第7章 -5『不在者の問答』


「グファァァーーーハハハハ!!!」


 左右から迫る骨魚を、こともなげに歯牙の王トゥースは嗤う。

 その再現された肉体が実像を帯びるごとに、声すらも鮮明になった。

 グランフリートに現れた歯牙の王トゥースと、今や寸分も違わない。


「見て、覗いて、監視しているだろう、同族よ!同胞よ!

 姿を見せろ!語らおうではないか、骨格の王スケルトン

 それとも―――」


 砕かれた骨の中で、比較的原型を留めるパーツが集まり、拳を象った。

 空気抵抗を押し破って歯牙の王トゥースに迫る。


 歯牙の王トゥースは、それを受け止めもしない。

 水で作られた体は拳の命中によってバラバラに分解し・・・ひとつの巨大な口として再構築され、そのまま拳をバキバキとかじり砕いた。

 残りカスを吹いて吐き出すと、ぐねぐねとうねり元の形に戻る。


「———この無為な、無駄な無意味なやりとりを、いつまでも繰り返すか?

 おれは別に構わんがな、グーフフフフフ・・・!」


 これに対し、骨魚はしばし沈黙、周囲をぐるぐると泳ぐのみとなった。

 もっとも、遠くからは依然として戦闘の音が聞こえている。ここだけの話だろう。


 数十秒が経過した後、骨の魚は形状を崩し、ひとつの大きな頭蓋骨を象った。


『・・・・・・・・・生きておったのか、歯牙の』

「ひとの心臓に間借りすることを、そう言えるならばな」

『成程、下にいるわっぱの仕業か、これは!面白いのぅ!』

「再会を喜んで昔話でもしたいが、今回はその暇もない。

 少しばかり聞きたいことがある」

『・・・ワシが素直に答えると思うのか?』

「グファファ、答えても答えなくても同じなら答えるだろう。

 きさまはそういう輩だ、骨格の王スケルトン。翻弄と嘲笑がきさまの愉悦・・・」

『カカカーッ!いかにも!

 よかろうて、よかろうて!不躾に何でも問うてみぃ!』


 ドクロはガタガタと不愉快な音と立てて笑う。

 ジャッジは今すぐ斬り掛かりたい気持ちになったが、押し殺した。


 歯牙の王トゥースは・・・ぐるりと首を回し、破壊の跡と骨とを見比べた。

 そして、トーンダウンした声色で問う。


「・・・綿密、慎重、執拗な準備による、大規模な襲撃。

 まさしく・・・きさま向きの仕事だな、骨格の王スケルトンよ」

『まぁ、そうさのぅ。確かにな。

 強烈な個人と相対することには向いておらぬでな、ワシの性能は』

「おれは・・・違った」


 


 ―——本来であれば。

 歯牙の王トゥースは、個人を殺すこと・・・小規模な暗殺に向く。

 

 その性能が十全に発揮されるのは規模が小さい場面であり・・・事実、個人単位での戦闘において、あの日歯牙の王トゥースは誰にも後れを取ってはいない。

 チャナやオリヴァーを出し抜き、織火・レオン・リネットを同時に追い詰め、あのエセルバートが一騎討ちを演じてなお、明確なダウンを取れなかった。


 にも関わらず、あの日。グランフリートの襲撃の日は違った。

 目的はあくまで『フィンの奪還』。

 最重要の目標を殺すことが許されず・・・大規模な攻撃に対応できずに、死んだ。

 あの瞬間の痛みを、歯牙の王トゥースは実体を失ってなお忘れてはいない。


「・・・と、そう思わないか?

 鱗の王スケイル・・・最上位の統率個体の、直々の指示だ。

 あの男がそんなことも分からないはずはない。

 てっきりおれは、父祖殿から降りた指示を伝えられたと思っていたのだが。

 ———ところがどうだ?おれが死んでまで取り戻そうとしたフィンをだ?

 きさまらどうしている?ではないか?

 一体これはどういうことだろうなァ?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 骨格の王スケルトンは答えない。しかし、その空気は変わった。

 話の意図を、慎重に読み取ろうとしている。警戒と言い換えてもいい。

 そういう空気だ。


「まず、おれの疑念を言おう。鱗の王スケイルは父祖殿とは別の思惑がある。

 そのために、何の意味があるかは知らんが・・・おれを不利な任務に送り出した。

 手を汚さずにおれを殺すためか、はたまた別の意味があるかは知らん。

 だが、ともかくおれは・・・ヤツに利用されて死んだ。そう考えている」

『・・・・・・・・・それで・・・結局、何が聞きたいんじゃ?』

「グフフフフ、なァに・・・簡単な質問だ」




 


 


 それを問い終わる前に。

 それを聞き終わる前に。

 

骨格の王スケルトン―――

 どちらの描いた絵の上にいる?」

『—————————カッ、カッ、カッ。

 そんなこと、


 両者は、とっくに臨戦態勢に入っていた。








「『ウミヘビ』ィイイイ―――――ッ!!!」


 先に仕掛けたのは歯牙の王トゥースだ。

 顔の『灰牙グレー』を二本、手に移動。その配列を瞬時に並べ替える。

 ヤツメウナギを模していた腕は、上下に二本ずつ牙を生やすウミヘビになった。

 

 体積を絞って水量を移動、ドクロに向けてうねるウミヘビを伸ばす―――!


『かっこいいのぅ!!どぉれ、モノマネじゃ!!』


 ドクロが解け、向かってくるものと同じようなヘビの形を瞬時に形成。

 二匹のヘビはもつれて絡むように争い、やがて同時に崩れた。




「グファファファ、鱗の王スケイルに付いたか!!

 きさまの先も短いだろうなァ!!」

『さてどうかのぅ、それはまだまだ分からんの!!

 しかしそこまで気付けば厄介極まる、ここで先んじて再び死ねィ!!』




 実体なき意思は、それぞれに昂る。

 見えざる糸をしかと伝って、傀儡は再び踊り始めるのだった。


                           ≪続≫

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