第6章 -28『遺言』
打つ。打たれる。防ぐ。返す。
「ふっ!はっ!たああっ!!」
返したものを防ぐ。押し返す。打つ。打つ。
「オラッ!このッ!どうだァッ!!」
応酬。応酬。反復。
「はあああああッ!!!」
「うおおおおおッ!!!」
オリヴァーには技がなく、チャナには技しかない。
オリヴァーは、チャナの攻撃を受け続ける。だが、倒れるに至らない。
チャナは、オリヴァーに攻撃を当て続ける。だが、倒すには至らない。
両者ともに、それを理解している。
分かっていながら、ひたすらそれを繰り返す。繰り返す。絶え間なく。
なぜか?
「ははっ、あはは!あはははははっ!」
「ふ、はは!はっはっはっはっはっ!」
———楽しいのだ。
この、暴力のやりとりが。
ふたりでひとつの、関係だった。
互いは守りあうものであり、欠けてはならない半身だった。
生命に区別などない。チャナはオリヴァーで、オリヴァーはチャナだ。
今ふたりは、久しぶりに・・・本当に久しぶりに、他人だ。
こんな本気の喧嘩は、したことがない。
オリヴァーには余地がなく、チャナには自由がなかった。
痛い。痛くてたまらない。
チャナの技がこれほどまでに鋭いことを、知らなかった。
オリヴァーの拳がこんなにも重いことを、知らなかった。
ずっと近くで戦っていても、本当の意味では知らなかった。
まだ、こんなにも、分かり合える隙間があった。
血と傷にまみれたこの瞬間、それが嬉しくてたまらなかった。
「オイオイ、どうする!?
タイムッ、リミットまで・・・やれちまう、ぜッ!?」
「ほんッ、と、だよねッ!!
ずううううっと、これを続けて、られそうッ!!」
まだまだ、まだまだ。
もっともっともっと。ふたりは互いにとって大切になれる。
想い合える。好き合える。愛し合えるのだ。
ふたりは―――——————
「それは、ダメだよな」
「うん、もう、ダメだ」
———それでもふたりは・・・ここで終わりだった。
永遠は、自らをひとたび拒めば、それを再び許すことはない。
刻限が来たのだ。
それ以上の言葉はない。
距離を取る。
必殺をもたらし得る距離を、互いに用意する。
チャナは、慎重にレパートリーを吟味していた。
何でもできるが、必要な条件はひとつしかない。
この男を殺さなければいけない。
オリヴァーには、もともとひとつしか技がない。
それひとつだけで、全ての項目を満たしている。
この女を間違いなく殺してやる。
・・・振り返り、睨み合って笑う。
世界最高のコミュニケーションだった。
一方の水面が爆発する。
オリヴァーは爆ぜる水によって高く跳躍。
加速に耐えきれず、ひび割れた肌からパルスが零れる。
蛍光緑の命の灯。
「・・・『
一方の水面は静止する。
チャナは全身を包む薄いヴェールを形成。
それを細やかに振動させて、パルスを流し込んでいく。
関係性の虹の色。
「・・・『
一方は天から地。一方は地から天。
惹かれ合うように交差する。
「———
「———
衝突する力は混ざり合い、何色ともつかぬ波を空気に放つ。
荒れ狂うその色が失せ、静寂が訪れたとき。
(ああ―――)
そこにあったのは・・・ボロボロと砕けて崩れ落ちる、ジャイアント・アンカー。
折れたアンカーをなおも振り上げるオリヴァー。
そして。
(まだ―――心の方は、折れてねえ。
お前に望まれた最強だ―――必ず果たすんだ。
だから―――)
そして。
(———だから。
本当のお前の力で―――それも今度こそ、砕いてくれ―――)
「・・・ッ・・・・・・『
そして。
ほどけた長い髪をまばゆく緑に光らせて。
力を込めるチャナが、そこにいる。
「・・・『
打つ。
「ガ、フッ、」
打つ、打つ、打つ。
神速のコンビネーション。
「はああああああああああああ――――――――――ッッッ!!!!!」
十を打つ。百を打つ。千を打つ。
取るに足らない数を打つ。
「・・・・・・・・・ッ・・・ぁ・・・・・・・・・」
「ああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」
重ねてきた時間に比べて、あまりにもちっぽけな、数えきれない拳を、脚を打つ。
打つ度にオリヴァーから光が剥がれ、チャナに向かって満ちていく。
命が、活力が、満ちていく。
「うううううああああああああぁぁぁぁあああああッッッ!!!!!」
「・・・・・・・・・—————————」
それが、あまりにも温かいから。
あまりにも・・・本当にあまりにも、寒さを癒してくれるから。
「うわあああああッ、ああ、あああ、あああ――――――ッ!!!!!!」
だから、にじんでいく。何も見えなくなる。
凍ったように流れなかった涙が、つぎつぎと・・・つぎつぎと。
止まらない。もう、止まってくれない―――何も。何も。何も。
「はぁっ、はぁッ、はああああッ!!!うあ・・・ああああああああッ!!!!」
それでも打つ。打つ。ひたすら打つ。
コンビネーションを繋ぎ続ける。
だって、鼓動がそうするんだ。
生きなきゃいけないって、叫ぶんだ。
絶やすなと、行けと、叫んでいるんだ。強く・・・強く。
私の声で。
私に満ちる―――あなたの、声で!
大きな、大きな・・・ひとつの人生をまるごと吸い込むような、息。
チャナは思い切り拳を引き、血が出るほどに握りしめた。
『 』
オリヴァーには、もう、声を発する機能がない。
かろうじて人の形を保っている残り火だ。
見て分かることなど・・・それが、笑顔であることだけだった。
「オリヴァアアアアアアアアァァァァァァ――――――――――ッ!!!!!」
拳が。
全ての過去と感情を突き抜け―――冷たく空間を穿つ。
それが伸び切ったとき、そこには、チャナだけがあった。
ひとりの男がそれを残した。
「うん―――わかった。ありがとう・・・」
チャナにはあの、聞こえない言葉が解った。
聞く資格を持つのは、悪魔だけ。
この世界の・・・いかなる世界の、他の誰にも。
世界を創りし神さえ、それを知ることは許されない。
冷たい涙は燃え尽きて―――オリヴァー・グラッツェルは去った。
悪魔はまだここに。おとぎ話は、続いている。
≪続≫
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