第3章 -9『王位』



「―――こういう時ってさぁ」


 いずことも知れぬ海岸。

 その少年は、手元で貝殻を弄びながら、興味なさげに呟く。

 純白の髪、青白い肌。ただ瞳だけが、不自然なほどの銀色。

 あちこちにベルトのついた純白のロングコートを着ている。

 ベルトの一部は、歩けば引きずるほどに長い。


歯牙の王トゥースを倒したか!だが奴は我らの中で最弱!

 ・・・とかっていうのを、出て行って言うべきなのかなぁ?」


 問いかける先には、赤いパーカーの大男がいる。

 フードを目深にかぶり、顔は伺えない。返事もしない。

 少年はふぅと溜息をつき、貝殻を放り投げた。


「ま、お前はこんな冗談に付き合わないよね。

 歯牙のバカ以上に、次の深祭シンクのことしか考えてないんだから」

「当然だ・・・」


 大男はわずかに顔を上げる。

 一瞬のぞいた目は、爛々と赤い輝きを放っている。


「・・・お前こそどうなのだ、脚の王レッグス

 まさか一切興味がないわけでもなかろう」

「そりゃあ当然!ないわきゃないぜ!

 アイツは灰色等級の数合わせで王に上がっただけのバカだったけどね。

 しかし目的や主義主張は、俺もアイツと大差ない。

 今度こそキッチリ、ぜーんぶ沈めてやらなきゃな」

「では、歯牙を援護すればよかっただろう・・・」

「いやいや援護はお前もしなかったろ!

 手出しするなってのは俺の意思じゃない、あくまで命令!」

「命令がなければ?」

「してるワケないよね~!ハハハ!

 死んでスカッとしたよ、あんなきったないバカ!アハハハハ!」


 脚の王レッグスは腹を抱えて笑い出す。

 赤いパーカーの男は、付き合い切れないとばかりに踵を返す。


「待て待て、聞けって!

 俺は、手段に関してはちょっと疑問なだけなんだよ。

 あのフィンってオンナ、一回しくじってるワケでしょ?

 信用できないんだよねー正直」

「・・・あの方の考えに背くか?」

「背きたくもなるでしょうよ、なあ。

 役に立つかどうかも分からねえオンナのために命張れってか?

 そういうのイライラするんだよ・・・ああクソ、発散しねぇとキレそうだ・・・」


 言いながら脚の王は頭を抱え、胸元をかきむしった。

 そのたびに銀色の電流がバチリバチリと走る。コートに結ばれたベルトが、まるで意思を持つかのようにぐねぐねと動く。


「なぁお前、お前でいいからちょっと遊ばない・・・?

 マジでキレそうなんだよ、殺しはヤバイけど血くらい見てもさぁ・・・!」

「・・・フン」


 男は見下すように振り返ると、赤い光を両腕に宿す。

 バキバキと音を立て、そこには光と同じ色・・・真紅の殻が形成された。


甲殻の王シェル、お前父さんから頼りにされてんだろ・・・!?

 相当、強いんだよなぁ!?ハハハ、ちゃんと発散させてくれよ!!」


 頭をガリガリとかきむしりながら脚の王は笑う。

 無数のベルトが矢か槍のように甲殻の王へと撃ち出され―――




「―――ストップです、おふたりとも」




 ―――それを受け止めんとする甲殻の王の眼前に、女が舞い降りた。

 

 くすんだオレンジの髪をした、すらりと長身の女。軍服のような服と帽子。

 両目が閉じられているにも関わらず、その顔はハッキリと脚の王を向いている。


「―――げぇ、眼の王アイズ・・・!」


 女を見るや、脚の王は寸前でベルトを止める。

 そして、あれほど荒れ狂っていた態度が落ち着き、そしてすぐげんなりとした。

 女はというと、やんわりと笑い、ベルトの先をつついている。


「フフフ・・・王の私闘は禁止されていますよ」

「なんだよ、見られてたのぉー!?

 父さん側も俺のこと信用してねぇー!萎えるわー!

 ちょっとケンカしてじゃれ付いたぐらい、いいじゃんいいじゃーん!

 ヤダーーー!!」


 浜に体を投げ出し、駄々をこねるように、じたばたと手足を動かす。

 一緒にベルトもぐねぐね動く。


「フン・・・どうしてあの方はこんな男を王にしたのか。

 俺は疑問符が絶えんよ・・・」

「フフフ、そう言わずに。殺傷力は私もあなたも勝てないでしょう?」

「それもまた腹立たしい限りだ・・・」


 殻を光に返し、両腕を所在なさげに振る甲殻の王。

 外れかかったフードを深く被りなおす。


「それで、お前が来たのなら何か連絡か」

「はい。

 おふたりとも、一度『底の城ボトム』へお戻りください。

 父祖さまが、『王全員に招集を』・・・と」

「なんと、全王に招集を・・・」

「マジ!?

 あっ、いやでも今帰ったら叱られるじゃん俺」

「じゃあ、なおさら行かなきゃいけませんね」

「ヤ、ヤダ!俺ヤダもん、ヤダヤダ!行かないかんね!」

「うるさいぞ・・・」

「ヤダーーーーーー!!!おこられるーーーーーー!!!」

「フフフ」


 甲殻の王が服の後ろ首をガッシリ掴み、引きずる。

 引きずられながら泣き叫び、じたばたと抵抗していた脚の王は・・・突如、ぴたりと声と動きを止める。

 その目線はどこか、探るようにあたりを伺っていた。


「――――――――――――眼の王アイズ

「・・・ええ・・・そうですね」


 眼の王が、閉じられた両目を開く。

 燃えるようなオレンジの瞳。それは全くの比喩ではなく、事実として、その虹彩は炎のように揺らめいている。

 あたりをぐるりと見渡し―――ある一点で止まる。

 砂浜の外れ、岩肌が突き出ている場所。


「―――その陰です」


 指摘を発した瞬間、岩陰の気配がびくりと動き、走りだす音が聞こえる。

 脚の王が嗜虐的に舌なめずりをする。




「どこ行くんだよオイ。

 なぁ、こっちに・・・・・・・・・来いよッ!!」


 


 ベルトが付近の海へと延びる。

 銀色のパルスが海を染め―――そこから、白く太く、長い脚が出現した。


 這うようにうねりながら岩陰を目指し、伸びていく。

 何かを掴む。 




「う、うわっ、わあああーーーーッ!!」




 絡めとられ引きずり出されたのは。小柄な男。


 それは、どこかの国の軍人のようだった。

 軍用のステルス・スーツを着ている。


「くっ、離せ・・・離せぇっ!!」

「わめくな・・・」

「軍人かあ・・・!

 楽しむにはちょっと小さいし弱っちぃけど、まぁいいか・・・!

 今ちょっと俺さあ!叱られそうで嫌なんだよね!アハハ!

 遊んでくんない!?遊んでもらえるよな!?」



 

 脚の王が進み出る。

 息荒く興奮し、三日月のような口で笑う。

 嗜虐に細められる目の奥に、横に長い瞳孔が光る。






「かわいそうに。

 ―――






 立ち上がる銀色の巨魚。

 兵士が最後に見たのは、その足が迫る光景。


 ―――その最後の光景は、彼が息絶えるまで数時間続いた。


                           ≪続≫

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