第6章 -27『天の雫が巌を貫けば』


 チャナ・アクトゥガは、一通りのことが高水準にこなせる人間だ。


 近接戦闘も射撃戦闘も平均以上、ビークルや特殊装備も使いこなし、時には開発やオペレーションもこなす。

 その場面において必要、かつ不足している要素を補えるのがチャナの強みであり、これがグランフリート戦隊の副隊長たる所以である。

 もしオリヴァーがいなくとも、チャナはその座を射止めただろう。


 しかし・・・これらのスキルは、戦隊に入るにあたり習得したものに過ぎない。

 オリヴァーとの連携や多角的な攻め手を究明した結果、チャナは、戦闘スタイルを変更することに決めた。

 ・・・何より、それはあの痛ましくおぞましい研究施設で習得した戦闘術だった。

 自由を得たとき、忘れたい記憶と共に、それは封印された。


 

 

 故に。

 チャナが封印を解くときは。

 そうした痛みを飲み込んでまで、勝たなければいけないときだろう―――。








「やああああ―――ッ!!!」


 エクルビスのエンジンを全開に吹かし、機体ごとぶつかるように斬りかかる。

 振ったというより押して当てたような、強引な打撃。

 しかしそれは体内に暴れる虹色のパルスを乗せて、確かな威力を生んだ。


「グ、オオオォォ!!」


 受け止めた両腕が

 もはや皮や肉の区別もなく、ただ『表面』としか表現できないそれが割れて、内に除くのもやはりパルスだけ。

 今やオリヴァーは、形状を器の中に留めているだけの、パルスの塊だった。

 血のように噴き出すのもやはりパルス。それだけでチャナの手の甲は焼けた。


「うぎぁ・・・!く、この・・・ッ!!」

「ハハハハ、ハハハハハハハ!!

 そんなンじゃァいくらやっても斬れねェッ!!

 まさかお上品にやってこの俺に勝てると思ってるのか!?

 お前が、チャナが!?大嘘こいてンじゃ、ねェ、よォオオオ!!!」


 オリヴァーはジャイアント・アンカーを振り回す。

 一切容赦なし、完全に顔面ごと頭蓋骨を砕きに行くコースと威力。

 

「・・・誰がッ!!」


 チャナはそれを、お望み通り顔面で受け止める。

 接触する部分にだけパルスを集めた、あまりに命知らずな防御。

 頭突きの要領で弾き返す。

 返す刃に備えようとしたオリヴァーは、チャナが、すでに斧を背中にしまっていることに気が付いた。


 両手が、フリーの状態だ。


(———まさか・・・!?)

 

 ふわりと水面に触れる。

 重さを感じさせず、シルクが風にはためくように、その体は天地逆に持ち上がる。

 その脚は、薄く薄く、水のヴェールをまとっていた。




「———『まろびの型』」




 両腕をタップ、体全体で回転。

 水のヴェールにパルスが通り、インパクトの瞬間だけ硬化。




「『夜叉絹やしゃぎぬ』」




 ―——瞬撃。

 大木が倒れるような音。

 オリヴァーの脇腹に、チャナのが爆裂する―――!


「グゥオ・・・・・・・・・ッ!!!!!?!?」


 衝撃と同時にパルスを体に流され、オリヴァーの動きが止まる。

 チャナは蹴りぬいた勢いのまま起き上がる。

 

(つ、使い・・・やがった・・・ッ!!)


 先ほどまで水面に触れていた両手には、水のヴェール。


「『くずれの型』ッ!!」


 指を関節ごとに握り込み、硬く平らな手を作る。

 両手を重ね、オリヴァーの胸板に軽く触れる。

 

 ———腰を落とし、肘全体でそれを押す。




「『鯨破烈空砲げいはれっくうほう』ッ!!!」




 ・・・それは、まさしく爆裂した。

 

「ガッ、ハ―――」


 周囲の空気ごと吸い込むように、掌の内側で水を圧縮。

 まるで真空のような静寂の後、オリヴァーの背中から物理的な空気の揺れを伴って

衝撃が貫通。


「ガアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」


 ほんの一瞬を置いて、オリヴァー自身も吹き飛んだ。


「ふぅ―――・・・っ」


 打ち終わった構えのまま息を吹き、残身を取るチャナ。

 久方ぶりの技は、衰えてもおらず・・・不思議と、心は穏やかだった。




水拳すいけん』。

 

 それは水没した世界で生み出された、水を使う拳法。

 水に濡れた手で、水の揺れ動きや張力を利用するこの拳法は、それ自体そのものは常人にも習得できる。

 これに目を付けた雷天使計画の研究員たちは、パルスを用いて、この拳法の威力を数倍から数十倍にまで高める技法を考え出し、チャナに習得させた。




「———『天水拳てんすいけん』。

 手段を選んじゃいられないから・・・使わせてもらうかんね、『ゆうしゃ』さん」




                                 ≪続≫

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