第5章 -18『サイドバウト〈黒vs赤〉②』


「どうした、手を出さなければ俺は倒れんぞ」

「うるせェよ筋肉ロブスター、考えてンだから黙ってろォ!」


 すれ違いざまに放つ真紅の裏拳。上体を逸らして回避する黒銀のボディ。


 を作り出してから、脚の王レッグス甲殻の王シェルの戦いは、明らかにその性質を変えていた。


 まず、脚の王レッグスは相変わらず有効打を打てていない。

 ・・・どころか、総合的には攻撃力が落ちている。

 今までは闇雲に放っては爆ぜていた『ネェロ』を、擬態装備の構築と移動能力の確保に使うようになっているためだ。

 その一方、甲殻の王シェルはこれまでなら命中していた拳撃が空振り、または命中してもクリーンヒットしない。

 原因は明白。脚の王レッグスが攻撃をよく見るようになった。


(―――いい状態になってきている。

 あとは、この俺の甲殻をどう攻略するか・・・)


 言動に比して根が理知的な脚の王レッグスに対し、甲殻の王シェルは、落ち着いた佇まいに反して血の気が多いバトルジャンキーである。

 迷走を続ける同胞の目を覚まさせてやろうとしたことは、まぎれもない本音。

 しかし、それはこうなっている時点で既に果たされたことだ。

 

 ―――あとは己の欲を報酬に受け取るのみ。


(楽しませろ、脚の王レッグスよ。

 お前も知らぬお前の底を俺に見せてみろ・・・!!)




 脚の王レッグスの心は、半分以上ここにない。

 その頭脳の大半は、回想と分析に費やされている。


(どうもしっくりこねぇ。

 こいつは、俺の方法で速度が出る構造じゃねえってことか?)


 あのスピード狂の御神織火の速度は最初から望むべくもないが、それにしても今の自分は遅い。思ったように加速が効かない。


(ザックリ言って俺の動力は爆発だ。

 確か沈む前にはあったんだよな、油を爆発させて進むみたいな仕組みが。

 あれ、なんつったかなぁ)


 背を向けて廊下を大きく後退する。

 相手は追ってこない。それだけの危機感を与えられていないのだろう。

 今はそれもありがたい。考える時間と、が欲しかった。


(―――燃料室と、排気パイプ。

 そうだ、こういう感じだった。マフラーって言うんだよな)


 兵器である巨魚の記憶は、時間によって摩耗しない。

 狂気を脱した脚の王レッグスの脳には、蓄えた知識の全てがある。

 自由に取り出せる。いくらでもイメージを拡大できる。


(このサイズじゃスペースが足りねえ。

 もっと―――こうだ、脚全体をすっぽり覆う感じで―――)


 その想像に、創造はリアルタイムで対応する。

 構造と設計を浮かべた先から、黒い泥は形を失い、すぐさま輪郭を変える。

 

 足首から下にしかなかったジェットブーツが、ふくらはぎを覆い、膝を飲み込み、やがて脚の付け根まで全体を包む。シャープさを捨てた重厚なシルエット。つま先とかかとが曖昧な形状。

 足裏に数個開いていた空気孔は、延長されて複数本の太いマフラーを形成。その位置も、ふくらはぎに移動する。


(あとは―――攻撃手段だ。

 こればっかりは、やってみて試すしかねぇ・・・!)


 スピンして反転、を起動する。

 かつて地球上に跋扈していた、爆発する動力。

 より原始的な、より暴力的な原理は、確実にさきほどまでより速く敵前に脚の王レッグスを運んだ。


「ムゥッ・・・!」

「ッおらァ!!!」


 最初の一手は、片手持ちの棍棒メイス

 がぎん、と重い音を響かせて命中する。

 迎撃の拳を受け止めることには成功するが、


「それだけではなッ!」

「チ・・・!」 


 反動が大きく、返す二撃目と打ち合えない。

 メイスを自爆させ、距離を取る。


「次ィ!!」


 煙の中から突き出されたのは槍斧ハルバート

 今度は小回りが利くためしばし打ち合うが、繰り返したとて甲殻に傷を付けられるとは思えず、途中で放棄。


(そもそも近付いたら不利か・・・!?)


 記憶にある重火器から、構造が複雑でないものを選択。

 両腕にロケットランチャーを形成し、即座に発射。


「フン、そう来ればこうよ」


 その場を飛び退く甲殻の王シェル

 構造を再現したが故に軌道を操作できない弾頭は、命中せずに爆発。

 あえて防がないことで、威力が足りているという保証にもならない。


 ここに来て性能だけでなく、戦いへのセンスの格差も思い知らされる。

 ―――だが、脚の王レッグスはもう、その事実には苛立たない。

 ただ、現状への不満を明確に認識する。


 足りない。


 重さのある武器を振るえば手数が足りない。

 手数のある武器を振るえば重さが足りない。

 威力だけを求めれば、そもそも命中しない。


 全てになにかが足りない。

 



 ―――では、

 個人の不足を、奴らはどうやって埋めている?

 それは―――




(―――そんなこと、できるか?

 ・・・・・・・・・いや、できる。

 俺はヒトの体を持っているだけで、ヒトじゃない。

 だったら、できるはずだ。やってみせられるはずだ)


 脚の王レッグスは動きを止め、パルスを放出する。

 銀の仮面が激しく発光し、顔全体を覆っていく。


「が―――あァ、アアアア・・・!!!」

「・・・!?」


 突如、脚の王レッグスが頭を抱えてのけぞり、苦痛の声を上げる。

 びくりとしながら数度かぶりを振ったあと、無理やり押さえつけるようにして姿勢を整え、前を向く。

 道化のようだった仮面は、丸く目を剥く怪物のような様相に変わっている。


 選択した武器はメイス。さきほどより大きい、両手持ちのサイズ。

 

「ギ、グ、ァ、アアアアアアーーーーーーーーッ!!!!!」


 背後の柱を吹き飛ばすほどの爆炎を上げ、急激に突進。

 全力でメイスを叩きつける。


 甲殻の王シェルは片腕の腹でこれを受け止めるが、背後に向けて押されていき、ガードを両腕を使ったクロスガード切り替えた。

 押されてはいても、ダメージはない。これでは先ほどと同じだ。


「同じ武器を大きくしたところで、それだけのものでは同じ・・・!!」


 両脚を踏ん張り、次第に押される勢いも殺されていく。

 もう一度、今度は両腕でメイスを弾こうと肩の筋肉に力を込めて、











「――――――つまり、やつらは数を用意するワケだ」











 


「な―――」 


 それはまるで骨のように細く、銀のパルスを帯びている。

 うち二つの腕は、手首から先、本来は五本指が付いている部分に、刀のような鋭い刃を生やしている。

 残る四本が、幽鬼のごとく、甲殻の王シェルの両腕にまとわりついた。


「その姿勢じゃ、つなぎ目は守れねえッ!!!」

「ぐ・・・!?」


 クロスガードのために曲げられた腕。

 その関節の部分には、動作を邪魔する甲殻がない。

 あらわになった本体めがけて刃を振り下ろす―――!


「お、おおおッ!!!」


 甲殻の王シェルはとっさに、甲殻そのものを全て解除。

 軽くなった体で転がるように後退し、攻撃を逃れる。


「ガッ・・・!!

 ぐ、ハ、ハハハ・・・!!アハハハハハハハッ!!!

 ようやくお前が転がる番になったなァ!!」


 笑いながら―――しかし、脚の王レッグスはもともと青白い顔をさらに蒼白にし、ぜぇぜぇと息をする。明らかに消耗している。

 

 増えた腕は、それぞれ肩と脇腹から生えていた。

 まるで実際に自分から生えているかのように、精密に動いている。

 実際に生えているように。

 本当にかのように。


「まさか・・・〈ガーディアン〉を・・・!!」

「あァ、そうさ・・・!テメェも人体の勉強はしたみてぇだな・・・!

 体は脳から―――『信号パルス』を受けて動いてる・・・!

 人間どもなら死ぬだろうが、俺は問題なく巨魚ってワケだ・・・!」

「その腕が・・・お前の答えか、脚の王レッグス!」

 

 胴より伸びる八本。その下に二本。

 大きく広げ、掲げてみせる。




「名前を呼んでおいて間違えるんじゃねえよ。

 ―――こいつは『王の義足レ・ファルソ』。

 全てがこの俺の・・・脚だッ!!」




 誇らしげに、狂暴に・・・十本脚の王は、己を誇示した。


                           ≪続≫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る