第7章 -6『サイドバウト〈傀儡乱舞〉②』


(———いい具合に暴れてるな)


 地上で戦うふたりの王位種を見ながら、ジャッジは忍び足で水面を動き回る。


 実のところ、歯牙の王トゥースは目くらましだ。

 『歯牙泳写トゥース・ヴィジョン』は、ボディさえ形成すればその主導権は歯牙の王トゥースに回る。ジャッジはその間、体と心臓を休める時間ができる。

 加えて、今仕込んでいる第三の武器。これは、準備時間を要する攻撃手段だ。敵に悟られないよう、派手で目を引くデコイを見せておかなければならない。この役目に歯牙の王トゥースは最適だ。とにかく全てが目立つのだ。


(とはいえ、向こうもかなり頭が切れるタイプだな。

 俺の動きにはすぐ気付くはずだ。あまり悠長に時間はかけられない)


 速やかに、しかし静かに、効率的に。

 ジャッジは、水面にたゆたう影のように、行動を続ける。






「『ピラニア』ァアアッ!!」


 二本ひと組の『灰牙グレー』が、三匹のピラニアを象って水面から飛び出す。

 噛みつこうとする先にいるのは、骨で組まれた4メートルほどの巨大な人型だ。


 魚の骨で組まれたそれは、人体の構造を再現してはいるが、形状は歪んでいる。

 頭の位置にはウツボらしき頭骨、背骨はS字を描いて曲がっており、両腕ばかりが不自然に長い。そして何より、尾ひれに相当する部位がある。

 さながら、テレビゲームに出てくる半魚種族サハギンのようだ。


『かゆいわ!』


 『ピラニア』は噛みつきはするものの、すぐに長い腕に払いのけられ、水に戻る。

 噛み砕かれて損傷した部位は、すぐさま別の骨によって修復された。


 一方、サハギンも返す刀で尾ひれを振るうが、ボディが水である歯牙の王トゥースに対して決定打にならない。


『困ったのぉ、これでは千日手じゃ』

「その骨も無限ではあるまい・・・こちらは粘り勝ちを狙うのみよ」

『カカカ!おぬしが粘りを語ると汚らしいのう!

 ・・・が、確かにそうさな。このままで分が悪いのはその通りじゃ』


 サハギンがわざとらしく顎をさすり、頭をひねる仕草をする。

 不安定な首元がガタガタと鳴った。


『では・・・直接王手を狙いに行こうかのぉ』


 すぅ、と熱が引くように、冷酷な声色。

 歯牙の王トゥースは素早く反応し、四肢を崩してヤツメウナギの形状を取る。

 大口を開け、迎撃の態勢。


「させると、許すと、認めると思うかァ・・・!

 あれは今やおれの心臓。やすやす奪わせるわけにはいかぬ・・・!」

『カッ・・・甘えを吐くでないわ、の餓鬼が。

 命を舐めしゃぶって汚し、死を踏み付けてずぶ泥を塗るが戦いよ。

 認めぬなら尚のこと征かいでかッ!』


 サハギンの片腕に、周囲に散らばる骨が集合する。

 ただ細長いだけだった腕は、何層にも重なり合う骨によって肥大化し、筋骨隆々のシルエットを形成した。

 振り上げる。がらがら、がらがらと、不気味な音を響かせて、その拳を貯水池へと真っすぐに向ける。


『諸共に圧し潰してくれるわァ―――ッ!!!!』

「グゥゥゥルルルオオオオオオ―――――ッ!!!!」


 迫る腕を砕くべく、大口を開き歯牙の王トゥースが噛み付く。

 二十四本全てを使った口は、がぎり、とその腕を押し止めた。


『莫迦め!!』


 ———その、受け止められた拳の先から、骨が撃ち出される。

 あばらの一部、鋭利に尖った骨。針の雨のように無数。

 水で作られた歯牙の王トゥースのボディにはそれを受け止める質量はなく、『灰牙グレー』は全て骨に噛み付いて使用不能。


 骨の雨が注ぐ先には、振り向いて刀を構えようとするジャッジの姿。

 

『カーカカカカッ!!自慢の居合ひとつでどこまで弾けるかのぉーっ!!』


 ジャッジが、刀を抜き放つ。その刃は、骨のひとつにも触れなかった。

 振り抜いた姿勢のまま、骨の雨はジャッジの肉体を目掛け―――











「———『全撤廃ゼロアウト』」











 ―——その全てが、両断される。

 ひとつたりともジャッジの身体に触れることはなかった。


『何ぃッ!?』

「設置完了だ!下に戻れ!」

「・・・グファファ!!承知、承知、承知!!」


 歯牙の王トゥースはぎゅるりと身を縮めるとジャッジの付近の水面に溶け、その形質を崩した。


〈グーフフフ、最後の瞬間は肝が冷えたぞ・・・!〉

「馬鹿言え、お前に内臓なんかないだろ。俺の肝だよ冷えたのは」

〈ともかく『灰塵アッシュ』の配置は済んだのだな〉

「ああ、こっからが本番だ」


 円の中心、再び居合の構えを取るジャッジ・・・その足元で、何かがきらりと光る。

 

 それは、目をこらさなければ分からないほど細いワイヤー。

 『灰牙グレー』を繋いでいるものより何倍も細く、長い。


骨格の王スケルトン

 俺の力と、歯牙の王トゥースの力・・・それぞれは見たな」

『・・・・・・・・・おうとも』


 もはや、その声色に遊びはない。

 あたりに散らばる全ての骨が、かちかちと小刻みにうごめく。

 まるで怒りに震えるように。


「それでは、次はの力を見てもらう。

 いかなる形も、このエリアに残さない」


 再び居合の構えを取るジャッジ。

 その周囲を、大小互い違いの水のリングが囲む。

 リングの外周に『灰牙グレー』を配置。


 ゆるやかに回転するリングが『灰塵アッシュ』に触れる。

 弦楽器を弾くように、不協和音が空洞に反響する。


 荘厳な宮廷音楽。






「———これより始まるのは、戦いではなく裁決であると知れ。

 『王権決議ノーブル・ジャッジメント』―――開廷だ」






                            ≪続≫

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