第6章 -01『情報は眠る』
「ほっぽふべっふぁ?」
「うむ、ミカミくん。飲み込んでからでいい」
「ぶぁい」
『らぁめん麒麟』。
グランフリート公艇国に居を構えるラーメン店である。
大衆向けの値段設定、魚粉ベースのこってりとした味、何より、名前で分かる通り日本人が経営していることもあり、織火はこの店を贔屓にしている。
織火は日曜日かつ非番。
スポーツ雑誌でも買って余暇を過ごそうと思っていたのだが―――突如、アロハの為政者ことエセルバート(休日バージョン)に呼び止められ、こうして昼食を取りに来ている。
エセルバートが奢ってくれるというので織火は大盛かつトッピングマシマシだ。
「げっふ。失礼しました」
「いやいや、構わないよ。
年頃の男子はかくあるべきという食いっぷりだ」
「あざす―――で」
「うむ、では改めて」
エセルバートは食べ終えたチャーハンの皿を脇に避けると、両手を組み深く椅子に掛けなおす。
「北極ですか?」
「明日改めて全体に発表するのだが。
グランフリートは、進路を北極へ向けることになった」
「北極―――」
北極という場所の話は、織火も研修の過程で聞き及んでいた。
過酷な気候条件と、著しく不安定なハイドロエレメント。
水位や海流は数日と同じ形状をしておらず、その中で生存競争を勝ち抜いた巨魚は他に類を見ないほどに強大で狂暴、そして繁殖力が高く数も膨大。
地域に居続けることはおろか、外部から辿り着くことすら容易ではない魔境。
それが、地獄の北海・・・北極という場所だと、織火はほかならぬ北極から来た男、オリヴァーに習って知っている。
「なんでそんなやばい場所にこっちから行くんです?」
「理由はいくつかある。
ひとつは、王位種の本拠地があると予想される地域のひとつだからだ。
後手に回り続けてはいずれ限界が来る、危険を押しても積極調査が必要だ」
「確かに・・・」
『王位種側がこちら側の動きを何らかの手段で把握している』という予想はすでに確信的に共有されている。
この状況を解決するか、この状況のままでも戦える決定打を何か見つけ出すか・・・この二択に、グランフリートは後者を選択した。
現在は兵器と情報の二方向から模索を続けている。
「そしてもうひとつ。
北極を選んだのはこちらの理由が大きいが―――さて、どうするか」
「・・・?・・・どうするっていうのは?」
「少しばかり歴史の話になるのでね。
あまり歴史が好きではない君にどう語って聞かせるべきか。
居眠りをさせるわけにもいかないからね」
「あぁ・・・いやいや、気にしないで下さい。ていうか授業で寝ねえ」
「そうかね?ではお言葉に甘えて」
真顔で言われたせいで織火は冗談か本気かの判別ができず、何となく釈然としない気持ちだけが残った。
「今ここは『グランフリート公艇国』と名が付いているが。
それはあくまで、船上にある国家の名称だ。
この船の、船としての正式名称を君は知っているかね?」
「船としての、名前・・・?いえ、初めて知りました」
「まぁ、そうだろうな。よほど詳しくなければ知ることはない歴史だ。
この船は、GF-02という」
「GFはグランフリートだとして・・・02ってことは、まさか」
「そう、この船は二番艦なのだよ。
かつて、この公艇国の前身となった一番艦が存在した」
エセルバートは手元の端末から、ひとつの画像を表示した。
凄まじく巨大な船・・・だが、今いるこのGF-02と比べれば小さい。
居住スペースは十分だろうが、国家と呼べるほどの規模ではない。
そして最大の違いは・・・砲のサイズと数。
明らかにそれは『戦艦』として作られているようだった。
「これが、GF-01?」
「居住より防衛・撃退に重きが置かれていたのが、この一番艦だ。
あの地で拠点として機能するためには、これほどの堅牢さが必要になった」
「・・・あの地・・・まさか」
「今、ミカミくんが想像した通りだよ」
画像を操作し、少しズームアウトされた。
そこには、海面からいくつもの氷山が飛び出た風景がある。
寒冷で、過酷な土地。荒れ狂う海と、なくてはならない強大な武力。
「GF-01は北極にて竣工し・・・そして、撃沈された。
沈んだ理由が明白かつリスクが大きいことがあり、残骸の調査も進んでいない」
「そんなところに行くんだから、理由はあるんですよね」
「全く単純明快だよ」
エセルバートが端末を操作する。
GF-01に関する情報がスクロールし・・・ある地点で止まる。
マークされた項目が浮かび上がり・・・顔写真と名前を表示する。
『設計者:ハロルド・マクミラン』
「ハロルド・・・!」
「もはや、危険を理由にこの名を無視することはできない」
ハロルド・マクミラン。
世界水没の影に蠢く、謎の共同名義。
グランフリートの祖であり、王位種の祖でもある。
敵やも味方やもいまだ知れぬ、この世の裏。
「もちろん、当人が乗っていたわけではない。
しかし・・・ハロルドが手ずから設計したことは重大な事実。
今回は私も同行する。私にしか分からないこともあろう」
本来であれば為政者が国を留守にすることは褒められたものではない。
だが、移動する国家であるグランフリートならばリスクは最小限に抑えられる。
加えてエセルバートは、あのオリヴァーやチャナと同格の使い手だ。
よほどのことがなければ護身の心配は必要ないだろう。
・・・しかし、織火は胸のざわつきを押さえきれない。
先ほど聞いた話に、無視できない言葉が混ざっていたからだ。
「・・・さっき、『撃沈された』って言いましたよね。
このデカブツは、事故や自爆じゃなく・・・何かに沈められた?」
「―――うむ―――信じがたいことだと思うが・・・」
エセルバートは苦々しく息を吐き・・・恐るべき事実を肯定する。
絶望を。
「―――〈ダイヤモンド・フューラー〉。
たった一匹の巨魚によって、GF-01はこの世から姿を消した」
《続》
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