第4章 -11『生まれたかたち』


「よう、ずいぶん遊んだみたいだな!

 マウナ・ケアの景色は楽しんでもらえたかい!」


 時刻は5時。

 景色が夕焼けの色で塗られ始めたころ、カイマナが迎えにきた。

 

「すっごく素敵な場所ですねっ!」

「あっはっは、そうだろ!?

 まずは景色、そして夜の宿ではグルメも楽しんでくれよ!」

「宿はひとつ下の島にあるんだったか。

 チェックインはもう済ませてあるから、あわてず移動しよう」


 リネットは1時間ほど前に、先に宿へ行くと言ってひとり浜をあとにしていた。

 織火は、昼間に一瞬見た思いつめた表情がまだ気になっていた。

 しかし本人が言わずにいることをあえて聞くこともないと思い直す。

 

 結局―――悩む仲間にできることは、アドバイスなどではない。

 仲間でいてやることだ。

 それを織火は、ほかならぬリネットから教わったのだから。


「さて・・・いつまで俺の後ろにいるんだぁ?

 恥ずかしがってないで挨拶しなさい、レア」


 カイマナが突然いたずらっぽい顔になると、自分の背中に声をかけた。

 小さなシルエットが、びくりと動く。

 よく見れば、カイマナのズボンのすそを、小さな手がぎゅっと握っている。


「・・・娘さん?」

「ああ、俺のひとり娘のレアだ。

 人見知りでなぁ、どうにも他人に慣れないんだが。

 ほら、レア!自分で『お礼を言うんだ』ってきたんだろ?」

「んぎゅ・・・」


 気の抜ける声と共に、おずおずと背中から出てくる。

 カイマナと同じ褐色の肌、瞳の色は綺麗なマリンブルー。

 恥ずかしそうにうつむき、身体を左右に落ち着きなく揺らしている。


「あの・・・あの、あたし、レア・・・!

 そのっ・・・あのぅ・・・!」


 顔を真っ赤にして一生懸命に言葉を繋ごうとするが、どうしてもつっかかってしまうようだった。

 言おうとしてはうつむき、うつむいては口をもごもごと鳴らす。

 

 織火は、高校にいたころの自分を思い出した。

 自分を出せない人間は、顔を上げて誰かを見るのが難しい。

 だから―――織火は、自分が合わせることにした。

 すぐそばにしゃがんで、同じ高さで目線を合わせる。


「ゆっくりで、いいからな」


 フィンも、織火の肩に手を置き、目線を低くする。


「あのっ・・・!

 パパと、パパのおともだち・・・!

 ・・・まもってくれて、ありがとうっ・・・!」


 レアは、後ろに回していた手をぐいっと前に持ってくる。

 大きなハイビスカスの花だ。

 どこかから、自分で摘んだのだろう。手が泥だらけだった。


 織火は―――ほんのすこしだけ泣きそうになるのをこらえながら、両手でしっかり花を受け取った。

 苦手なはずの笑顔が、自然と柔らかに作られるのが分かる。


「俺も、守れて嬉しい。ありがとうな」

「う、うん!」


 レアがぱっと笑顔になった。

 フィンも同じように笑顔になる。織火がハイビスカスを手渡すと、愛おしげにその香りを吸った。

 レオンは後ろを向いている。多分泣いているなと織火は察した。


「レアだけじゃない、みんなあんたらに感謝してるよ。

 本当にありがとう」


 レアの頭を撫でてやりながら、カイマナは深く頭を下げた。

 するとレアは、小さく跳ねながらすそをくいくいと引っ張る。


「ね、ねぇパパ。あのおはなしは?」

「あー・・・今から大丈夫かなぁ」


 頭を上げたカイマナは、照れくさいような、バツが悪いような、複雑な顔だ。

 織火たちは首をかしげる。

 あー、とひといき置いて、カイマナは説明した。


「レアがな、『うちにアンタらを泊められないのか』って。

 けど俺の家には何もないし、もう宿は決まってるんだろ?

 だから無理じゃないかなーってさ」


 フィンがレオンを見ると、既に通信端末を取り出していた。






「―――はぁー、うまかったな」

「意外と言うのは失礼だが、素晴らしい料理の腕前だった」

「はっはっは、楽しんでもらえたら何よりだな!」


 食後のジンジャー・エールを飲みながら、織火とレオンは満足げに腹をさする。




『―――ふーん、別にいいんじゃねえか?

 宿の金はどうせ俺らじゃなくて新国連ヤロー持ちだしな。

 無駄遣いしてもこっちは気にしねぇさ。

 ・・・ただまぁ、全員はダメだ。ふたりまでにしろ』




 オリヴァーの決断は早く、また寛大だった。

 そしてフィンは、「いざというときデアが飛べるように」と自ら宿組を志願。

 結果、織火とレオンだけがカイマナ家に招待されることになった。


 食卓に出されたのは、『ポキ』という料理だった。

 マグロをはじめとしたシーフードを炊いた米に乗せ、数種類のフレーバーで味付けした料理で、ハワイ時代から伝わるソウルフードのひとつ。

 見た目はほとんど海鮮丼、日本出身である織火にとっても食べやすいメニューだ。オイスターソースで味付けされたカイマナ流は、世辞を抜きにしても絶品だった。

 織火は内心、味噌汁を持ってこなかったことを心底後悔した。


「―――さて、ちょっと夜風にあたってくる」

「ぼくはもう寝ることにしよう。

 オルカもあまり遅くなってはいけないぞ。明日からは本格的に調査だ」

「ああ、気を付ける。おやすみ」


 




 家の周囲を少し歩くと、あの『逆さヤシ』が生えているのを見つけた。

 流行なのか、文化なのか、ここにもハンモックが結んであった。


 なんとなく、ハンモックに腰かけ、空を見上げる。

 星空に、まばらな雲が散っていた。


「満点とはいかないか。けど、綺麗だな・・・」


 何分ほどそうしていただろうか。

 足音がして振り向くと、レアがいた。


「寝なくていいのか?」

「いいの。あたしもよくそうやってる」

「そうなのか」

「おとなり、いーい?」

「どーぞ、おさきしてました」

「へへ」


 うんしょ、と織火の隣に腰かける。


「しかし、不思議な景色だな。

 ヤシの木をまず見たことないのに、逆さまに生えるなんて想像もしなかった」

「さかさま?なにが?」


 レアは心底不思議そうに首をかしげる。


「なにって、逆さまだろ?ほら」

「さかさまじゃないよ?」


 今度は織火も首をかしげてしまう。


「えっとね、このヤシさんはね、パパがここにうめたんだって。

 だから、ヤシさんはさいしょっから、このむきでそだってるの」

「えっと、うん」




「だから、ヤシさんにとっては、それがふつうなの。

 うまれたかたちが、ふつうになるんだよ?」


 


「――――――・・・・・・・・・なるほど」


 織火は、この幼い子供に本気で瞠目した。

 同時に自分を恥じた。

 

 先入観や、ありきたりな概念に囚われて、自分を否定される。

 それは何より織火自身が嫌っていたはずなのに・・・気が付けば、自分もどこかで、そういう『普通さ』の内側にいる。

 

 常識の空虚さと狭さを・・・幼い感覚で鮮やかに否定する。

 それは何より尊ばれるべきセンスだと、織火は思った。

 心の底から、レアという人間性を尊敬した。


「レアはすごいな」

「えっ、わひゃっ?なにがなにがー?ええー?」


 織火は思わずレアの頭を撫でていた。

 レアは、気恥ずかし気に、しかし嬉しそうだった。


 自然と右手で撫でていたことには、織火自身は気付かなかった。


 少しの間そうしていると、レアがあくびをする。


「ふわ・・・もうねるね。オルカくん、おやすみ」

「ああ、ありがとうな」

「んー?なにがー?」

「はは、なんでもない・・・送らなくて大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶ・・・おやすみ」


 再び大きくあくびをして、レアは家に帰っていった。

 織火はまた数分、風を浴びる。

 

 そうして、自分もそろそろ帰ろうと立ち上がり、











「へぇ~、思ったより小さい人間なんだな?

 歯牙トゥース殺しの黒い右腕クン?」











「ッ!?」


 聞こえた瞬間、汗が吹き出し、心臓が活動を速めた。

 反射的に身を飛び退く。

 

 そこにいたのは、白い青年だった。

 髪も白。着ているコートも、シャツもズボンも、靴まで白。

 肌も白いが―――瞳だけが、銀色を放っている。


「・・・テメェ・・・!?」

「いやいやいや、そんな怖がるなよ!

 今日のところは何かしようってんじゃないんだからさ!」


 それは―――知らない声の、知らない人物だった。

 だが、知っている気配がしていた。


 同じような男を―――全身が灰色の男を、御神織火は知っている―――!


「ま、勘はイイみたいで安心したよ。

 あと1秒そこにいたら殺してやろうと思ってたからさぁ!

 アッハハハ!」


 笑っている。だが、織火はそれを『笑っている』とは思えなかった。

 それほどまでに、その声はただ愉悦と殺意に震えていた。




「まァ・・・前置きはこれくらいにするか。

 この脚の王レッグスが直々に―――」


 銀の瞳孔が、横長に細まる。


「―――宣戦布告に来たんだからさァ・・・!」


                       ≪続≫

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