第6章 -02『予感』


「———おい。北極だとよ」

「・・・知ってる~・・・」


 オリヴァーがチャナの私室を訪ねたとき、部屋には鍵もかかっていなかった。

 無遠慮にドアを開くと、照明の灯らない暗い部屋の中、ベッドライトの光だけが、部屋よりも暗い顔で寝そべるチャナの表情を映し出した。

 

「———・・・・・・・・・うはやぁっ!?」


 返事から一瞬遅れで状況を認識したチャナは、パジャマ姿を大きな枕———カニの形をしている―——を慌てて抱きかかえて隠した。


「おっ、オトメの部屋にさぁ!!ノックをさぁお前ぇ・・・!!」

「そういう恥じらいがあんならセキュリティぐらいしろや」

「う~・・・ぐぐぐ!」


 そのまま枕ごと前のめりに沈むチャナ。

 横目に笑いながら、隣に腰掛ける。


「・・・まだ好きなんだな、カニ」

「え・・・うん。変かな」

「いや、別に。いいんじゃねえか。

 ・・・ただ、もう、最初に買ってやったのはずいぶん昔だと思ってよ」

「ぷ」


 チャナはそれを聞いて思い出し笑いをする。


「・・・なんだよ」

「あはは、ごめんごめん

 今になって思えば、女の子に買ってやるチョイスじゃないと思って!

 カニて!カニのキーホルダーて!」

「うるっせ、あの頃は俺もそういうの分かんなかったんだよ!」

「・・・でも、嬉しかったな。

 もう11年も経ったんだもんねぇ・・・」


 チャナは机の横・・・オリヴァーからは見えない位置に下げてあるキーホルダーを、一瞬ちらりと覗き見た。


「お前も11歳なるか」

「そーね!超絶キュート天才少女チャナさん11歳独身!」

「最後の必要か?」

「あはは、いらないか」


 ほんの少し笑いあって・・・沈黙。

 ベッドの光が、輪郭に陰影を作る。影と光。明暗。

 

 どうしてオリヴァーが黙っているのか、チャナは分かっている。

 言うべきことが分かっていて、言葉を探しているだけだ。


「話す決心はついたか?」


 そして・・・この男はいくら言葉を探しても、シンプルに結実するのだ。

 それも、チャナは分かっていた。


「・・・うん。多分・・・もう、逃げ続けるのも限界だよ」

「そりゃあ、そうだな。

 どいつもこいつも心がタフだ・・・特にフィン。

 俺やお前だけ過去や現実と向き合わないってワケにはいかねぇ」

「そう、だね・・・そうだよね」


 言いながら、チャナの体は小さく震える。

 実際以上に小さく見えるその肩を、オリヴァーは抱き寄せた。


「・・・・・・・・・わたし、みんなの仲間でいられるかな・・・」

「軽率にイエスとは言わねえよ。

 ただ・・・ノーでも構わねえさ。俺はお前の共犯だ。

 そういう契約で・・・俺は、お前と組んだんだからな」

「うん」

「大丈夫だ」

「うん・・・・・・・・・」




 ―——震えが収まるまで待って、オリヴァーは立ち上がり、部屋を出る。

 ドアを閉める前に立ち止まって、半分振り向く。


「カギ、閉めろよ」


 チャナは閉じたドアに歩み寄り、鍵をかけ、部屋の明かりを付ける。

 そして、クローゼットの奥から一枚の服を取り出す。

 

 


『戦艦グランフリート 機関士 芥川あくたがわ茶那さな




 ―——それは、少女の罪の断片。

 奪いとった存在の証明だった。


                      ≪続≫

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