第3章 -2『ふたつの謎』


 


 ―――結論から言えば。

 最初からメンバーは誰ひとり、フィンを殺す気などなかった。




「殺していいのか確認ができん」


 戦隊メンバーでの会議、最初にそう切り出したのはドクターだった。


「彼女の話では、そもそもの原因は〈ガーディアン〉にある。

 最終的にフィンを殺すにせよ、そちらを先にどうにかするのが筋だ」

「ぶっちゃけ、アレがいる時点でもうフィンがいようがいまいが関係ねぇしな。

 俺らの仕事としては、〈ガーディアン〉とやらをブッ倒すことだろ」

「ま、そうだね。フィンの正体よりも、巨魚の危険性が重要しょ」


 オリヴァーとチャナもこれに同調する。

 デア・ヴェントゥスの整備のために出席していないノエミも、会話の内容は聞いているらしい。モニターに対して肯定のスタンプを送信してきた。


「お前らはどうだ?やはり殺した方がいいと思うか?

 特に、直接頼まれてるオルカの意見は聞きたいところだが」

「ダウソン、発言よろしいでしょうか」

「おう、許可する」

「半巨魚状態ではないフィンさんを、さきほど見ました」


 フィンは『水槽』から出ると魚の特徴が消え、通常の肌や両足が出現するらしい。

 この間は、パルスを使うことができない。逆に、あまり長く水槽に戻らない場合、〈ガーディアン〉の制御が外れて暴れ出してしまう・・フィン本人の証言だ。


「・・・自分には・・・彼女を民間人と区別することができそうにありません。

 ましてや民間人にしか見えないものを殺すことなど、自分には・・・」


 職責と本音との間で葛藤があるのだろう、レオンにはいつもの覇気がない。

 全員、あえてそれを指摘することはない。


「私も・・・殺すのは、安易な道な気がします」


 リネットが引き継ぐ。


「とにかく、全てが史上初の存在です。

 私たちは何も知らない。ですが、明らかに彼女は一個の人格でした。

 事情も知らないまま殺すなんて、あってはならないことだと思います。

 対話ができるなら説得を、手段があるなら模索すべきです」


 きっぱりと言い切る。反対意見はなかった。


「で・・・お前はどうだ」


 織火に視線が集まる。

 しばし考え、言葉を充分に選んだあと、織火は答えた。


「正直な話をすると、俺は―――――――――









 ―――――――――、って言ってるだろ」


 そうして三ヶ月。フォーカスは、現在の公園に戻る。

 フィンは、殺してほしいという望みを叶えられないまま、戦隊の見習い隊員としてグランフリートに残っている。


「なんでー!?」


 心底がっかりという顔。織火にとってはもう見飽きた顔だった。


「じゃあ、何でお前そんなに死にたいんだよ」

「だからそれは・・・〈ガーディアン〉が危険だからで・・・」

「じゃあ〈ガーディアン〉をどうにかすればいいんだろ」

「そういうことじゃなくてー!」

「どういうことなんだよ」

「うう~・・・・・・・・・」


 ・・・この調子だ。

 フィンは何故か、殺してくれと言ってそれらしい理論や理由を組み立てはするが、それが通用しなくなると口をつぐんでしまう。

 結局、何がどうして死にたいのか、誰も知らない。


「事情もわからないやつをハイワカリマシタで殺せるわけないだろ?

 で、しかも俺は事情そのものに興味がないんだよ別に」

「だって私、巨魚なんだよ?みんなの敵だよ?」

「巨魚は人間に殺してくれって言わないから」

「うぐぐ」


 このやりとりが続けば、さすがに接する態度もダレてくるというものだ。

 三ヶ月前の切迫した雰囲気など、これっぽっちもありはしない。

 

 織火は思わず、言わずに済ませてきたことを言いそうになる。


「なぁフィン。お前さ、本当に―――」




 ピピ。ピピ。ピピ。

 フィンの手元の時計から、アラームが鳴る。




「あ、いけない。もうこんな時間だ。

 そろそろ私、戻らなくちゃ」

「―――・・・・・・・・・そうか。じゃ、俺も一旦戻るかな」


 言いかけた問いを再びしまって、織火はベンチから立ち上がる。


 フィンの水槽は、基地内のラボに移設されている。

 一定時間ごとに水槽に戻り、その間はインタビューや調査。

 それ以外は、隊の手伝いか自由時間というのが、今のフィンの暮らしだった。


「送るか?」

「ううん、大丈夫。

 お昼まで浸かったら、またお外に出るよ」

「そうか。じゃ、またあとでな」

「うん」


 フィンは、手を振って離れていく。

 今現在の、自分の仮の宿へ向けて。







 エセルバート・マクミランは、デア・ヴェントゥスのブリッジでモニターの逆光に照らされながら、困惑の表情を浮かべていた。


「―――だと・・・!?」

「はいッス・・・。

 あの施設からは、暗号化されたデータがいくつも見つかったッス。

 一部の研究資料と文書の署名に・・・」


 ノエミは、文書ファイルのひとつを表示する。

 文書の末尾、記録者の欄には、確かにハロルド・マクミランと書かれている。


「これ、そんなに古いファイルじゃないッス。

 なのにわざわざ、ペンツールによる手書き署名ッスよ」

「・・・見間違えるはずがない、これは祖父ハロルドの筆跡だ・・・。

 書庫で閲覧したものと寸分も違わない・・・」


 エセルバートは幼い頃から、ページが擦り切れるほど祖父の著書を読んだ。

 そのひとつひとつに、同一のサインが存在する。

 外ならぬ子孫であるエセルバートがそれを判別できないはずがなかった。


「ハロルド公って、学者だったッス?」

「いや・・・祖父はあくまで実業家だ。

 研究めいたものに対しては、あくまで出資者の立場だと記録されている」

「じゃあ・・・・・・・・・これ、誰ッスか・・・?」


 二人とも、うすら寒いものを感じて黙り込む。




 ハロルド・マクミラン。


 グランフリートの祖、新世紀の英雄。

 水没した世界に対して、あらゆる困難と理不尽に対して怒り、戦った男。

 

 巨魚を殺すノウハウを整えたのも、当然ハロルドである。

 誰よりも巨魚という存在を憎んでいたと言っても、決して過言ではない。

 それは記録が明確に語っている。


 


 その男が―――誰も知らない、この世の謎を握っている。




「私も、後ろから指揮だけをしている立場ではいられないようだ」

「じゃあ・・・?」


 マントを翻し、ブリッジの入り口を―――それより遠くの存在を見据える。

 ステッキの先端が鉄の床を打ち、くぐもる冷たい音を立てる。

 だが、その音を聞いたノエミは・・・なぜか、鐘の音を想像した。

 

 物事が動き出す、刻限を告げる鐘。


「フィンくんのところに案内してくれ。

 ―――私が、直接彼女と話をしてみよう」


                       ≪続≫

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