第3章 -10『日常という努力』
市民は、生命に別状のない重傷者こそ現れたものの、死者に関しては最初に襲撃された店主以外にはいない。
これをエセルバートは『不幸中の幸い』とは決して口にせず、逆の表現を用いた。
―――幸福の中に、悪意が差し込んだ不幸である・・・と。
葬儀に自ら出席したエセルバートは、こう言って遺族に頭を垂れたのだった。
そこからの動きは早かった。
船の各部位で防衛設備の強化を推し進めると共に、速やかに歯牙の王の類似存在の調査を開始。各国と密に連携・情報共有をしつつ、自国人員を各国の調査団に派遣しこれをサポートしている。
あのデア・ヴェントゥス突撃の直後、フィンは意識不明となった。
『水槽』も破損し、人員も装備も消耗が激しかったため、戦隊メンバーは調査団に加わることはしていない。
そのかわり、レオンの実験データをもとに作られた試作装備のいくつかを巨魚対策として配布することが決定。現在準備を進めている。
当初危惧されていた、〈ガーディアン〉による巨魚の誘因は発生していない。
それどころか・・・何が影響しているのか、グランフリート周辺から巨魚の姿が極端に減少している。平均の6分の1以下という、目に見えて異常な数値だ。
フィン自身も3日ほどで目を覚まし、特に異常も見当たらなかった。
だが精神的な消耗を考慮し、聞き取りなどは後日に回されたのだった。
―――さて、では。
今現在、戦隊メンバーとフィンが、どこで何をしているかという話だが。
「見たまえ、ミカミくん。
ここが我が国最大のショッピングモール、『エメラルド・プラザ』だ。
買い物はもちろん、併設されたレジャー施設で遊びも充実だぞ」
「・・・・・・・・・いや、あの・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」
―――なぜか。
エセルバートに連れられ、日曜の街にいるのだった。
「まずなんで私服なんですか。あと、なんでいるんですか」
「私が呼んだのだから私はいるだろう。
ずいぶんとおかしなことを言うな、ミカミくんは」
「いやおかしいのはてめぇだぞエッセ」
「なにっ」
「『なにっ』じゃないんだよなあ公爵サマがなあ!」
ズレたやりとりをするエセルバートとオリヴァー、チャナ。
それを茫然と見つめる織火とレオン、リネット。
「わー!ビル街もすごいけど、ここもすごい!カワイイし広い!」
「ははは、そうだろう?自慢の施設なのだよ」
ひとり大はしゃぎするフィンと、得意げなエセルバート。
―――ことの発端は、戦隊基地へ送られてきたメールだった。
『 日曜日の午後、フィンくんとデートをする
手すきのものはべつに同行してもよいです
公爵 』
・・・受け取ったドクターは当然、最初は冗談だと思った。
だが、ノエミがチェックしてすら、送信先のアドレスは政庁舎であるマストハウスであり、また付き合いが長いらしいオリヴァーとチャナが一切冗談として受け取っていなかった。
そのため、『なんだか知らんがフィンだけを行かせるわけにはいかないから全員で行ってくれ』という、寝耳に水、意味不明の緊急ミッションが発令。
そして当日。
待っていたのが・・・この、アロハシャツの国家元首だった。
―――と、いった次第である。
「・・・えっと・・・マジで一体どういうことなんですか、これは・・・?」
織火が明らかにいつもと違うエセルバートに引いて―――もとい、気圧されながら訪ねる。
エセルバートは「ふむ」と一息置いて、真剣な声色で話し始める(アロハで)。
「ああいった事件のあとだからね。
日常の楽しみを、抑えてしまう者もいるかもしれない。
だが為政者の私や、君たち前線の専門家が率先して遊んでみせる。
・・・それで、少しはそのあたりのムードが緩和されればと思ってね」
「それは―――確かにそうですが、反発も生むのではありませんか?
事を重んじるべき為政者が、その・・・それは、なんといいますか・・・
あえて失敬な表現を用いますが、浮かれた格好で出歩くというのは」
レオンが緊張しながらも反論を唱える。
「心配には及ばない。
私は毎週この格好でここに来ており、市民は慣れ切っている」
「ああ、これはマジだ」
「―――――――――」
レオナルド・ダウソン、撃沈。
「・・・ふむ。どうやら君たちもまた、努力が足りないようだね」
「努力?」
こうした状況で出るとは思わなかった単語に、織火は目を丸くする。
それを見て、エセルバートはひとさし指を立てて説明する。
気付けば完全に為政者の顔に戻っていた(アロハだが)。
「社会通念上、日常とは力を抜くものと思われているがね。
人間というのは性質上、気を抜けばペースは乱れていくのだよ。
・・・日常は、『いかなるときもそうである』ことが肝要なのだ。
悲劇と地続きの今、日常を日常として過ごす努力が求められる。
よって、私はここに来たのだ。お気に入りの私服でね。
・・・それに―――」
視線は、少し先―――入口ゲートの付近のフィンに向いた。
マスコットキャラクターらしき着ぐるみと戯れている。
「―――彼女は、解放されるべきだ。
いい加減、普通の楽しみを知ってもいい。そう思う。
・・・『水槽』はもう、壊れてしまったのだからね」
織火たちも、フィンを見た。
フィンの犯した罪は、自分たちにとっては全く実感のない話だ。
世界が水浸しなのも、巨魚が溢れているのも、それこそ日常。
一方その前に、そうではない世界があったことも知っている。
ハロルド・マクミランという先祖を持っているエセルバートは、なおのことそれをよく知っているはずだ。
旧い世界への郷愁と怒りこそが、ハロルドという男の原動力だったのだから。
それを―――フィン自身がどんな思いで抱えてきたかは、あの慟哭を間近で聞いた者たちですら、知ることはできない。知る権利が、あるようにも思えない。
だが、同時に。
「―――確かにさ。
失敗や、罪悪が理由で・・・ショッピングを一緒に楽しめないなんて。
俺は・・・アイツにそんなこと思わないな」
織火のつぶやきに、各々がぽつり、ぽつりと同意する。
「前にも言いましたが、私にも趣味があります。
それを戦いに奪われるなんて嫌です。
だから―――今から、彼女にも趣味ができていいはずです」
「そもそも、世界を水で沈めてはいけないという法はない!
法で定めていないものを罪に裁くのは反対だ、ぼくは!」
「知らねえけど、単純にカワイイしなフィン。
デートしたいエッセの気持ちは分かるわ」
「隊長フケツです」
「この流れでそれは最低ではないかね、オリヴァー」
「バカじゃねーのオッサン」
「自分は無力です、隊長殿を擁護できません・・・ッ!!」
「他はともかくエッセ!!!テメェだからなデートって単語出したの!!!」
「はてそうだったか」
「こ、コイツ・・・!!」
袋叩きにあうオリヴァーを尻目に、織火はひとり輪を出た。
フィンの手を取る。
「フィン。
あんなアロハ置いといて、俺とデートしようぜ」
「うん!いこっか!」
スピードスターはひとり鮮やかに、抜け駆けに成功した。
事態に気付き追いかけてくる仲間に背を向け、モールに入る。
薄暗い日曜日の一週間後には、明るい日曜日もやってくる。
長い日曜日は、理由を変えて再び始まった。
≪続≫
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