第5章 -8『人魚をやめる日』


「自分も前線で戦いたい?」

「はい!何とかならないでしょうか!」


 フィンと、一時的にグランフリートに帰っていたドクター・ルゥの間でこのやりとりが交わされたのは、マウナ・ケアでの任務が終わってすぐのことだ。


 もちろん、フィンはデア・ヴェントゥスのブリッジ要員・・・船に飛行能力を授ける役割が不要と思っているわけではないし、それが不満だということでもない。

 だが、織火が自分を探そうとする脚の王レッグスと交戦することを選択し、結果として凄まじい負傷をした。この事実を受けて、フィンは自らの立ち位置を自ら改善する必要を感じた。


「オルカは足が速いから、も使えたほうがいいと思うんです。

 けど、私に王位種から身を守る力がないから・・・」

「・・・戦うことしか選べない。

 必然、危険は高まり、怪我も増える。そういう話か」

「〈ガーディアン〉はあります。

 けど、王位種が攻めて来たら、向こうにもそれはある。

 何よりあの子は巨大すぎて細かく制御できない。

 連携したり、人を巻き込まないように戦う方法が欲しいんです」

「ふむ・・・」


 ドクターは椅子をぐるりと回してモニターを向く。

 手元のデータを数十秒ほど確認すると、再びフィンの方へ目線を戻す。


「実のところ・・・お前に頼らないデアの単独飛行装置は設計中だ。

 どのみち、そう遠くないうちにお前はブリッジを外れていたろうな」

「そ、そうですか・・・」

「そして、お前の提案だが。

 ―――結論から言うと・・・面白い。

 半分は俺の実験に付き合うような形になるが、構わないか?」

「は、はいっ!よろしくお願いします!」

「よし」


 返事を聞くと、ドクターは軽くうなずき、フィンを手招いた。

 手元の端末から立体モニターが起動し、いくつかのウィンドウが立ち上がる。


 その中心に置かれた記録映像には、見覚えのある人物が映っていた。


「これって・・・脚の王レッグス?」

「ああ。オルカのバイザーカメラから回収した映像と分析データだ。

 興味深い事実がいくつも浮かび上がってきてな」


 記録映像から抜き出した戦闘の様子を、複数のウィンドウにピックアップする。

 服のベルトを自在に操る攻撃。

 織火の一撃をパルスのバリアで防ぐ様子。

 そして『ネェロ』。


「・・・これだけでも、こんなに強い・・・。

 〈ガーディアン〉を呼ばれたら、私なんてひとたまりもないな・・・」

「フィン。興味深いと言ったのは、まさにそこだ。

 俺も考えていた・・・こいつはどうして〈ガーディアン〉を呼ばなかったのか?」

「使うまでもないと判断したんでしょうか?」

「そうであれば、帰る前に呼ぶこともできたはずだ。

 だが、こいつは〈カナロア〉に力を注ぐだけに留めた。

 どのみちそうやって島を沈める気なら、呼んだ方が確実だろう?」

「・・・確かに・・・」


 脚の王レッグスは、『予定にない』と言いながらフィンを狙ったという。

 そこまでキレた人物が、島を沈めるというときに手を抜くのか?

 確かに考えにくい話だった。


「能力を考察するうえで注目したのは、このバリアだ。

 俺はこのバリアを別のところで見たことがある」

「えっ、そうなんですか!?」


 驚くフィンを横目で見ると、ドクターは軽く肩をすくめた。


「ま、当事者は気付きにくいもんだよな・・・」

「へ?」

「このとき観測されたパルスのパターンを細かく解析した。

 すると、ひとつの事実が浮かび上がってくる。

 脚の王レッグスはこのとき―――〈ガーディアン〉を

「ええっ・・・!?

 ど・・・どういうことですか・・・!?そんなのどこにも・・・」

「そう、画面にはいない。

 だが、確かに召喚された痕跡がある。

 映っていないのに存在したということは、必然的に答えはひとつ。

 ということだ」


 フィンはバリアをまじまじと見つめ・・・ふと、それに気付いた。

 

 そうだ、自分はこのバリアを見ている。

 いや―――見ているというより、それは。


「あ・・・!

 デアの、ガーディアンモード・・・?」

「ご名答」


 ドクターはバリアを張る脚の王レッグスと、飛行中のデアの周囲に発生するバリアを並べて表示した。

 ふたつは酷似している。金と銀の違い、サイズの差はあれど、同じものだった。


 ドクターは右手でフィンを指差し―――その指を、左手で包んだ。


「〈ガーディアン〉の

 恐らく、それがやつら王位種の戦い方だ―――」







 ―――そうして、フィンは戦場に立った。


「本当に大丈夫なんですね、フィン?」

「うん・・・!大丈夫!

 レオンとリネットが一匹と戦ってる間、もう一匹は任せて!

 倒せなくても、きっちり引き付けておくから!」


 リネットの服装はいつもと違っていた。

 白地に金のラインが入ったスイム・スーツ。

 手には武器・・・というより、装置のようなものを持っている。

 何かの柄だけを持っているような、不思議な形状とサイズ。


「ぼくはせっかくだから横目で見させてもらおうかな。

 人魚の水中戦、参考にさせてもらおう」

「集中してください」

「キミにかい?」

「なんだこの軍人。蹴ってやりましょうか」

「ハハハ!さて、いくか!」

「まったく・・・気を付けて下さいね、フィン」

「そっちも!」


 そうしてレオンとリネットは、先に浮上した方の〈ヤクトグラープ〉へと向かう。

 残されたフィンは、尾ひれで水をかくと、浮上しきっていない方の個体を見下ろす位置に移動する。


(人魚の水中戦、かぁ。

 別に人魚じゃないし、『ひれの王フィン』ってわけでもないんだけどなぁ)


 フィンは手にした装置を両手で握り、胸の前で縦向きに構えた。

 そうしてから、意識を自分の体に集中する。


(それでも・・・ごめんね、レオン。

 期待してもらって悪いんだけど・・・!

 もう、かも・・・!)


 フィンの体の、魚の部分が、薄っすらと金の光を帯びる。

 背中に生えた翼のようなひれが、そして人魚のような下半身が、まばゆさを増した金の光に包まれて、その輪郭を曖昧に変えていく。


 光の高まりが最高潮に達したとき、フィンは叫んだ。


「―――いくよ・・・『ヴィーナス』ッ!!」


 コールをスイッチに、その装置―――ヴィーナスは起動する。

 





 そして同時に・・・フィンのひれが、光となって分解した。






 あとに残るのは、地上にいるときと同じ姿。人間と変わらない姿。

 ほどけた光はフィンの内側へと戻っていく。


 続いて、フィンの周囲の水がキラキラと光り出した。

 ―――否、輝いているのは水ではない。

 極小の光の粒子が、無数に生み出されている。


「『金の砂』よ、形になれ・・・!」


 パルスの砂は意志をもって『ヴィーナス』に集まっていく。

 それは始め螺旋を描いて流動したが、次第に意味のある形になっていく。

 同時にそれはフィンの体にも起きていた。

 手に、足に、胸元に、意味のある形状と装飾が作られていく。


 浮上を完了した〈ヤクトグラープ〉は、この光に反応した。

 上位種たる証、獰猛な青いパルスがほとばしる。

 青い光は、貝に穿たれた空気孔に集まり・・・バチバチと轟音を立てたあと、壮絶な威力のが放たれた。


 砂を巻き上げて迫る濁った威力は、フィンを飲み込み―――






「―――『硝子ガラスの盾』ッ!!」






 ―――そして、その生命に何ら危機を与えることがなかった。


 砂煙が過ぎたあと、まず見えてきたのは・・・『杖』だ。

 光る砂で作られた、黄金の杖。

 先端からほとばしるパルスが、硝子の水槽のように威力を阻んでいる。


 黄金の反射に照らされて、全体像もまた見えてくる。

 スーツを包むように形成された、魚の模様をあしらった白金の衣装。




 ドレスに身を包み、杖を掲げ、自在に奇跡を行使する。

 そう―――それはまるで。




「―――『人魚のフィン』改め!

 今日からは、『魔法使いのフィン』!はじめますっ!!」


                             ≪続≫

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