第6章 -09『北極上陸戦⑦~その手に再び理由を込めろ~』


 


 疾駆する青と黒。

 織火と脚の王レッグスは、二陣の風となって死の氷原を駆ける。




「ところでなんだよその姿、俺たちの真似か?」

「改良とかアレンジとか言って欲しいね」

「いいけどデザインセンスあんま良くないなお前、だっさ」

「ハァー!?挑発かァ!?テメェごとブッしてやんぞ!!」


 互いに悪態を吐き散らしながら、氷塊を避け、氷柱を砕く。

 

 連携は意外なほどスムーズに行われている。

 お互いの活動範囲が重複しないからだ。


 織火が水上を駆ければ、脚の王レッグスは水中を攻める。

 脚の王レッグスがカーブを描いて動けば、織火は直線を抜ける。

 人と魚の差が、この並び立つ状況において最大限、プラスに働いていた。


 事態に過敏に反応したのは、〈ダイヤモンド・フューラー〉の方だ。

 他の場所では多少の効力を発揮している座標攻撃が、この二者には通じない―――そう判断したのだろうか、〈ダイヤモンド・フューラー〉は動きを変えた。


 一瞬、攻撃が止む。

 織火と脚の王レッグスが不審に思うのも束の間、やや遠くから激しい水音。

 前方円弧180度を囲い込むように、無数の氷柱が壁となって立ち上がりつつある。

 

「チッ、ヤロウ閉じ込める方向にシフトしやがったな・・・?」


 走りながら会話する程度の距離がある。

 逆に言えば、近付くまではそれくらいのことしかできない。


「どうするか・・・ちょっと一か所穴開けるのもキツそうだなァ・・・!」

「・・・お前、下の方崩せるか?」

「あ?・・・まぁできなくはねぇよ、時間は少しもらうがな」


 この共闘で、脚の王レッグスの『ネェロ』は水中で最大威力が上がることを織火は確認していた。

 それで壁そのものを崩せなくとも、バランスを変えることにはなる。


「上下から同時に叩いて壊そう。

 この規模だ、ここで壊せばさすがに即座に次の手とはいかないだろ」

「概ね同意だが、ひとつ根本が疑問だ。

 てめぇひとりで上側を貫いて向こうに抜ける手段あんのか?」

「ぶっつけ本番の新装備だけど、なくはない」


 織火は、バトルアームに取り付けられた新アタッチメントを示す。


「『アークライト』って言うんだ。

 俺のパルスをより指向性を持って一か所に集めて、具体的な形にする。

 お前を殴ったときの『スピードスター』の一段発展形かな」

「・・・そういうの、簡単に教えていいんかよ。

 俺が味方なのは今この事態の中だけなんだぜ?」

 

 脚の王レッグスの言うことは、戦士としては真っ当だ。

 しかし、御神織火は違う。


「俺はスポーツマンだ。手の内なんか半分透けてても勝つのが当たり前。

 それより目の前の試合、一時のチームメイトに手の内隠すバカいないだろ」

「ハッ・・・それ、スポーツマンシップってやつ?」

「そういう言葉、知ってんだな」

「お前らニンゲンと違って覚えがいいんだよ俺のアタマは。

 くっちゃべんのはここまでだ、いいなら準備しやがれ」

「頼んだからな!」

「うるせーんだよ!」


 最後まで悪態だけを残して脚の王レッグスは水中に消えた。

 間もなく水の中に不浄の黒い泥が揺らめき始める。




(さて・・・じゃ、やるか・・・!)


 移動はホバリングで続けたまま、右腕を前へ。

 脳内で起動スイッチを押す。

 

 先細りの花瓶のような形状だった装置は、縦四つに分かれる。

 規則正しく輪を描いて浮遊しながら、右腕の周囲を回転。

 その回転の中心へ、パルスが集められていく。


 青いもやのような、不定形のパルス。

 カンテラの硝子の向こうで揺らめく炎に似ていた。


(真っすぐ、この氷壁を砕いて貫くイメージ・・・!

 拳じゃ奥まで浸透しない、剣や槍では破壊が少ない・・・!

 貫く力と、砕く力、両方を兼ね備えた形状・・・!)


 織火は、少ない戦闘経験の中で自分が出会った武器・道具を思い返した。

 新しい順から、記憶の引き出しを開けていく。


 ベルリン。

 マウナ・ケア。

 グランフリート。

 ロシア海。




 そして・・・織火はふと、その形状に思い至った。

 この地に何か因縁のあるふたり。

 

 織火にとって、それはひとりの底知れぬ力の象徴で。

 織火にとって、それはひとりへの感謝の記憶だった。




(そうだ・・・これがいい・・・!!)




 織火はかかと全体でガキンとペダルを踏み、瞬間最高速で走り出す。

 

『ブッ・・・果てろォオオッ!!!』


 直後、水中で黒い威力が爆ぜる。

 派手なホイッスルだと織火は思った。




 走りながら、織火はそれを回想する。

 それは海での戦いの最初のレクチャーであり、最初の仲間との出会いだ。

 具体的な力を伴わないその感情は、たったひとつの道具でどこまでも確かになる。


 放ち、突き刺し、意思を通す道具。


 今一度ここで、御神織火は―――






「———『アークライト』ッ!!」


 その手に、を解き放つ―――!


「『アクセルアンカー』アアアアアアアッ!!!!!」






 アークライトが出力した、青く輝く巨大なアンカー

 鎖のような軌跡を残し、織火は走る。

 その質量なき大質量は、文字通り火花を散らして空気を切り裂き、氷壁の表面へと突き刺さり・・・止まった。


「ウ、オオオオオオオオオ―――――ッ!!!!」


 そこにパルスを流し込む。

 重く大きくなるアークライト・アンカーは、障害を砕きながら運動を再開する。

 使を、脳より強く心が覚えていた。


 追加のパルスが流し込まれるたび、深く、また深くそれは氷壁を穿つ。

 もはや、織火はアンカーを持ってはいない。


 ひとつのイカリそのものと化して、叫ぶままに前を目指す。


(届け・・・ッ!!!)


 限界に近いパルス放出に、細胞という細胞が悲鳴を上げる。

 



 それでも、この勢いは殺さない。

 未だ青春を脱しない少年に、初期衝動を凌ぐ熱量など知りえない―――!




『どうやら死んでねぇなァ、織火ァ・・・!?』

「ッ!!」


 砕けていく壁の向こうから声がする。


「———脚の王レッグス、そっちに着いたか!!」

『手ぇ抜かねぇのをブッ放つからよ・・・!!

 ワンチャンそれで死んでも、恨むんじゃねえぞ・・・!!』

「・・・ははッ、ああ!!望むところだ!!

 勝負だ脚の王レッグス!!この状況でも俺たちはッ!!」

『うるせぇんだよ来やがれェェエエアアアッ!!!!』


 最後の一枚を貫いて、回転する漆黒の槍が生えてくる。

 槍は即座にボコボコと沸騰し、逃げ場なき内側へ死の爆発を放つ心づもりだ。


 織火はその中にアンカーを突っ込む。

 全力で息を吸い込むと、最後に一度、ペダルを踏んだ。

 ガチン。




 青と黒の光。

 暴君の檻たる一枚氷壁は、中央に穿たれた一筋の亀裂から崩壊していく。

 

 オオ―――――――――ン・・・・・・・・・。


 鳴き声を一つ残し、〈ダイヤモンド・フューラー〉は水底へ姿を消した。




 意地でも肩を借りない織火が、ふらふらの走りに疲れてふと顔を上げる。

 資料で見たシルエットと同じ建造物。

 その少し下で手を振る、仲間の姿。 


 


 目標地点・・・北極中心部『グレイヴヤード』、到達。

 北極上陸戦―――成功にて終了。




                           ≪続≫

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