第5章 -19『サイドバウト〈赤vs 〉』


 一瞬に響く衝突音、実に八回以上。

 人類の世界しか知らない者ならば、乱戦を想像するであろう音。


「おおおおッ!!」

「シャアアアアアアアーーーーーッ!!!!」


 しかして一対一。

 ますますも人外・理外の領域へと踏み込んだ、脚と甲殻、二王の決闘。

 ここにきて、両者はついに一進一退を演じるに至った。


「そこッ!!」

「見え透いているッ!」

「チィィ!!」


 地力はやはり甲殻の王シェルが上回る。

 十本の脚を同時に捌きながら、いまだ傷も負ってはいない。

 尋常ならざる戦闘感覚で、黒銀の猛攻をしのぎ続ける。

 ・・・が、大きな攻撃を放つ回数は減っている。

 

 ひとつの理由として、脚の王レッグスがその場に踏みとどまるようになったことがある。

 それまで行っていた思考の時間を稼ぐための一時離脱を、今は行わない。脚が増えたことで防御もある程度行えるようになったことに加え、脳のリソースを攻撃に割いている脚の王レッグスにはもはや逃げるだけの余裕がない。


 ふたつめの理由は、空間の狭さだ。

 幅が広くない廊下というフィールドは、細長い脚の多い脚の王レッグスに有利に働いた。当然、脚の王レッグス側もこれを自覚的に使いこなしている。逃げ場の少ない左右から、囲い込むように隙を狙う、または作り出そうと試みる。


 そして何よりも―――




(速度が増している・・・!攻撃が鋭くなっている・・・!

 この男は想像以上に化け始めている!

 見てみたい・・・今のこの男の底を!!)


 


 ―――終わってほしくないからだ。

 

 甲殻の王シェルは、戦闘狂であり、また、同胞想いである。

 そして同時に、これを区別できる男だった。

 みだりに己の欲求を振りかざすことはないが、さりとて、それが叶う局面であれば包み隠さない。


 そして、そのふたつが


 今この時こそ、願ってやまなかった瞬間。

 戦い続けることで、狂おしくも愛しき同胞を高めることができる―――!


 


 ―――そして、その同胞の頭は、ひとつの言葉で埋め尽くされている。




「―――なんでだよ・・・」

「む・・・」


 連撃は止まらず、いまだ鉄風雷火の最中。

 それに似つかわしくない、か細い呟きが聞こえる。


「お前・・・お前、強いよ。

 すげぇよ。これだけボロボロになって、脳みそまでフル活用して。

 傷もつけられねえ。お前は強いよ、甲殻の王シェル・・・」

「・・・・・・・・・」


 初めて聞く、一切驕りのない賞賛。

 幼い子供が、別の子供を羨むような・・・弱々しい吐露。


「これだけやって分かった。

 俺は今、お前に勝てない。負けたよ。

 これ以上続けても、結果は見えてる」


 言えば言うほど、消え入りそうになっていく声。

 ―――しかし、何故か。


(・・・ッ・・・攻撃速度が上がっていく・・・?)


 さっきまで一撃を凌いでいた間に、二撃。

 二撃の間に、四撃、六撃。

 目に見ずとも分かるほどに、速度が増している。

 よく見れば、もうそこには武器も握られてはいない。

 ただ脚で打ち付けるだけの攻撃。


「・・・なんでだ・・・なんでだよ。

 100年も・・・お前らより頑張っただろ・・・?

 それなのに弱いまんまだ・・・。

 努力しても、工夫しても、勝てやしない・・・。

 なんでだよ・・・なんで・・・なんで・・・・・・・・・」


 不気味な光景だった。

 一秒ごとに増していく、『義足ファルソ』の攻撃速度。

 だが、

 ぶらりと肩を垂らし、うつむいて表情も見えない。

 つぶやく声も、打撃音に押されてもうほとんど聞こえない。


 変化は、もうひとつ訪れた。

 甲殻の王シェルは、暴風のような黒い連撃の中に・・・黒ではない色が増え始めていることに気が付いた。

 微かな光を反射する、光沢の色―――銀。






「どうしてだろうな。

 冷静になって、現実をちゃんと見て・・・考えて。

 そうすればするほど―――」


  脚の王レッグスは、ゆっくりと顔を上げる。

 いつのまにか仮面はない。

 ただ、前髪のかかる顔の影から、銀に煌めく眼光が―――。


「―――今度こそ。

 ほんとうに―――自分にイライラしちまうんだよ」






 瞬間。

 空間から、全ての黒は消え失せた。


 迸る銀色の光。

 その輝きも、出力も、これまでとは比較にならない。


 なぜならそれは―――上書きして作られた色ではなく。

 真実、脚の王レッグスの内側から湧き出ている―――!


「―――!」


 声もなく腕を振るう脚の王レッグス

 どこか緩慢にすら見えるその手の先には、銀の光が集約されている。

 反射的に全力の防御を選択した甲殻の王シェルは、衝撃によって後退。


 その甲殻に―――ひとすじの傷が穿たれる。


「―――何を見つけた?」

「分からねえ。

 ただ、やってることは変わらねえんだ。

 俺は100年ずっと―――本当は、自分にイライラしてた。

 八つ当たりだったんだよ、全部」


 『義足ファルソ』が、銀の粒子になって消えていく。

 そしてその全てが、一本の剣に変わっていく。

 何の装飾もない、銀の剣。


「だから、そうする。

 今回だって―――負け方くらいは選ばせてもらうわ」


 剣を突きつける。

 

 甲殻の王シェルは刻限を感じた。

 戦いは終わるだろう。

 しかし―――そこに、いささかの悔いも、不足も感じない。


「いいだろう」


 

 今、自分の背には、いよいよもって明確な敗北がもたれかかっている。

 勝敗のはざま。生死の境界。明暗の分岐点。


 これこそ戦い。

 これこそ快楽。


 構えを取る。

 無常の歓びをもって、この脚の王レッグス




「『大王レ・グランデ―――」

「『殻闘かくとう―――」




 銀は走り、紅は迎える。




「―――スパーダ』ッ!!!」

「―――紅狼掌ぐろうしょう』ッ!!!」








 ―――銀の光が砕け散る。 

 

「あァ―――負けたか―――。

 ―――スッキリ、した―――」


 勝者にもたれ、そのまま意識を失う敗者。

 その勝者は、片腕で敗者を抱きとめる。

 

「見事だ、王よ」


 もう片方の腕から、紅の血が流れてつたう。

 したたり落ちた血が、床に散らばる甲殻の破片を濡らした。


                            ≪続≫

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