのもばかばかしい。
「退路を確認しつつ迎え撃て!
逃げるものは仕留めていいが、抜けて俺のとこに来るのは無視していい!」
「全部隊長んとこに行かせようぜ」
「それ名案じゃね?」
「お前らー!?」
迫る死の暴威を前に、それでもジョークを飛ばしあう。
ひとしきり軽くなった命は、戦う体を軽くする。
ボディの各所に設置されたパルス・リアクターが、背骨に繋がった注射を通して、文字通り脊髄反射で搭乗者のイメージをパルスに伝える。
水上・水中に防壁を築き、進行を押し留め、即座に密集部分を叩く。
それが終われば前進。繰り返す。
セオリー通りのファランクス。
握力数十トンの鋼鉄の腕が、トリガーを引き、刃を、鈍器を振るう。
世界最高戦力セントラル・フォースの前では、雑魚の群れなどひとやまいくら。
だが、その中にも素早いもの、賢いものはいる。
見慣れぬ鉄のニンゲンども。
その動きに統率の影を感じ取り、親を叩くべく抜け出す少数の個体。
それはすぐに、ユニオンに陣取るリカルド機を捉えた。
「俺んとこに来たか?
悪いけど歓迎できるのは美女かカワイイおばあちゃんだけだよ」
言うや否やボウガンを乱射。
人間の子供ほどもある矢が数匹を正確に射貫くが、連射速度が足りない。
素早い個体が一匹、攻撃をすりぬけ、リカルド機へ飛び掛かる。
発射直後、矢のリロードは隙が大きく、マーズは回避できない。
「———マーズは、な!」
飛び掛かる巨魚よりなお早く、コックピットから飛び出すリカルド。
その手にはパイル・バンカーが抱えられている。
水面にパルスを流して炸裂させ、斜め下からバンカーを突き刺す。
「
発射。
鋼鉄の杭は、鋭利でありながら鈍器の性質をもって巨魚を消し飛ばした。
・・・しかし、それだけだ。
その間に抜け出てくる巨魚が一匹のはずはない。
搭乗者が離れて動きの止まったマーズに、次の攻撃を迎え撃つ術が―――
「時間は稼いだ、あとは頼むぜ?相棒」
―——すでに用意されていた。
無人のマーズが、リロードの終わったボウガンを構える。
発射。発射。発射。
ロビンフットもかくやの命中率。全弾命中。
繰り返すが―――マーズが人型になったことは、全くの偶然に過ぎない。
だが、その人型こそが最強のピースとなった。
マーズから搭乗者へ注射される
精神に起因するパルスが、機体と搭乗者を行き来する。
この状態において、搭乗者と機体は、いわば神経と脳を共有するに等しい。
搭乗者とマーズの別行動・同時制御。
一対多数の戦闘を得意とするリカルドにとって、『自分がひとり増える』ことは、本来得られるパルスという力よりよほど強力なパワー・アップだった。
リカルドが懐に潜り杭を撃てば、マーズがボウガンでこれを補助する。
マーズに隙が生まれれば、リカルドが走り回って時間を作る。
そして、それでも押せない敵が現れたならば。
「!・・・新手、大型・・・下か!?」
業を煮やした群れのボス、大型の上位種が出現する。
パルスの壁に阻まれてパイルも矢も届かない。
「さすがにバラバラじゃ厳しいか。
こういうとき、やっぱ言うべきなのはアレかね?」
水面に打ち付ける尾をバックステップで回避、そのまま開け放ったコックピットにひらりと滑り込む。
ハッチの閉鎖ボタンを押しながら、リカルドは叫ぶ。
「
ハッチ閉鎖。
状態を考えればずっと合体はしていたのだが、それを指摘する仲間は遠くで群れを押しつぶそうとしていて誰もいない。
信頼すべき兄弟たち、輝かしい初陣だ。ならば俺も威厳を見せてやるぞ。
「パイルモード!」
ボウガンが変形、本体の背中にマウントされていた追加パーツが合体。
巨大なパイルバンカーを形成する。
迫る大型巨魚。
開かれた大口をブン殴って閉じさせ、脳天にパイルを突き刺す。
片手はトリガーに。杭にパルスが流れ込む。
空いた片手の親指を立て・・・逆さに倒して下へと降る。
「
炸裂・轟音。
稲妻のような光と音を立て、さっきまで大型巨魚だった尾ひれが生まれた。
海面に穿たれた余波は水を伝い、集っていた群れの残党も一掃した。
「ヤーーーッハァ!!
どうよどうよ!!お前ら見てたかぁ!?」
リカルド機が勲章のように尾を掲げて快哉を叫ぶ。
―——誰も見ていなかった。
≪続≫
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます