第6章 -25『別れの条件』


 ———ああ。きっとあのひとは負けてしまうな。

 戦いの様子をモニターしながら、チャナはそう感じていた。


 完全にアイデンティティを確立した脚の王レッグス———もとい、レックスと、有り余る出力を全てサポートのみに回したフィン。

 ただそれだけでも凶悪なペアはしかし、最後ではない。

 このあとも、その次も、チャナは手を変え、人を動かし、対策を打っている。

 

 全てを知っている。

 チャナはオリヴァーの全てを・・・本当に全てを知っている。

 倒そうという気になれば、負けるはずなどない。




 そして。

 が、オリヴァーの最大の勘違い。

 たったひとつの勝利の糸口。




(さぁ、そろそろだ。

 オリヴァーに、ちゃんと教えてあげよう―――)








「ウォォオオオアアアッ!!!!」

「ぐ、がああッ!」


 レックスの漆黒の爪が胸板を抉る。

 もはや服はボロボロで、所狭しと傷だらけ。

 肌という肌は血で汚れていた。


(クソ、クソ、クソッ・・・!)


 ジャイアントアンカーで防御をしながら毒を吐く。

 オリヴァーにとってダメージを負うということは、そのままチャナの負担だ。

 その身は自力の治癒力を持たず、他人の命で補われる。

 大切な他人の、命そのもので。


(何でだ・・・!?

 どうして自分で死ぬような真似しやがんだ、チャナ・・・ッ!!

 俺は・・・俺はお前を、お前の未来を・・・!!)


 チャナにとってオリヴァーを傷付けることは、何の比喩でもなく自傷行為だ。

 それがオリヴァーには理解できない。


 例えばチャナが、自分を犠牲にオリヴァーの方を生かそうとするなら分かる。

 それは可能だし、それを望まれることは―――うぬぼれかもしれないが―――まだ理解の範疇だ。


 だが、これでは二人とも死ぬ。

 それはおかしい。それは単なる損失だ。

 自分たちだけでなく、仲間にとっても、ひいては世界にとってもだ。

 そんな簡単なことが分からないチャナではないはずだ。


「シャッ、シャッ、シィィィアアアアアアアッ!!!」


 裂帛の雄叫びと共に暴力を振るうレックス。

 鋼ががきんと鳴る度に、傷がうずいて疑問符が火花と散った。


 目の前のコイツに聞けば分かるのだろうか?

 ———いや。レックスは、もともと敵だ。それ以外の理由など返ってこない。

 チャナは、このカードを組んでいるに違っている。


 ならば。






『———そろそろ、分からなくなってきた?』






 オープンチャンネルの呼びかけ。

 気付けば、上空にドローンが浮いている。


 ・・・オリヴァーの考えた通りだった。

 チャナは見ているし、聞いている。

 疑問を抱くのを待っていたのだ。


「ああ・・・さっぱり分からねえ。この喧嘩に何の意味がある?

 俺とエッセの決着とはワケが違ぇんだぞ」

『・・・違わない』

「ああ・・・?」

『それらはね、全く違わないんだよ、オリヴァー』


 チャナの声は・・・優しかった。

 問いかけるような、諭すような・・・いつくしむような声だ。

 オリヴァーは、竜の脅威を前にして、不思議と胸が落ち着くのを感じる。


『知ってるよ。

 この戦いで一度も強引に攻めに転じてないのも。

 エッセとしっかり決着を付けずに勝負をやめちゃったこと。

 ウチのためなんでしょ』

「当たり前だッ!!

 お前、いつ死んじまうか分からねぇんだ・・・!!

 俺はこれ以上お前を失う可能性に耐えられねえ・・・!!」

『それは、ウチのことが好きだから?』

「そッ・・・」


 真っすぐ聞かれて、思わず反射的に照れ隠しが出そうになる。

 だがやめた。この声色に向き合わないのは嘘だ。


「ああ。俺はお前が大切なんだ。他のことなんかどうでもいいんだ。

 だからお前に生きて、」

『ねぇ』


 言いかけたとき、ドローンがすぅ、と顔の目の前に降りてきた。

 鼻の頭にコツンとボディをぶつける。








『順序つけるの、やめなよ。

 オリヴァーはウチが一番好きなんじゃない。

 ―——ウチの、一番好きなんだ』








 オリヴァーは―――顔を上げて、声の方を見た。

 

『オリヴァーの過去は分かってる。

 殺して、壊して、ひとりになってさ。

 疲れたんだよね。さみしかったんだよね』


 暴かれていく。解されていく。

 

『だけど―――繋がってるウチには分かる。

 オリヴァーは一度だって、戦うのも、壊すのも、嫌いなんかじゃなかった。

 。それがオリヴァーっていうひとなんだ』


 いつからか、きつく封じていた性根が、優しく溶けていく。


「———そうさ・・・そうだよ。

 ブッ壊すのも勝つのも、結局好きでたまらねぇ・・・。

 俺は所詮、根っから悪魔だ。

 俺は、そんな俺が嫌で―――、」

『オリヴァー。

 ウチは・・・そんな悪魔に救われたんだよ』


 ドローンが背中に触れる。

 手などないはずのその機械から、掌のぬくもりを感じた。


『さよならの覚悟は―――どうにか、したよ・・・!

 だけど、そんなオリヴァーで終わるのだけは許さない・・・!

 オリヴァーがこんなことに負けて終わるなんていやだ・・・ッ!!』


 熱い。熱い。血が熱い。

 ほかの何かが血よりも遥かに熱くて強い。


『私の命も、貸したげる。

 生意気な部下も、尊大な敵も、でかい魚も―――ブッ殺そうよ。

 私たちは、北極圏の悪魔なんだから』

「——————————————————————」

『合言葉、知ってるよね?』


 あぁ、もう、だめだ。

 それは、殺し文句なんだ。

 その言葉を聞いたとき、俺は本当に楽しくて、楽しくて―――、















『襲い来るもの!!!!』

「———皆殺し!!!!」















 そして、その一撃は振るわれた。

 黒い爪が砕けた。黒い皮膚も、兜も、装備も装備も全ての装備も、砕けた。


 たった一瞬で戦う術を奪われたレックスは、それを見た。

 そこに、オリヴァー・グラッツェルはもう、いなかった。





「待たせたな。始めようぜ」





 北極圏の悪魔が、降臨した。


                        ≪続≫

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