第4章 -12『戴冠者たち』


「宣戦布告、だって・・・?」

「ああそうだよ。

 お前らは弱っちぃ人類じゃないからね。

 容赦や油断はしない。敬意は一切払う気はないけどね」


 脚の王レッグスと名乗った白ずくめの青年は、緊迫する織火を観察しつつ、超然とそう告げた。


 ―――王。

 あの灰色の男・・・歯牙の王トゥースの同類。

 だが織火は目の前の青年を、あの粗野で下卑た男と同じとは思えなかった。

 それは冷淡な脅威、確かな知性から来る余裕を感じた。


「・・・本当に、歯牙の王トゥースの同類なのか・・・お前が?」

「同類ぃ?あのヨダレ野郎とぉ?」


 ぶっ、と噴き出しながら、腹を抱えて笑う脚の王レッグス

 

「ははははははははは!!!

 あんなのは頭数合わせだって!!

 等級は低いしクソみてぇな知能しか持ってねーんだもん!!

 わ、笑わすなってぇ!!ひー!!はっははは!!

 はぁーーー・・・・・・・・・――――――」


 体を前後に揺すりながら笑っていた脚の王が、突如ぴたりと止まる。

 

「―――次に一緒にしたら殺すから」

「・・・ッ・・・」


 底冷えのする声。

 銀の瞳孔が、あらゆる感情を持たず織火をとらえる。

 

 ―――単なる表現じゃない。

 この男がその気になれば、次の瞬間に自分は死ぬ。


「へぇー。立場が分かる当たり、やっぱり弱くないなぁ。

 おとなしくこっちの話を聞いておきなよ」

「・・・・・・・・・・・・分かったよ」


 脚の王レッグスの視線が、不意にここではない場所へ向く。


「お前の友達のとこには、そろそろ俺の友達が行ってる頃だと思うしさ」







「―――――――――」


 リネットは、自分にしか分からないであろう気配に目を覚ました。


 瞳が勝手にオレンジの光を放つのを、手で押さえつけて静止する。

 心臓の動きが定まらない。


「―――来たんですね」


 ベッドサイドの銃を手に取り、客室を抜け出す。

 胸と瞳の熱さに反し、足取りは驚くほどスムーズだった。

 戦うために歩行し、撃つために姿勢を保ち、殺すために音を消す。


 静かに。熱く。冷静に。熱く。

 熱く、熱く、熱く―――冷たく。冷酷に。


 




 屋上。

 気付けば雲は晴れ―――オレンジの満月が、瞳のように夜空を照らす。


 その光の、ちょうど真下。

 軍服のシルエット。すらりと高い女の姿。

 月より眩しいオレンジが、真っ直ぐにリネットを見つめていた。




 風が吹き抜けると同時、お互いに銃を突きつける。

 片方は衝動のままに。片方は本能のように。

 オレンジ色の眼光が、銃口を通して交差した。


「アイズ先生―――やっぱり、あなたもんですね」

「敬語と銃の構え方。

 教えたことを愚直に守っていることは評価しますよ、リネット」


 ギリ、と歯を鳴らすリネット。

 

「どうして気が付きましたか?」

「―――フィンさんの、金色のパルス。

 そして歯牙の王トゥースの灰色のパルス。

 


 リネットは銃口を下ろさないまま、自分の胸に手をやる。

 オレンジのパルスがほとばしり、瞳が発光する。


が、オレンジのパルスを私に与えた。

 偶然なはずがありません―――もともと、これはあなたの色なんだから」

「フフ―――」


 呼応するように、その女の瞳も輝きを強める。

 

「その通り。

 あなたの死病を救ったの心臓は―――」




 オレンジのパルスが、女を包む。

 軍服がほどけ、オレンジのヴェールが艶めかしく身を覆っていく。

 そして足元に出現する、真珠貝の台座。






「―――真珠貝の、この眼の王アイズの力の結晶です」






「・・・王位種・・・!

 それが、あなたたちの名前・・・!」


 我が子を慈しむような視線、それでいて娼婦のような恍惚の表情。

 眼の王アイズは妖しく強く言葉を紡ぐ。


「あなたたちの言い方に、あえて合わせたネーミングです。

 ここからは狩りでなく戦争になるのですからね」

「・・・戦争、ですって・・・!?」

「その通り!」


 眼の王アイズのしなやかな指が、決然と満月を指差す。

 オレンジの瞳は狂気を帯びていっそう輝く。




「―――!!

 我ら王位種の主!!

 全ての巨魚の創造者が、月より再臨されるのです!!」

 







「―――・・・巨魚の創造者・・・!?」

「そうさ。

 まさか自然と生まれた存在だと思ってたのか?

 沈んだ世界に突然生まれて、人間だけを食う生き物が?

 しかも、序列の高い存在に率いられるような知性を持って?」


 そう。

 考えてみれば―――意識的に考えないようにしなければ―――そうなのだ。


 明らかに、生態系として不自然な存在。

 人類の脅威。

 、脅威。


 そんなものが―――なんの意図もなく、誕生するのか?




「ハッ、自然に生まれるワケねーじゃん。

 そんな都合のいい―――がさァ!!」




 兵器。

 人間を殺すための兵器。

 生物を模して、水びたしの世界に放たれた悪意。




 では、悪意とはどの生物が持っているのか?

 


 ―――そのような思想を持ち得るのは。

 地球上の、どの種族なのか―――?







「―――分かったか?

 俺たち巨魚は―――お前ら人間が作ったんだ」


                       ≪続≫

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