第3章『揺らぐ金色の少女』
第3章 -1『コンビニエンス・ストア』
「―――しまった。牛乳、買ってなかったな」
日曜、午前6時30分。
御神織火は、部屋の冷蔵庫をのぞいて、自分のミスに気が付いた。
日曜日は持ち回りの当番を除き、訓練や講習がない完全な休日である。
織火は日曜の朝はフルーツ入りのシリアルと決めているのだが、牛乳を切らしていたのを忘れていたのだった。
休日なので、普段利用している朝食バイキングも休み。
しばし思考。
時計を見て、財布を確かめ・・・結論が出る。
「仕方ない・・・コンビニで何か買うか」
ぴろりろりろん。ぴろりろりん。
「いらっしゃいませー♪」
そう―――コンビニである。
ファミリアマート・グランフリート東甲板店なのである―――!
日本由来のコンビニエンス・ストアであるファミリアマートが、グランフリートに出店していることを知ったとき、織火は心底驚いた。
なにせあのファミリアマートである。割高の辛みチキンとやたら量の多いプリン、そして微妙に性能の悪い電子レンジで有名な、あの『ミリマ』である。
世界には何がウケるのか分からないな・・・と思いながら、何だかんだとなじみ深い商品が手に入るこの店を織火はよく利用していた。
(まず牛乳と、ついでにシリアル・・・ああ、プロテインも買い足すか。
晩飯は・・・うん、豆腐だな。豆腐にしよう。
湯豆腐?いや!給料も入ったからな、ここは揚げていく・・・!)
内心ひとりでテンションを上げる。
東京からグランフリートと、ひとり暮らしが板についている織火は、自炊するのが嫌いではない。むしろ、グランフリートの市場で様々な素材に触れてからは、趣味のひとつに食い込みつつあった。
あれこれと細かい調味料もかごに放り込み、会計を済ませる。
戦隊に入った結果、織火には給料が支払われている。さりげなく大物の撃墜スコアが多いので、本来なら今月はかなりの振り込みがあるはずだったが、右腕の修理費で相当な金額が飛んでいるらしい。
切り詰める羽目にならないだけ幸運・・・そう思うことにしていた。
「ありがとうございましたー♪」
店を出て、軽くあくびをする。
時刻は7時を回った。
この船上国家であっても、日曜日の空気というのは世界共通のようだ。
普段より少ない通勤者に交じって、遊びに出る子供やカップルが歩いている。
「せっかく外に出たし、ちょっと風にでもあたるかな・・・」
織火は、なじみの場所に足を伸ばすことにした。
「・・・やっぱり割とうまいよなぁこれ」
レンガ造りの坂を上りながら、ひとりつぶやく。
朝食はブロックメイト。
右腕と関連して思い入れが生まれてしまったのか、チョコ味を好むようになった。
学校のない日曜日、外れとはいえここは住宅街に隣接している。
今日は子供で溢れかえっていることもあり得ると思ったが・・・相変わらず無人だ。
「全く人気ないなこの公園・・・」
首をかしげる。
織火にとっては、すっかりお気に入りの場所になりつつあった。
景観を邪魔せず、かといって広すぎない、ちょうどいいスペース。
芝生のそよぐ音が耳に心地よい。
坂を上るごとに、潮の香りが強くなる。
そよぐ音が、フェートイン・アウトで波の音へと切り替わり―――、
「―――よう」
「ん。おはよう、オルカ」
そのベンチには、フィンが座っている。
「どうしたの?今日、日曜日だよ」
「牛乳がなかったからコンビニ」
「オルカも買い忘れとかするんだ。お疲れ?」
「どうだろうなぁ?最近は別に大きな出撃もないし。
『スピードスター』も仕上がってきてるし」
「ふーん。じゃあアレじゃない?あるつはいまー」
「ぶったたくぞオマエ」
「キャーやめてー、アハハ!」
ふたりは、いつもそうしているように、とりとめのない会話を交わす。
「でも、そっか。必殺技、順調なんだね」
「ああ・・・とりあえずもう、いつでも撃てる」
フィンは―――笑顔の性質を変えないまま。
織火の顔を覗き込む。
「じゃあ、私を殺せる日も近いね!」
―――なぜ、こういうことになっているのか。
話は、三ヶ月ほど時間を遡る。
ギガソーラー跡地に密造された、謎の施設。
そこでフィン・・・
その後、フィンにどうやら害意がないと思われることから、グランフリート本部の技術チームも合流し、調査と対話が行われた。
分かったことは、ふたつ。
ひとつ。件の施設はどうやらフィンに関する研究と、ある側面では隔離するためのものであること。
もうひとつは、フィンの証言によって判明した。
「この水槽は、私の体質を封じるためのものなの。
これがないと・・・さっき見せた金色の魚が、あちこちから巨魚を集めちゃうの」
―――やはり、先の群れの形成はフィンによるものだということ。
金色の、パルスの魚。
フィンによれば、名を〈ガーディアン〉というらしい。
そして、この金色の魚は、フィンの生命と深く結びついているらしい。
「あなたたちは、巨魚を倒す人たちなんでしょ?
だったら、〈ガーディアン〉も倒さないとだめ。
あれは危険なの・・・何人も、あいつにやられちゃった・・・」
全員が目撃した施設、そして現実に発生した群れがいる以上、この証言を信じない理由のほうが少ない。
だが、かといって安易に〈ガーディアン〉ないしフィンを殺せば、それはそれで何が起きるのか、誰にも分からない。それが問題だった。
何よりも―――フィンは、人魚のような姿であることを加味してすら、あまりにも人間らしかった。
人間らしいものを殺すことの、倫理的な壁。
ドクター・ルゥと技術チーム、オリヴァーとチャナ、エセルバート公までも交えて協議が行われ―――そして、ある処遇が決定する。
「―――と、いうワケで。
〈ガーディアン〉について研究する間うちで預かることになった、フィンだ。
オルカに殺されたいらしい。お前ら仲良くしろ」
「よろしくお願いしまーす」
「―――は!?」
殺されたい少女と、殺すよう頼まれた少年。
ふたりを交えた奇妙な生活が、はじまったのだった。
≪続≫
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