第5章 -9『VS〈ヤクトグラープ〉』


「『硝子の盾』、三枚っ!!」


 フィンは襲い来る空気砲を三重のシールドで防ぐ。すぐさまドレスを金砂に戻し、人魚の下半身を形成。高速遊泳の体勢に入った。

 

 対する〈ヤクトグラープ〉もまた、移動の準備を開始する。背負った貝殻の内側に全身を収めたかと思うと、入口から圧縮した空気を放出。人類の英知たるジェットブーツのように、砂煙を上げながら噴射による高速移動を行う。

 さほど大型の巨魚ではない〈ヤクトグラープ〉は、『狩りをする墓』の名の通り、この機動性をもって獰猛に獲物を追い詰め、時に数倍もの体躯を誇る巨魚も食らう。背にした貝もまた、そうした獲物から奪ったものだ。


 速度はフィンが圧倒的に速い。一定の距離を空けてフィンは再びドレスを装着し、杖を構える。

 先端が輝くにつれて新たな金砂が生まれ、フィンの周囲で凝固。小さくて鋭利な、金色の矢のようなものをいくつも形成する。


「『妖精の矢』ッ!」


 矢は直線に飛ばない。ひとつひとつがまるで生きている魚のように、複雑な曲線を描きながら〈ヤクトグラープ〉に迫る。

 

 それらはひとつ残らず命中し―――そして、全てがダメージにならない。

 音を立てて弾かれ、砕けて光に戻っていく。


 〈ヤクトグラープ〉の危険度を上げている理由が、この別の上位種から奪い取った強固な貝殻にある。すでにパルスを帯びやすい性質である貝殻は、〈ヤクトグラープ〉が表面にまとわせた空気のコーティングによって二重の防御力を獲得している。

 この事実を踏まえれば、空気の層を貫いて貝殻の表面に命中しているフィンの矢は文句なく高い威力を持っているが、その威力に『充分』という修飾語を付けることはできない。ダメージを与えられていないのは確かだ。


(どうしよう・・・向こうの攻撃もこっちには効いてない。

 このまま時間を稼ぐのも手ではあるけど・・・)


 レオンとリネットのタッグは、もう一体の〈ヤクトグラープ〉と交戦中だ。

 入ってくる通信の内容は、ふたりが問題なく戦えていることを教えてはいる。

 このまま防戦を続けていれば、いずれこちらに合流するだろう。


 だが。


 今のままではいけないと思ったから、戦いの手段を模索した。

 現状維持でいたくないから、この戦場に来た。


 ならばこそ―――今までの人生で、一度たりとも抱かなかった欲望が。

 その心に芽生えもする。




(―――




 挑む者の目。勝利に飢える目。

 胸に想う少年と同じ目を、フィンは手に入れた。


 勝つためにはどうすればいい?

 それはオルカや、戦場に立つみんなに教えてもらった。

 それには理論が、道具が、方法が、順序が、精神が必要。


 じゃあ、それらはどこにある?

 教えてもらった。

 


「―――ッよぉ、し!!!」


 フィンは遊泳モードに変化。

 これまでと違い、〈ヤクトグラープ〉の方へと向かっていく。


 〈ヤクトグラープ〉もこれに素早く反応した。

 ブレーキをかけて泳ぐのをやめ、迎撃の空気砲を連射。

 これをフィンは、今度は防がない。

 人外の―――文字通り―――魚の軌道をもってこれをかいくぐる。


 フィンは泳ぎ続けながら、ドクターの言葉を思い出していた。




『―――いいか、フィン。

 このヴィーナスは、

 〈ガーディアン〉を自在に制御できれば、道具なんざ不要だ。

 普段、こいつは単なる精神的なスイッチの役割を果たすに過ぎない』




 泳ぎながら、フィンは〈ヤクトグラープ〉を見る。

 形状、構造、動作・・・その全てをくまなく把握すべく目をこらす。




巨魚ヒュージフィッシュはパルス器官を潰せば死ぬ。

 これは、自分のパルスを制御できず自滅するからだ。

 だから俺たちはこれを把握し、可能ならこれを潰す』




 フィンは、外側にはないと判断した。

 あるとすれば、見えてない部分・・・腹の下しかない。

 懐に入り込む必要がある。




『つまり―――たとえば。

 

 そいつをするだけで、あらゆる巨魚は粉々になる。

 ・・・そうする手段が、お前にはある』




「『妖精の矢』!」


 フィンは〈ヤクトグラープ〉の周囲を撃ち、砂煙を起こす。

 一瞬反応できない隙をついて、その眼前に滑り込む。

 ―――が、歴戦の上位個体。それに気付き行動するのは素早かった。

 もはや空気砲の命中する距離ではない。ハサミを振り上げる。


「『硝子の盾』ッ!!」


 一枚。叩く。割られる。


「ッ!!二枚!!!」


 二枚重ね。叩く。割られる。


「四―――六、八・・・十二枚ッ!!」


 割られるたびに数を増やし、凄まじい殺意と暴力に押されそうになりながらも、フィンは観察をやめない。攻撃の隙間に、情報を探す。




『ただし、問題はある。

 まずは、ヴィーナスが届くだけの至近距離にいなければいけないこと。

 そして、実行している間、お前は動くこともできず無防備になることだ

 ―――失敗すれば死ぬ。そういう技だってことは覚えておけ』




 そして、フィンは掴んだ。

 前甲と後甲の付け根のあたり、ちょうど節目の部分。

 青い光が、わずかに漏れている。


(―――あった―――あとは、タイミング)


 盾の枚数は残り2枚。


 ハサミが下ろされる。

 割れる盾に手もかざさない。

 ドレスもフリルも、一枚残った盾以外の全てを、『ヴィーナス』に集める。


 ハサミが振り上げられる。

 集まった光は、徐々にシルエットを作る―――剣。


 ハサミが下り、盾が割れる。

 フィンが飛び出したのは同時だった。

 盾を砕いた衝撃が全身を襲うのも気にせず、走る。




「いッ―――けぇ!!!」




 切っ先が、わずかに触れた。

 それは傷を付けなかったし、血を流すことがなかった。


 だが・・・ほどけた刀身は、光になって吸い込まれていく。


 ―――そして、それが発動する。






「―――!!!」






 〈ヤクトグラープ〉の


 ビクリと身体をこわばらせ、やがてガクガクと震えだす。

 制御できない、自らのものでない、膨大なパルスが体内で荒れ狂う。

 自身のパルス器官から流れ出す金色の光は、やがて体外へ。


 貝殻ごと肉体を破り―――その真の姿を現す。




「『星の歌声』―――ッ!!!」




 輝きがはじけ、〈ヤクトグラープ〉は砂になって消えていく。


 あとには、翼を持つ金色の鯨が、歌声を響かせるのみだった。


                               ≪続≫

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