第4章 -13『うねる孤島の創造主』


 ―――人類と巨魚ヒュージフィッシュの遺伝子は、大部分が共通している。


 この事実に、何ら思考をせずシンプルな結論を出すのなら、『人類と巨魚は近似の種族である』ということになる。

 だが、いかなる学会もそれを無意識に忌避するほどに―――それほどまでに、巨魚という存在は人類にとって脅威だった。


 『』と言う表現が、より正確だろう。


 ―――肉を焼き人を殺す火が、文明の発展に寄り添っているように。

 ―――幾度となく営みを押し流した海や川が、今なお人の支えであるように。

 ―――爪持ち牙剥く獣なくして、暮らしが成り立たないように。


 自然にましますあらゆる脅威は、その裏側で有益な要素を含んでいる。


 その巨魚なる存在は違った。

 巨魚は自然に干渉しない。ただ人だけを目指す。

 巨魚は血肉にならない。ただ一方的に人を食う。

 存在の全てが、ただひたすら、『人類を害すること』に特化する。


 脅威でしかないもの。脅威以外の要素が見いだせないもの。

 それは災害と呼ぶことすらできない。

 災害とは、人類には抱えきれぬ量の利益のことを指すだけだ。

 

 


 機能群。

 肉体に有害であることをもって定義される設計思想。

 

 それを呼びならわすもの、即ち―――








「―――『有機殺傷兵器F型』。

 お前らが名付け、そして今や俺たちも自称する巨魚ヒュージフィッシュ

 その正式名称が、この面白くもない名前さ」


 大げさにがっかりした身振りを加えながら、脚の王レッグスは語る。


「どういう相性があったのかは知らないけど。

 俺たちみたいな兵器は、トリでもケモノでも成功しなかったみたいでさ。

 偶然サカナでうまくいったから・・・俺たちが作られて、増やされた」


 なつかしむように海を見つめる脚の王レッグス

 みなぎっていた殺意が冷めるのを織火は感じた。

 感情に規則がない。情緒不安定なようで、どこか底知れぬ一貫性もある。

 理解できない精神性に、冷や汗が一筋落ちる。


「けど、困ったことがふたつ起きたんだ。

 ひとつは活動範囲。バカじゃねえのって話なんだけどさぁ。

 人間を殺すために生まれた俺たちは、人間が一番住んでる陸に上がれない」


 織火は、水没した東京を思い出した。

 あれほどの街並みが世界にいくつあったのか分からないが、少なくともごく普通に暮らすだけなら海など意識もしないだろう。

 人口の密集地が内陸に集まるのはたやすく想像できた。


「そしてもうひとつ―――死にやがったんだ、俺らを作った科学者は。

 よりによって、俺らを否定しようとした人間どもに殺されて。

 まァもちろん、そいつらは俺たちがそのあとに殺しちゃったんだけど・・・」


 銀の視線が淀んだ光を孕んでいく。

 苛立ちにも見えるが―――それだけではないようにも見えた。


「そのとき俺たちは、目的や理由をなくしちまったんだよねぇ。

 なんでそいつが人間を殺す兵器を作ろうとしたのか?

 実際には誰を、どうやって殺すべきだったのか?

 分からないまま―――俺たちにはただ、人を殺す機能だけが残った」


 声色が、熱を帯びる。

 ボルテージに合わせて、銀の光が感情の淀みをたたえていく。


「―――そんなときだ。

 父さんが、俺たちを迎えに来てくれたのは!」


 ぐるりと織火に向き直る。

 爛々と輝く銀色の瞳、横長の瞳孔は誰が見ても狂気のそれだ。




 だが、織火は思う。

 ―――小学生の、作文の授業。


 親への尊敬と感謝を読んだ友達は―――こういう目を、していた気がする。




「すっげぇんだぜ、俺の父さんは!

 水槽でハテナ浮かべてグルグルしてた俺らのところに来てさ!

 俺たちにこの、人間っぽいカラダをくれたり!すごいよな!!

 パルスやガーディアンを使えるようにしてくれたのも父さんだ!!

 いやいや、それより!!なによりさあ!!」


 いよいよもって陶酔しながら、脚の王レッグスは父なる者を称える。

 

 その功績を高らかに宣告する。




「大水没を考え出したのは・・・父さんなんだぜ!?」

「―――ッ!?」




「『お前たちが自由に動ける世界の方がいいだろう』って言ってさ!

 すっげぇ、すっげぇんだよな!!フツーないぜ、そんな考え!!

 サイッコーなんだよ俺の父さん!!」

 

 大水没フラッドハザード

 世界の形を変え、あるいは滅ぼし、そしてあるいは創り出した大災害。


 織火の知る、その犯人は。


「じゃあ―――フィンの言う『おとうさん』ってのは、そいつか・・・!!」

「ああ―――まァ、そう・・・・・・・・・なるのかなァ」


 フィンのことを指摘された途端、明らかに歯切れが悪くなる。

 髪を落ち着きなく触り、目線は行き先が定まらない。

 ・・・様子がおかしい・・・?


「確かにそうなんだよな、フィンはそうだ・・・父さんの娘なんだよな。

 父さ・・・父さんの、娘っていう・・・そうなんだよなァ、アイツ。

 そうそう、フィンね。フィン・・・あの女、あの女ってのはさァ~・・・」


 ガリガリ、ガリガリ。

 指は髪を通り越して頭をかきむしる。

 コートのあちこちで、まるで体の一部のようにベルトがのたうつ。

 歯が、織火にも聞こえるほどみしみしと軋んでいる。


「父さんから大役を任されたクセしやがって・・・!!

 たったの半分ぽっちしか沈められないで、のうのうと・・・生きて・・・ッ!!

 アイツのせいで父さんは今も、お、俺たちだって・・・父さんの役にさ・・・!!

 あの女、あの女あの女・・・アイツは本当の娘のくせに!!!

 俺だって、俺だって・・・!!!俺だってェエエエ・・・ッ!!!!」


 怨嗟と嫉妬が、蓋を砕いたように噴出する。

 銀のパルスがほとばしり―――周囲に、低く響くような音が鳴りだした。


「・・・なんだ・・・?」


 それは音でなく、振動だった。

 揺れている。足元がふらつき、逆さのヤシがミシミシと鳴る。

 

 今いる地面が・・・いや、マウナ・ケア全体が揺れている。


「あああ・・・あああああ・・・!!!!

 イライラしちまうよ・・・止まらねえ、くそっくそォ・・・!!

 イライラするんだ・・・あの女・・・!!

 あの、オンナァアア・・・!!!」


 頭を抱えて身をよじる脚の王レッグス

 

 ベルトがぐねぐねとうねる。

 連動するかのように、マウナ・ケアが・・・樹状の水がうねる。

 

 織火は、じわりと背中に汗を感じた。

 喉が渇く。緊張から来るものではない。

 

 ―――暑い。

 

 周囲の気温が、上がっている。

 その直後。地鳴りだと思っていた音に、水気が混じるのを聞いた。

 ごぼっ、という音。

 

 織火は―――ようやく、その音の正体を知った。

 この環境に何が起きているかを理解した。


「・・・・・・・・・水が・・・・・・・・・沸騰、してる?」

「があッ、あああああアアアアアアアアアッ・・・!!!!」


 脚の王レッグスが足元にベルトを突き刺す。

 銀のパルスが膨れ上がり―――地面へ向けて放出された。




「―――〈カナロア〉アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」








 ―――はるか下界。

 樹状に伸びる水の根幹、マウナ・ケア火山。


 おびただしい銀のパルスが、火口へと吸い込まれていく。


 一瞬の静寂。




 




 否。それはマグマではない。

 膨大なマグマを肌に含んだ、軟体生物の表皮だ。


 縮こまった肉体をほぐし、縮め、また伸ばし。

 少しずつそのシルエットを水上へと現わそうとする。


 ―――そのたびに、周囲の水は煮えたぎり、地獄の熱を生み出す。

 推定1000℃の生物が、意思を持ってこの世界に出現しようとする。






 同じく異常に気付いたリネットは、手近な断崖から下を確認する。

 そこで見たものは、沸き立つ海と、その中心の赤黒い光。


「な―――なんなんですか、あれは」

「あらあら・・・いけませんね、脚の王レッグスったら。

 ちゃんと話をするまで覚醒は待てと言ったのに」




 最初に水上に現れたのは―――脚だ。


 まず1本。2本、3本・・・・・・・・・・・・8本。

 まだらに光を放ちながら、狂ってうねる灼熱の脚。

 が、黒い蒸気を放出している。

 

 それが―――ただ、あまりにも巨大だった。

 その気になれば、そこからリネットのいる島を巻き取れるであろうほどに。

 

 全ての脚が、一度水上に寝そべる。

 それから包むように火山を掴む。

 火口から、泡か風船のように・・・燃える表皮が、水上に這い出る。




 ぎょろり。

 ふたつの丸い目を見開く。






 「〈カナロア〉。

  この国が忘れた神の名を持つ、私たちの同胞。

  そして―――





 それは、タコだった。

 火山を巣とする、超々巨大上位種。


 水の大樹に巣食う創造の邪神が、目覚めの刻を迎えた。


                        ≪続≫

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