第6章 -30『VS〈ダイヤモンド・フューラー〉①』


 織火が合流、チャナが戦闘手段を得ても、依然として状況は窮地だった。


『次が来るよ!』

「ッああ!」


 〈フューラー〉のパルスを受けて水面がゆらめき、氷塊が浮上する。

 単なる塊から槍状のものまで、その形状もサイズも多彩。

 回避か、破壊か、見極めてからの対応を要求されるため、どうしても後手に回る。

 織火は蛇行により回避、チャナは最も大きなものを破壊するが、どうしても細かな負傷を軽減することはできず、徐々にダメージは蓄積していく。


 それだけならば、強行突撃によって早期撃破を狙うこともできた。

 しかし。


『んのやろーッ!!』


 デビルキャンサーの装甲が一部展開し、砲身がせり出す。

 即座に発射。パルスを付与した砲弾が〈フューラー〉のどてっ腹に迫る。

 それを確認すると、〈フューラー〉は逆にその腹を誇示するように晒す。

 ごぼっ、という音。

 着弾、爆発。黒煙が周囲に広がる。




 オオオ―――ン・・・




 ・・・煙が晴れたとき、そこには氷の鎧があった。

 身じろぎもせず、〈フューラー〉は自らの無傷を示す。 


『くっそぉ・・・!これでも通らないか・・・!』


 〈フューラー〉の表皮には、人間で言う汗腺のような器官があるらしく、体の内に蓄えた水を分泌、それを冷凍することで身を守る鎧とする。

 

 すぐさま反撃。

 何本もの水柱が立ち、空中で散らばる水しぶきはその場で鋭利に製氷される。

 雨のように降る氷柱の刃は、生身の織火に回避できるような量ではない。

 ブラスターを乱射しつつ、キャンサーの背に隠れてやり過ごす。


 攻撃には周囲の水を、防御には体内の水を。

 無尽蔵のパルスを背景に、〈フューラー〉は隙のない攻防一体を実現していた。


 


 ———しかし、そこにこそ勝機がある。

 そうチャナは考えた。




『どう?』

「間違いない、体の中から出てる」

『オッケー。

 つまり、そこはワケだね・・・!』


 体内から分泌した水分を、その場で冷凍する。

 つまり、その強固な氷は、体内にまで達している。

 ・・・であれば。あえてその氷を突き破ることができれば、体内に攻撃が通る。

 それがチャナの見出した細い勝機だった。


「けど、例えば氷じゃなくて水を噴射されたら?

 水圧で押し戻されるんじゃないのか」

『だから、一度氷にするんだ。

 アイツは

 えーと、これがこうだから・・・』

「・・・そうなのか?」


 通信越しに、がちゃがちゃと言う音が聞こえる。


『いやこうじゃない、じゃあこういう計算か・・・?

 あぁえーと、ちゃんと根拠はあるよ。つまりは―――』


 


 ———『水質硬化』と、『冷凍』の違い。

 それは、『』という違いだ。


 水質を硬化するという現象は、水という物体の性質そのものを硬くする行為だ。

 それはあくまで『硬い水』であり、凍っているわけではない。

 水であればパルスが通るため、自由にこれを流動するように戻せる。


 一方、冷凍というのは、液体を個体にする行為だ。

 そして凍っている間、

 これこそ、幾多の巨魚を食らってきた〈フューラー〉の強さの秘密。

 氷は完全にパルスを遮断するのだ。


 逆に言えば―――




『———アイツは、

 多分、水をお湯にして浴びせるとか・・・そうやって溶かしてると思う。

 ・・・ほんで、そんで・・・そうだ、このくらいなら可能だ・・・』


 がちゃがちゃ。


「・・・つまり・・・単純に氷より強い攻撃なら、パルスのぶつかり合いにもならない?」

『かしこい!そゆこと、そゆこと。

 まぁ言ったらそれはこっちもパルスによる威力は望めないワケで・・・うーんと・・・』


 がちゃがちゃ。


「本当に純粋な意味で、パワー勝負か」

『・・・角度はもう、これしかないとして・・・あーとそうなっちゃうねぇ~・・・』


 がちゃがちゃ。


「・・・・・・・・・キャンサーで殴るのか?・・・なぁ、あとさ」

『ちょっと無茶だろうね。

 足が遅すぎるし、それ以前に海上の方に壁作られたらたどり着けないよ。

 ・・・よし、よしよし・・・あとは距離・・・』


 がちゃがちゃ。


「じゃあ、結局無茶な案だ・・・・・・・・・なぁところで」

『・・・あぁ・・・現状そうだねぇ・・・・・・・・・こうだから・・・こうで・・・』

「がちゃがちゃ何してんだアンタさっきから!?」


 会話の端に挟まる謎の思案と音が気になって仕方がない織火はついに尋ねた。

 チャナは返事もせずに数秒ほどその音を響かせて―――やがて息を吐いた。


『できた』

「なにが!」

『逆転の一手。そっちのバイサーに表示する』


 言われた瞬間、織火のバイザーにデータが送られてくる。

 何かの計算式と、いくつかの図。

 そして―――ひとつの動画。


「———え・・・これって」

『アイツは言葉にするのが苦手だったけど、ウチはできる。

 足りない部分をスピードで補えば、いけるはずだよ。

 それに、たまたまに即してるからね、それ』

「本当にいいのか?」

『ウチだけ全部持ってるってのもズルい気がするからさ。

 ただし、今日この場で習得して、必ず決める。それが条件。

 ま、スポーツマンのオルカくんは本番一発勝負が得意だし?』

「・・・は、分かってんじゃん」




 ―——切り裂く氷の雨が止む。

 織火は、シューズを一度深く履き直す。


 ドン、ドン、ドン。

 ドン、ドン、ドン。


 ドームの外から響く、低い音。

 恐らく外周では突入のための掘削が始まっているのだろう。


 打ち鳴らされるメガホンの音に聞こえた。




『———行きな、少年。頼んだぞ!!』

「了解・・・御神織火、出走しますッ!!」




 勝負。


                   ≪続≫

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