第1章 -4『ウェーブ・メイカー』

『名前だけでも名乗っとこう。チャナ・アクトゥガだよ』

御神みかみ織火おるか!」

『“オルカ”?』

「“シャチ”じゃない!漢字だ!」


 軽い自己紹介を済ませつつ、前方からのタックルを旋回しながら回避。

 囲まれた状態を脱すると、スピードを維持しつつ走行を続ける。速度と連動しているのか、ヘッドギアが自動でバイザーを下ろした。


『ヘッドギアの右の耳当て、下側のスイッチを押してみ』

 言われて指先で探り、スイッチを押す。バイザーの内側に、いくつかの立体映像ホログラフが表示された。多くは速度や座標などの計器類だが、そのうちひとつの画面は、中央に青い点、周囲に多数の赤い点が表示され、一定リズムで放射状に円のようなグラフを放っている。

「ソナーか」

『海でサカナと戦おうってんだからね、コイツは必須装備なワケ。

 こっちでオペレートもしてあげるから、気が散るなら適宜映像は切ってね』

「そいつは助かる」

 位置関係さえ分かれば、死角から攻撃されることはなくなる。あとは確実に見えている個体を叩けばいい。

 

 赤いポイントがふたつ、左右から迫る。挟み撃ちだ。映像を切って、噴射量をフル。ペダルがガチンと音を立て、人工の突風が安全圏へ織火を運ぶ。

『前に〈ヘッドスピアー〉3!深いとこ!』

「ッち―――!」

 低く保った姿勢から、軽噴射を利用して瞬間的に背筋を伸ばす。足を左右に広げ、片側の足だけ細かく噴射。その場で回転する。回転しながら位置を調節し、足を、腕を伸び縮みさせる。フィギュア・スケート。そうして織火の身体スレスレを次々に角が通り過ぎ―――即座、その真下に潜り込む。

 さんざん見た、鈍い銀色の鱗はない。ただ、ざらりとした下腹だけがある。

 銃を構える。


『引けば出るよ』

「覚えとく」


 発射。音も衝撃も、思っていたほど大きくなかった。弾丸は確かに標的を抉り、赤黒い血を外気に晒して見せる。

 のたうつ巨体を見つめるまでもなく、急速に離脱。これまでとは明らかに異なる痛々しい音を響かせて、三匹の一角ザメは着水し・・・

 寝耳に水の衝撃に織火は走りながら前につんのめりそうになる。

「う、おおぉッ!?」

『お見事☆』

巨魚ヒュージフィッシュって爆発するのか!?」

『爆発したのは弾丸だよ。いわゆる炸裂弾ね。

 〈ヘッドスピアー〉は骨が頑丈だから、威力がないと死なないんだよね~』

「先に言えよ!!―――けど、確実に倒せるのは分かった!」

『さて次だ、前方!』

「数は!?」

『いっぱい!!!!!!!!!!!』

「だろうな!上等だ!」

 

 戦える。

 倒せる。

 たったそれだけで、これほどまでに闘志が湧き上がる。

 織火のテンションは、最高潮に近いところにいた―――だが、決して最高潮まで上がることはない。

 船を飛び出して走り始めたときから感じていた。ある違和感。


『ところでオルカくん。

 ジェットブーツを教えなくていいのは、手間が省けていいんだけど』

「なんだ!」

『君の走り方、スプリントっしょ?

 ―――平たい水面じゃ、うまく走れないんじゃない?』

「!」


 図星だった。それこそが違和感の正体。

 スプリントのコースは平面ではなく、外周に行くにつれて傾斜がある。

 傾斜を意識してのコース選びや加速・減速が、スプリンターである織火の身体には今も強く刻み込まれている。水面ちけいの起伏がない旧東京の近海は、織火にとって最高速を出せる環境ではなかった。

「確かにそうだ。けどそれは、」




 ここに―――スプリントのリンクをね』




「は―――?」

 いよいよ言っている意味が分からなかった。しかし声色は真剣そのもので、そこには何の遊びも揶揄も感じられない。確信に満ちた声だった。

 虚をつかれた一瞬に、背後から数匹の一角ザメが飛び出してくる。再び最高噴射で離脱。やはり、記憶の中の最高速度には達しない。


「どうすればいいんだ!?」

『ちょっと説明が必要だ。戦いながら聞いてね。

 まず―――いつ目覚めたか知らないけど、君はその力の使い方を知らないよね』


 前方から強襲。右にスウェーして回避。違和感。


『そいつが巨魚を引き寄せるのは、いわば副作用でしかない。

 理由は今は省くけど、アイツらはそれを恐れてるんだ』


 左右からの挟み撃ちを急ブレーキでやりすごす。着水の隙を銃撃するも、弾は当たらない。あらかじめ飛び出していた一匹が上空から迫る。加速で回避。違和感。


『アンカー用意!』

 アンカーと呼ばれる装置の先端部分は、古めかしい、今や博物館でしか見ることのない“鎖付きの錨”の形状をしている。そしてそれを射出するためのトリガーと、目的の分からないレバー。


『そいつを進路上に射出して―――君の望む水面をイメージするんだ。

 チェーンは君の力を、そこへ伝導してくれる』


 言われるがまま、進行方向にチェーンを射出。

 ―――織火の心は戻らない日々の、会場に飛んだ。 


 先回りのためか、自分の横を一匹が抜けてくる。

 ―――その姿が、同走のスプリンターと重なる。

 

 体中にあふれるはずの電気が、手の先に、そしてアンカーに集まっていく。

 ―――コース選びは問題ない。             


 不定形の力が、意思をもって、明確なフォルムを象る。

 ―――抜き去るには、そう・・・コースの一番外側。




 

 ひときわ強く発光。水面はひとりでに隆起。

 ―――そこには、本来存在し得ない、水のスロープが形成される―――!




「これは―――!!!」

 回想と現実の形状が一致し、織火は目覚める。

 何かを考える必要は、もうなくなっていた。

 スロープの外側の傾斜を一気に駆け上がり、ピタリと一角ザメの横へ。アンカー先端部を回収。視線は真っすぐ、標的へ。


『レバーを倒せ!!』

 即座に実行。

 アンカーが変形し、ブレード状の武器になった。

 サメの尾びれが水面へ沈む。やや背後、本能的な殺意が角を光らせる。


 サメが飛び出す。

 本能的殺意を乗せて、銀の鱗がヒトの骨肉を削ぎに来る。


「さんざん―――」


 織火は、最大限まで姿勢を低くし、割れんばかりにペダルを踏む。

 下る水流が身体を押し、ブレードが風を焦がして赤熱する。

 

 交錯。


「―――見たぜ!!」


 はじけ飛ぶ銀の鱗。

 刃はまるで質量を否定するかのようにやすやすと巨魚の骨肉を切り裂き、その体をふたつに分ける。

 織火は、それを目で追うこともしなかった。




『―――“波使いウェーブ・メイカー”。

 君の力の、本当の名前だよ』




 違和感が、消えた。


                            ≪続≫

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