第3章 -11『だって自分で言ったから』




「私ね、実は、お休みの日っていうのが分からなくて」




 エメラルド・プラザに入った直後、フィンはぽつりとそんなことを口にした。


 聞けば当然という話だが、フィンは職に就いたことも、学校に通ったこともない。簡単な学習はしていたので知識がないわけではないが、カリキュラムやら時間割があったわけではないそうだ。

 研究施設にいたときも、水槽の中か外かという区別こそあったが、曜日による違いなどは一切なかったらしい。

 つまり、平日と休日という区別、それによる過ごし方の違いという概念がそもそもフィンにはあまりピンと来ない・・・そういう話だった。


「それはいけません!」


 強くこれを問題視したのはリネットだった。


「人間は趣味のために生きたほうがいいんです。

 仕事や使命は人間を強くしますが、豊かにはしません。

 人生をより良くするのは趣味のほうですよ、絶対!」


 はっしとフィンの両手を握りしめ、見たことのない勢いで力説する。

 リネットをどうどうと抑えながらも、チャナがこれに同意する。


「ま、この国で暮らすにしても、ウチらと一緒に戦うにしてもだ。

 趣味のひとつくらいは持っておくのがいいんじゃない?

 友達も増えるかもしれないし」

「チャナは、フィンの友達?」

「ん?そりゃあ、こうやって遊んでるかんね。友達でいいんじゃない?」


 他のメンバーも頷き返す。フィンの顔がぱぁっと明るくなった。


「友達・・・友達って、いいね!もっと欲しい!」

「ふむ。ちょうどここはショッピングモールだ、大抵のものがある。

 フィンくんにとって興味のあるものを探してみるのはどうだろう」

「賛成であります、公爵閣下!!!」


 こうして、今日のショッピングの主な目的は、フィンの趣味探しに決定した。

 各々の趣味を紹介しつつ、フィンの興味を探るという流れだ。








「まぁ、まずは服というのは手堅いだろうね!」

「ド定番、外れなしだからなァ」

「さすがグランフリート最大のモール、素晴らしい品揃えだ!」

「わぁ・・・!可愛い・・・!」


 フィンが、色とりどりの生地、華やかな造形に目を輝かせる。


 レオンの趣味は、ジャンパーやパーカーの収集である。

 軍人だったレオンにとっては、隊服や海戦服が基本であり、非番で私服が着られるタイミングというのは特別なのだった。

 ちなみに、この趣味をより楽しむため、戦隊メンバーの中でレオンだけが普段から隊服を着こんでいる。


「この白いワンピース似合うよな。このタイプのやつがいいのか?」

「これ実は服じゃなくて、ヒレの一部なの。両足出すと勝手にこうなるの」

「だから毎回元通りになってんのか!」


 思わぬ事実に驚くと同時に、“つまり服を所持していない”と気付く一行。

 女性陣ふたりによるフィン着せ替えショーが行われるのは必然の流れであった。

 

 フィンは―――結論から言えば、なんでも似合った。

 可憐で、出すぎても痩せすぎてもいないフィンは、ほとんどの服を着こなせる。

 中でもフィンは、普段着たことのないパンツファッションを気に入り、これを数着購入したのだった。


「せっかく足があるんだから、こういうのも着なきゃね!」

「とってもかわいいですよ、フィン」

「えへへ!ありがとう!」


 その光景に和む一行の中で、織火はなぜか店員に水着の場所を聞いていた。








「おぉ、これは・・・」

「な、なんだよぅ!?なんだー!?

 ウチがこういうの集めてたらなんか悪いのかー!?おおーん!?」

「いや悪いとは言ってないだろ別に」


 チャナがおずおずと脚を踏み入れたのは、いわゆるぬいぐるみの店だった。

 一般的なキャラクターものやテディベアのほか、船上の国家であるグランフリートらしく、海の生物を模したぬいぐるみが多い。


「女の子がぬいぐるみを買うことの何がおかしいというのでしょう。

 何もおかしくありません、完全にオッケーです」

「いや・・・うぅ・・・そういうことじゃねーんだよなぁー・・・」


 チャナは見守る男性陣の顔色を嫌そうに伺いながら、ひとつのぬいぐるみを選ぶ。

 顔を半分うずめながら持ってきたのは、大きなカニのぬいぐるみだった。


「―――あっ?」

「あうううう~~~・・・!!」


 それを見て、オリヴァーだけが素っ頓狂な声を上げる。

 そして、チャナは半分出していた顔を完全に隠してしゃがみ込んでしまった。


「お、お前!そんなもんまだ覚えて・・・!」

「わぁーっ!!!

 うるさいうるさーーーい!!!言うなーーーっ!!!」


 これ以降は繰り返し。

 チャナはひたすら真っ赤になって叫び、オリヴァーは困惑するのみだった。


 オリヴァーとチャナには、お互いにしか知らない過去がある・・・というのは、新人である織火やレオンにも何となくわかってきている。多分それ絡みだろうと判断し、この珍妙なやりとりをやんわり見守るだけにした。


 一方のフィンはというと、店員に対して何かを熱心に質問していたが、最終的には残念そうに戻ってきた。理由をたずねても、「欲しいぬいぐるみがなかった」としか答えない。

 結局、ぬいぐるみショップはチャナがグロッキーになるだけで終わったのだった。


 その間、織火はなぜかぬいぐるみとスマートフォンをしきりに見比べていた。








「私の趣味が、フィンに理解を示してもらえるか・・・少し不安ですね」


 そう言いながら、リネットは迷いなくモールを進む。どうやら定期的に通っているようで、行き先は分かっているらしい。

 やがてその足は、ひとつのテナントの前で止まる。


「着きました。ここです」

「えっ、ここ?ホントに?」


 ショーウィンドウに並んでいる、やけにゴツゴツとしてカラフルな銃や、これまたカラフルでカクカクとしたプロポーションのロボット。

 かと思えば、スタイリッシュな体型のロボットがポーズを決めてもいる。戦闘機やモーターボートにはアンテナが生えている。キャラクターやマスコット。

 ウィンドウ越しに見えるのは、大小さまざまな箱・箱・箱。


「・・・おもちゃ屋さん?」

「そう、ホビーショップです。そして私の趣味はさらに奥」


 ツカツカと速足で店を歩くリネット。表情は何も変わらないようでいて、明らかにテンションが上がっている。

 そしてたどり着いたその一角にあったのは、これまた箱の山。

 脇を固めるように配置されている、スプレー塗料やニッパー、鉄のやすり。


「プラモデルを作るのか、リネット!」

「小さいころから・・・父の影響です。

 集中力が身に付く上に飾って楽しい。プラモは素晴らしいものです」

「そういや俺も作ったことねぇなぁ、プラモって」

「案外男のロマンに興味ないもんねオリヴァーは」


 フィンが、積んである箱と、完成品の展示を興味深く見比べる。


「・・・・・・・・・この箱の中に、こっちが入ってるの?

 じゃあ、箱がずいぶんおっきいね?」

「中に入っているのは、バラバラの部品です。

 部品を組み立てて、自分で完成品の形にするんですよ。

 半分パズルみたいなものですね」

「むずかしそう・・・」

「大きいものはそうですが、小さいものなら簡単ですよ」

「そうなんだぁ」


 ますます興味深そうに話に聞き入るフィン。リネットも、あまり大っぴらに趣味の話をすることがないのだろう、どこか楽しそうだ。

 

 そんな話を聞きながら・・・これまであまり発言がなかった織火が、突然妙なことを口走った。


「あ、そうか。プラスチックじゃん」

「・・・?・・・えぇ、まぁ・・・プラモデルですから、プラスチックですね」

「じゃあこっちだな・・・どっちかっていうと・・・」


 織火は再び自分の世界に入っていく。

 そろそろ全員が織火の様子がおかしいことに気付いていたが、特に影響もないので放置されるのだった。








「順番的にはグラッツェル隊長殿でありま「酒とタバ「全隊進め!!!!!!」








「ふむ・・・みんな、腹具合のほうはどうだろうか」


 エセルバートは飲食店街の前で立ち止まると、そんな質問をする。

 フィンの趣味探しをしつつ各々の買い物をいくつか済ませ、気付けば時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。


「おなかへったぁ」

「恥ずかしながら自分も少々空腹を感じております」

「昼が早かったからな・・・俺もちょっと」


 主賓のフィンをはじめ、織火やレオンも軽い空腹を訴える。


「よければ私の趣味紹介を兼ねて、少し早めの夕食というのはどうだろう。

 当然、ここに関しては私が公費から支払わせて頂こう」

「もう大賛成ですねそれは、もう、たった今おなかが減りました」

「リネットって意外とバカだよねー!」

「なんでしょうか、高いディナーの前に民はすべて卑しいんですよ」

「言外に高い店を要求するじゃないかきみ!」

「しかしチャナさんも食べたいのだった!うまいのをくわせろ!」

「俺もまぁハラは減ってんなぁ。へへ、酒飲めるとこにしてくれ」


 各自の意見を聞きながら、エセルバートはマップを見る。


「ではそうだな・・・スシにしようか。

 軽くつまめるし、オリヴァーも酒は飲めると思う」

「いいねぇ!高級スシ!」

「パックもの以外を食べるのは初めてかもしれません・・・!」


 説明するまでもないとは思うが、スシとは魚介と米を使った料理である。

 『大水没フラッド・ハザード』の前までは、各国で見られるとはいえほとんど日本独自の食文化だったが、世界中で漁獲が平均化されると共に、スシは万国共通のポピュラー料理として認識されている。

 安いものと高いものの差が激しく、高いものは庶民には手が出ない・・・というのは水没の前からさほど変わらない。公爵御自ら推薦の一店とあらばそのクオリティには否応なく期待が高まった―――が。


「・・・フィンはスシで大丈夫なのか?」


 織火は、これに明確に異論を唱えた。

 唱えたのだが、不思議な言い方だった。自分の好き嫌いではなく、なぜかフィンを引き合いに出す言い回しに、一同は首をかしげる。


「フィンとスシに何かあるのかい?」

「え、だって」


 当然の聞き返しに、織火は―――当たり前のような顔で、それを口にした。

 今日という日の間、常に無視されてきた事実。

 たまたま今日、ここで向き合うことになるだけの・・・当然の事実。


 織火だけがその問題を忘れていなかった。






「フィンって、魚だろ?魚食って大丈夫なの?」


                         ≪続≫

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