第7章 -9『ビストロ・オルカ~余りでサッと一品やろう!~』
「酒ねえのか?」「こっちのテーブルに海苔来てないよー!」「皿行き渡ってるからあとコップとかジョッキだな」「酒は?」「初めてやるんだよな、手巻き寿司って」「醤油でしょ、マヨネーズでしょ、あと何?」「タレだな、アナゴのタレ」「なぁ!酒あるのか!?」「誰だ酒酒ってうるせぇな!トラウトサーモンでも食ってろよ!」「あれはサケじゃなくてマスだろ?」「あぁー
あちこち駆け回るスタッフが、準備をしながら騒がしく会話する。
食堂のテーブルの位置を変え、立食形式で好きに寿司を巻く。
今日は、そういうパーティーになるようだ。
「しかし・・・ネタはともかく、この酢飯はどこから調達されたので?」
大量に酢飯の入った桶をパタパタとうちわであおぎながら、レオンは尋ねた。
隣では別の桶をリネットとフィンがふたりで扇いでいる。
「火の回りは電源死んでるんですよね?ここで作ったわけじゃないでしょう?」
「うむ、それがな。
もともと戦隊スタッフの一部は今日、宴会の予定だったらしい。
それで店に予約を入れていたのだが、今日の待機状態だろう?
キャンセルとなった結果、食材が余ってしまったそうだ」
「それがつまり・・・寿司屋だったってことですか」
「その通りだ。
そこに運良くというか悪くというか、この故障騒ぎが起きた。
店主にかけあったら快諾してくれたというわけだ」
「ふむ!では、この酢飯の味は保証されているわけでありますな!」
「フフフ、そうだな。私も今から楽しみだよ」
「いっぱい巻いて、いっぱいたべるぞー!」
フィンは初体験の手巻き寿司に目を輝かせている。
本人いわく『魚ほど魚を食べる生物はいないことを見せてやりますよ』とのこと。
リネットもこれに同調し、レオンは脳裏に『体重計』の文字を浮かべた。
フィンは、厨房に目をやる。
そこでは、ボーイフレンドが普段見かけない姿をしていた。
「———ふーむ」
織火は袖をまくり、手慣れた仕草でエプロンを身に付けながら、並べられた食材を眺めて思案していた。
そこに並んでいるのは、カットされた魚介・・・つまり刺身だ。
今回は手巻き寿司になったが、もともと宴会予定だった店はいわゆる普通の寿司の店らしい。店側があらかじめ手巻き寿司に向いた形状にカットしてくれたらしいが、寿司ネタにするためにカットしてしまったものも数多い。織火の前に並んでいるのはそうしたネタたちだ。
これらをただ刺身として頂くのは簡単だが、何かひと手間加えられないかと織火は考え、こうして厨房に立っている。
作業をしたり、別のことを考えていた方が、気が紛れる・・・というのもある。
しかしそれ以上に、織火は単に、この機会を楽しみたいと考えていた。
あまり縁がなかった、大勢でのパーティーに、少なからず気持ちが高ぶっている。
(サーモン、マグロ、それとホタテ・・・ハマチに真イカ、これは赤貝か。
うん、全体的にクセが強いものはなさそうだな。
エンガワとかあったらどうしたもんかと思ってたところだ)
織火は冷蔵庫―――食堂の職員に使用許可は取ってある―――を開く。
様々な種類の調味料やソースの中で、織火はひとつのビンに注目する。
「これは・・・酢か」
酢のビンを数秒眺めたあと、あっ、と軽く声を出し、調味料を物色する。
オリーブオイル、ごま油、マヨネーズ、ブラックペッパーに塩。レモン汁。
「・・・・・・・・・おっ?・・・よし、こいつも使おう」
それらと別にもうひとつビンを取り出し、次は野菜の貯蔵庫へ。
まず織火はニンニクを取り出し、それから玉ねぎを手に取る。
玉ねぎは、いわゆる『カレー野菜』の中で唯一、かなり庶民的な野菜だ。
もとが球根のため水耕栽培に向いており、一番最初に量産に成功している。
・・・ちなみに最も庶民から遠いものは、今なお土が必要なジャガイモだ。
織火の知る日本の玉ねぎより、やや大振りに感じる。
海外と日本の水耕栽培技術の差に思いを馳せつつ、これをありがたく確保した。
「よし、よし、よし。こんなところか」
「お・・・やってるな織火」
顔に機械油を付けたドクターが、厨房の壁の裏から出てきた。
修理に参加していたらしい。
「ん・・・ああ、ドクター。状態どう?」
「まぁボチボチだ。このパーティーの最中に直したいとこだな」
「そっか。じゃ、俺も頑張るかな」
「・・・何作るんだそれ」
織火は玉ねぎをまな板に置き、包丁をあてがう。
「まぁ見てなって」
織火は非常に珍しく、ドヤ顔で告げた。
芽を落とした玉ねぎをストンと半分にし、水道の流れを使って手早く皮を剥く。
そして横向きに切れ込みを入れ、これを薄切り。
冷蔵庫でしっかり冷やした玉ねぎは、切っても涙は出ない。
「玉ねぎは水にさらすと辛みが取れるというが、それはやらないのか?」
「多分、ちょっと辛い方が酒飲みに好まれるんじゃないかな」
薄切りにした玉ねぎは皿に置き、次にニンニクをすりおろしにしていく。
すり下ろしたものは、玉ねぎと同じように別の更に移した。
「さて、っと」
織火は、ボールと大さじ・小さじを手元に引き寄せる。
そこに、オリーブオイルとごま油、酢を入れて行く。味見をしながら調節。
ある程度味が決まったら、それを半分ずつ、ふたつ分の器に分けた。
両方にブラックペッパーを振るが、片方が多めだ。
ニンニクも同様に、ブラックペッパーを多く振った方には、多めに入れる。
そしてオリーブオイルを追加した。
「・・・なんとなくメニューは読めてきた。
ドレッシングの作り分けは何か意味が?」
「まぁちょっとね、食ってのお楽しみ」
大きい平皿をいくつか用意し、刺身を並べた。
ホタテと赤貝だけの皿と、サーモンなどそれ以外の皿に分ける。
そして、それぞれに最初に切った玉ねぎを乗せて盛り付け。
ニンニクを多くした方のドレッシングは貝の皿に、少ない方はもう一方に。
最後に、織火はもうひとつ余っていた調味料のビンを手に取った。
「・・・えっ?そんなもんかけるのか?」
「これが大事なんだよ、ウチでは」
全体に満遍なく、かけすぎないよう慎重に、織火はそれを注ぐ。
「よぉーし、でーきたっ」
「おぉ・・・うまいもんだな」
「一人暮らしが長いから、このくらいはな。
ただ味は・・・・・・・・・母さんの、味だけど」
寂しそうに語る織火に、あえてドクターは触れない。
「・・・ま、とにかく運ぶか。
連中もう始めたみたいだぜ」
「やっべ、食いっぱぐれる!
ドクター、手ぇだけ洗ってそっち運んでくれる?」
「あいよ」
「おるふぁ!おふひ!ふぉいひい!」
恐らく今この世で最も手巻き寿司を楽しんでいるフィンが、織火を迎えた。
「うん、あの、食ってからでいいぞ」
「ほぶぶぶ」
「おーおーオルカくん、何かやってたねぇ!早く見せなよ!」
隣のチャナは、酒を飲んでいる。
最近、体が成長してから飲み始めた。エセルバート曰く、グランフリート公艇国の法律上では飲酒は16歳から可能であり、チャナは正確に計算すると恐らくギリギリ合法・・・とのことだ。
「ビストロ・オルカの本日のメニューです」
リネットに促され、織火とドクターは皿を置いた。
織火はワザとらしく手を添えて、今回の作品を紹介した。
「当店の本日のメニュー。
『御神家風よろずカルパッチョ』でございます」
「すごーい!」
「これは・・・おお・・・!」
「へぇ!」
「ほう・・・」
一様に席から立ちあがり、その出来栄えに感心する。
別皿にレモン汁とマヨネーズが付属し、これを加えて楽しむこともできるようだ。
「さっそく頂こう」
エセルバートが先陣を切る。
綺麗な所作で箸を扱い、サーモンの一切れを口に運ぶ。
「・・・むぅ?」
「く、口に合わないですかね」
「あぁいや、非常に美味なのだが・・・何か、何だろうこれは?
カルパッチョにしては不思議な風味が・・・?」
「どれどれ?」
レオンやリネットも続いて口にする。
マグロやイカなども食べるが、同様にエセルバートと同じ反応だ。
「なんだこれは・・・!?
甘味・・・も、あるし、それでいて何か別の海鮮の風味があるぞ・・・!?」
「あーっ何か絶対どこかで食べたことがある味がするのに分からない」
各々が頭を抱えるなか、ようやく寿司を飲み込んだフィンが、香りを嗅ぐ。
そしてピンときた表情で、ぴしっと手を挙げた。
「シェフ!わかったかもしれません!」
「はいフィンさん」
「ひょっとして・・・めんつゆ?」
「ご名答、今日から鼻の王を名乗っていいぞ」
「うわーい!」
「カルパッチョにめんつゆを・・・!?」
喜ぶフィン、驚くエセルバート。
言われて香りを確かめ、合点がいった表情で顔を上げた。
「そうか・・・昆布の風味か、これは・・・!」
「はい、その通りです。
昆布つゆで甘みと風味を一緒に付けるのが、御神家のカルパッチョなんです」
「出汁を好む日本人ならではの発想だ・・・見事」
「ありがとうございます」
面と向かって褒められ、やや照れくさそうにはにかむ織火。
その背後で、チャナが不思議そうにもうひとつの皿を眺めた。
「こっちの貝が別になってんのは?」
「ああ・・・チャナさん、それを食うなら酒を注ぎ足したほうがいいぜ、多分」
「ほぉーう!?言ったなぁ!?
どんなもんか試してやろーじゃん!!」
チャナは大きめのホタテをひとつフォークでぶすりと刺すと、一気に口に運んだ。
しばらく下で転がしたあと、目を見開いて声を上げる。
「んんんーっ!?・・・うわこれ、これすげぇー!!
いやよく思い付いたなオルカこれ!?」
そしてすぐさま酒を飲む。
「・・・ッッッぷはぁーっ!!
く、悔しいーっ!!すすむぅー!!」
「そこにレモン入れてみろよ・・・キマッちまうぜ・・・」
「ふええ、そんなぁー!?
おっ、おしゃけが・・・おしゃけがなくなっちゃうよぉー!!」
あまりのチャナの喜びっぷりに一同はゴクリと喉を鳴らし、貝の皿に集中した。
そして口に運ぶ先から驚きの顔になる。
「うおっ、これは!?アヒージョじゃないか!?」
「冷たいアヒージョだ!おもしろーい!」
「ベタベタしそうなところ、ニンニクがうまいことパキッとさせてますね」
「なるほど、これは確かに貝と合わせるのが最高なわけだ。
そして酒にも合う・・・くぅ、さすがに今日は飲めんな・・・無念・・・!」
口惜しそうなエセルバートは、代わりにジンジャーエールを飲んでいる。
スタッフも声を聞きつけて集まってきた。
なくなるのに、それほどの時間はかからないだろう。
自分の料理を喜ぶ仲間の顔を見ながら・・・織火は幼い日を思い出していた。
『おかあさん、いまのおいしいやつ、もっとないの?』
『こらこら、同じものばかり食べたがらないの。
そうねぇ、じゃあ、次は違うものを作ってあげる。
さっきがお刺身の料理だったから、次は―――』
織火の母は、同じメニューのおかわりを好まなかった。
食べたりないと言うと、必ず何か別にメニューを用意する。
当時はケチだと思いもしたが・・・それが、どれだけ手間のかかる行いで、どれほど織火のことを考えていたのか、今なら分かる。
———今はもう、あの頃のようにはいかないだろうけど。
もし、やり直しができるなら・・・今度は、自分が母に料理を作ってあげたい。
織火はそう思っていた。
「———ねぇ、オルカ!オルカってば!」
「・・・ん、あ、ああ。何?」
「なくなっちゃったぞー!!カルパッチョがー!!
もっとないのかー!!」
「ええっと・・・」
同じ形の刺身は、もうない。
手巻きに合わせたさく切りでは、あまりカルパッチョには向かないだろう。
どうしたものかと考えていると、
「動いたーっ!!
みんなー!!火ぃ使えるぞー!!」
整備チームの努力が実を結び、厨房の加熱設備が復活したようだ。
それを聞いて、織火は反射的に叫んだ。
「お、同じものばかり食べたがらない!!」
「え?」
目を丸くする一同。
織火は恥ずかしいがもう止まれず、その勢いのまま続ける。
「―――違うやつ、作るから!
刺身の次だから、次は―――」
『次は、温かいものがいいわよね。
あなたも大好きな―――』
「味噌汁だ!味噌汁を飲もうぜ!みんなで!」
織火は厨房に駆けて行く。
その背中を、肩をすくめて笑いながら、みな見送る。
そうして、パーティは夜更け前まで続いた。
―――明朝に戦いの日々が待つことを、誰もが覚悟したままで、なお。
それはただ単に、楽しいだけの、温かなだけの・・・得がたき時間なのだった。
≪続≫
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