第7章 -4『サイドバウト〈傀儡乱舞〉①』


「———ほぉう・・・なんとも奇妙じゃ」


 その老人・・・骨格の王スケルトンは、暗い海中でひとりごちた。


 髭と共に腰まで伸びた髪。

 瘦せこけた体躯のあちらこちらに、骨の装飾を身に着けている。

 深いしわに陰る瞳の奥に、不気味な光を称える様は、怪人と呼ぶに相応しい。


「あの灰色の煙から歯牙の気配がするのぅ?

 カカッ、何が起きておるのか!見当が付かぬ!」


 幽鬼の如くゆらりと揺れる毛髪は、白のようでいて、うっすらと紫を反射する。

 その背後、目には見えない輪郭が、ごぼ、と泡を立ててうごめいた。


「どぉれ―――もう少しこちらにちょっかいを掛けてみるかの・・・!」








 走りながら骨魚を斬り続けるジャッジは、事態の変化に気付く。


「なんか・・・ちょっと増えてないか」

〈その感覚は正確、正鵠よ。

 こちらに向かってくる骨がわずか、少し、いささか増えている・・・〉

「ひょっとして目ぇ付けられちゃったか?」

〈グフフ・・・さぁな。

 だが、ともかくこのままでは、〉


 小型の骨魚が数匹、進路上に回り込んで飛び掛かってくる。


「三本!」


 歯牙の王トゥースは声に素早く反応する。

 ジャッジの全身にマウントされた『灰牙グレー』のうち、腰の後ろ側の三本を操作して迎撃。

 乱れ斬りでほとんどが形を失ったが、逃れた一匹が突っ込んでくる。


「シッ・・・!」


 即座に刀を抜き放ち、これを両断する。

 居合に満たない、単なる抜刀斬撃。

 納刀する瞬間、わずかにジャッジの態勢が崩れが、すぐに直る。


「はっ・・・はっ・・・くそ、キツい・・・!」

〈・・・お前の心臓への負担が大きいな。

 今のままなら最大で六本、それでも使えて数度というところだ〉

「もっと水が必要だな・・・!

 歯牙の王トゥース、中庭の池なら足りるか?」

〈・・・及第、妥協・・・最低線というところ。だが今よりはマシだろう・・・〉

「よし・・・」


 ジャッジはマップを開き、現在地とルートを割り出す。

 幸い、この先の渡り廊下を通ればすぐにそこに辿り着くようだ。


「よし、急ぐぞ・・・!渡り廊下を通って、」








(———カカッ、ではこうじゃ。『骨組み』・・・!!)








 言いかけた瞬間、進路上で轟音が響く。

 構造物の砕ける音。


 もうもう上がる煙が晴れると・・・そこには骨で作られた巨大な手があった。

 手は、建物の外側からぐらりとこちらを向き、何かを持って見せつけている。


 


 ———それは、一見すると渡り廊下に見えるコンクリートの塊だ。




〈ジャッジよ〉

「なんだ」

〈質問するが渡り廊下とはどこだ?〉

「あの持ってるやつあるだろ?それだよ」

〈・・・こういう時の言い回しをネットで学んだぞ〉

「はい、せーの」

「〈ヤバい〉」


 背後で、がちゃがちゃと音がする。

 振り向くと、先ほどまで魚の群れだった骨は、こちらも巨大な手を形成していた。


「マジでこっちに的絞ってきてんじゃねえかよ!!」

〈グファファ、ヤバいヤバい、ヤバイなァ・・・さて進路はどうする〉

「進路ったって渡り廊下がないってことはもうガケだぜ!?」


 渡り廊下は5メートルほどある。

 ジェットブーツを履いていないジャッジは、この距離を飛び移ることができない。


〈では、いっそ奈落・・・地の底でも目指してみるか〉

「なにそれ死ねってこと!?」

〈いいか、よく聞けジャッジよ。そこには―――〉


 背後の手が開かれ、廊下の壁や天井をガリガリと崩しながら迫る。

 外のもう一本は、持ち上げた状態で拳を握っている。

 押し出したところをグーで叩き落すつもりのようだ。


 ジャッジは、歯牙の王トゥースの提案を聞き・・・その前とは違う、落ち着いた表情になっていた。


「一発勝負か・・・やっぱり死ぬんじゃねえかなぁ俺・・・!」

〈お前の友とやらは、このくらいの場は抜けてきている〉

「・・・ははッ、乗せんのがうまいなぁ、お前ッ・・・!!」


 ジャッジは死地にむけて、むしろ思い切り加速する。

 逃げるためではない、完全に逆の行為。

 

 アレの反応速度より先に、アレが最も殴りやすい地点へ。

 




 全力で跳躍。

 空中で体を半身ひねり、刀の鞘を胸の前に、骨の拳に向ける。

 

「せぇ・・・」


 空を切って叩きつけられる大質量。

 その瞬間、


「のッ!!!」


 鞘ごと体を全力で真下に押し出し、遥か下の地面へ向けて加速する―――!




「おおおおおッ!!!」


 風圧が襲う体を、もう一度半身ひねる。

 両肘がビキビキと軋み、脳はこぼれそうなほど揺れた。

 

 自分が友達になりたいと思っている男は、いつもこんなことに耐えているのか。

 

「これは絶対アイツにも聞かせてやるッ・・・!!

 もうちょっとなッ!!

 ———『灰牙グレー』六枚ッ!!!」

〈グファファ、承知・・・!〉


 ジャッジは刀の鞘を地面に向け、その周囲に六枚のナイフが集まる。

 六枚全てが規則正しく整列し、ドリルのように回転する。


 その回転のまま、思い切り地面に叩きつける。




 地面に亀裂が走り、それは広がって地面を粉砕。

 そのままジャッジは、穿たれた暗い穴へと落ちて行った。




 破壊の音が消えると、そこは静まり返った。

 遠くでは今だ迎撃と侵略の音が聞こえるが、この場だけが嫌に静かだ。


(死んだかの?)

 

 骨に着せたパルスを介して様子を伺う骨格の王スケルトン

 やがて、その鋭い警戒心は、ほんのわずかな音を捉えた。


(———水滴の音?)











「———悪いな、あとは任せた。

 MAX二十四枚・・・『歯牙泳写トゥース・ヴィジョン』」











 ごぼり、ごぼり、ごぼごぼごぼ。


 闇に包まれた空洞の中、から、音が湧き上がった。


 普通の水の音ではない。

 不快にねばつく、重く汚らしい、粘液の音だ。


(むぅ・・・っ!?)


 ほとんど反射的に、骨格の王スケルトンは拳を振り下ろした。

 それは穴をさらに押し広げ、高く波が上がるほどに貯水池を打ち付ける。


 波は揺れて、揺れて、ゆらゆらと揺れて・・・そのまま大きくなる。

 それは意味のある形状を取りつつあった。




 ばきん。ばきん。ぱき、めき、ばきょっめきっ。




 拳を形成する骨が、端から砕かれていく。

 すり鉢状に並んだ『灰牙グレー』が、突き刺しては細かく潰す。


『———かっ、がっ、がふ、がっがっが、かふっ、がっがっが・・・』


 


 それはまるで―――まるで。

 大きなヤツメウナギが、獲物を大事に食むように。


 灰色の汚水は、骨に嚙みついたまま、その身をよじり起き上がる。








『・・・・・・・・・がふっ、がふ、ガフ、ガフフ、グフッフフファファ・・・!!!

 ———ゥアアアアアハァァアアアアハハハハハハハア―――ッ!!』








 ———灰色のパルスと、大量の水、二十四本の刃が再現したもの。

 

 死せる王位種・歯牙の王トゥース

 ―——その歯牙を今再び世に誇示し、王は高らかに笑った。


                             ≪続≫

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