第3章 -12『スタート地点』
「オルカ。それは・・・その、どうだろう」
沈黙に凍り付いた空気の中、最初に口を開いたのはレオンだった。
「確かに、フィンは
だが今現在の彼女はグランフリート戦隊の仲間だ。
巨魚と戦う我々が、仲間を巨魚だと考えるわけにはいかないだろ?」
織火は、少し「うーん」と考え・・・そして、シンプルな疑問に行き着く。
「それで言うとレオン。
お前も自分を『軍人だ』って言うけど―――軍人じゃないよな、今は」
「!・・・なるほど・・・それは、確かにそうだ」
「俺たちの考えとか、フィンがどう思うかとか、それぞれあるだろうけど。
事実フィンは魚の性質を持ってる。
ヒレとかウロコがあるし、水中で呼吸もできる。
そこを考えるって、そんなに変なことじゃないだろ?」
「水中で・・・・・・・・・あっ!」
聞きながら何事かを考えていたリネットは、はたと今日の出来事を思い出す。
ぬいぐるみ屋でのフィンと、ホビーショップでの織火。
「・・・フィン、ひょっとして・・・防水のぬいぐるみを探してたんですか?」
「うっ」
フィンはハッキリ答えなかったが、表情が完全に肯定していた。
照れたような、ばつが悪いような笑いで答える。
「え、えへへ・・・水の中にいるのは、好きだから・・・。
かわいいぬいぐるみを、水の中に持っていけたらいいなぁーって・・・」
その表情は、だんだん寂しげに曇っていく。
叱られるのを待っている子供のようだった。
「だけど・・・私も、みんなの仲間になって・・・ここで暮らすんだもん。
人間にならなきゃいけないのかな、って・・・
一日、あっちこっちを回りながら、思ったの・・・」
再び一同は沈黙する。
先ほどのような凍り付きではなく・・・好意から来る停止。
なんと声をかけたらいいのか、分からない。
その中で、リネットだけが、確信的な笑みを浮かべていた。
「オルカ。あれ、そういう意味ですか」
「あぁ・・・まぁ、プラスチックだからな。ちょっとはマシだろ」
「フィン。ぬいぐるみは、確かに水の中に持っていくには向いてません」
「うう・・・やっぱり、そうだよねぇ・・・」
「ふふ。大丈夫ですよ」
「へ?」
リネットは、今日一番にえへんと胸を張る。
まるで自分自身を誇るのと同じように、その事実を主張する。
「プラモは、作り方を工夫すれば水の中で楽しめます!」
「えっ!!ほんと!?」
「手入れや条件はありますが、浮かべて遊ぶプラモもありますからね。
まぁ、ぬいぐるみも方法がないわけじゃないでしょうけど。
難易度で言えばプラモの方がお手軽なはずです」
「な、なるほどー!!」
理想実現の兆しに、ぱっと表情を明るくするフィン。
嬉しそうに見つめるリネットに引っ張られるように、他の面々もだんだんと自分の意見を出してくる。
「ぬいぐるみは・・・例えば、うすーくコーティングしてよ。
水の中に常にあるようにすればどうだ?」
「ダメー!!ふわふわしないじゃんそれじゃ!!ふわふわ大事っしょ!!」
「あァ、それもそうか・・・」
「ぬいぐるみとは少し違うが、キャラクターを模した庭木があるだろう。
あのようなものを作るというのはどうだろう」
「なにそれなにそれ!」
「あーっとな・・・・・・・・・あったあった、こういうやつだ」
「かっ、かわいいーーー!!!」
盛り上がる議論を、レオンと織火は少し外れて眺めていた。
レオンは、自嘲的に目を細めて呟く。
「どうにもぼくは頭が硬いみたいだな・・・」
「お前はそれでいいんじゃないか。
ちゃんと仲間のことを考えてたからこそ、フィンを人間扱いしたんだろ」
「だが、仲間というレッテルを張って、フィン自身を見ていなかった。
誰もがみんな、『みんなと同じがいい』と考えるわけじゃないのにな・・・」
織火は、レオンの原動力を知っている。
自分の力が、誰しものもになればいい。
同じになりたい、共有したい・・・それがレオンという青年の核。
根幹にある感情を否定することはできない。
だが、織火は・・・それとは真逆の教えに救われたことがある。
この不器用で優しいライバルに、伝えなければと思った。
「隊長に言われたことがあるんだ」
「ん?」
「『異なることを誇りに思え』・・・って。
まぁ誇りだなんて、そういう言葉は大げさかもしれないけどさ。
スタートラインの違いが大事なこともある」
「・・・・・・・・・そうだな。
ぼくは軍人から、君は民間・・・いや、スプリンターから始まったように」
「フィンは・・・巨魚から始まった。
―――多分それだけなんだ、俺たちって」
そう言ってから・・・ふたりはフィンとの出会いを回想し、思わず笑った。
「それにしても衝撃の出会いだったけどね、あれは!」
「俺のほうがビビったっての。
前の日の晩に会話した女の子が、水槽に入ってんだぞ・・・!?」
「そうそう、水槽に・・・・・・・・・」
「水槽、に・・・・・・・・・入って・・・」
―――ふたりの脳裏に電流が走った。
これまでフィンと交わした会話。今日見せたフィンの興味。
フィンの種族や性格。
これまでの経験。
「「それだあッ!?」」
「ひゃあ!?」
やいのやいのと話し合う一同を押しのけ、ふたりは慌ててフィンに迫る。
「ど、どうしたのふたりとも?」
「フィン!君、水槽の中はどう思った!?
インタビュー中とか、寝る前とか!」
「それは何とも・・・いや、うーん、でもそうだなぁ・・・
『つまんない』とは思ってたかな」
「逆に何にも興味ねぇ隊長の女とかギャンブルの話は!?」
「おいテメェ」
「わかんなさすぎて何とも思わなかった。もう別に聞かなくていいかも」
「フィン・・・・・・・・・・・・」
勝手に流れ弾で死んだオリヴァーには構わず、織火とレオンは確信する。
「つまり・・・興味があって、改善したいから、つまらないと思うわけだ!」
「決まりだね、これは。そして盲点だったね」
「・・・・・・・・・あっ、そーゆーこと!?なるほど!?」
「あぁ・・・それは、確かにそういう考え方もありますね・・・?」
「えっ、えっ、えっ?なに?私がなんなのー?」
話が見えず困惑するフィンに、レオンは回答を告げる。
フィン自身、自然すぎて気付いていなかった、その『興味』。
「―――水槽だよ!
今日だって、水の中に飾るものを欲しがってるじゃないか!
中にいて楽しい水槽が欲しいんだよ、きみは!」
「あ―――あああっ!?」
フィンの体に、金色の電流が走る。
そう。
フィンは実のところ、水槽の中に入ること自体には抵抗がない。
入った結果―――その水槽が、面白くないことが嫌なのだった―――!
「いやぁ、なかなかすごい趣味じゃんそれは!
自分目線でのアクアリウム作りて!」
「私たちもボンベとか使えば楽しめるんでしょうけど。
そこで眠れるかと言われると、それはフィンだけの贅沢ですね」
「そ、そうだったんだ・・・!!私、そうだったんだぁ・・・!!」
「と、なると・・・こういうモールよりは、なんか専門店なんだな」
「いっそオーダーメイドもアリじゃん?
フィンの場合は生活スペースを兼ねるし、家具とか置こうぜ」
「わぁー!!それいいー!!すごいー!!」
フィンは、自分自身の新たな一面を発見し、大興奮だ。
そして興奮が―――ある現象を励起する。
ぐううーーー。
「ぅやっ」
「あっ」
「お?」
「ううう、そういえば、おなかへってたぁ・・・」
苦笑しながら、エセルバートが訪ねる。
「それで。最初の質問に関しては、どうなのかな?」
「え?・・・ああ!」
人型の巨魚にしてグランフリート戦隊見習い、フィン。
金色の鯨を駆り、邪悪なる巨魚にその身を狙われる、悲劇の少女。
この世界を海へと沈めた大罪人、ハロルド・マクミランの関係者。
彼女の趣味は、自分の入るアクアリウムの作成である。
酒やタバコに興味はなく、友達はまだ少ない。
生きている限り―――事実は増え、知られ続けるだろう。
そして日曜日のおわり、新たな事実がここに判明する。
「私、ブリが好きです!」
フィン。種族は巨魚―――魚は、普通に食べる。
≪続≫
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