第3章 -8『VS〈歯牙の王 & 灰色のガーディアン〉③』


「ヌ、ゥウウウッ・・・―――――――ッ!!!」

「・・・あのふたりがやったか・・・!」


 背後から響いた轟音。

 戦闘を一瞬止めて振り返ったエセルバートと歯牙の王トゥースは、両断される〈ガーディアン〉を目の当たりにした。

 真っ二つに割れた〈ガーディアン〉の巨体は、単なる灰色の水となってボロボロと崩れ落ちて行く。


「―――・・・・・・・・・ッ!!!」


 それを見るが早いか、歯牙の王は尾をひるがえした。

 半身を水面上に出し、あとにトラバサミを残して追跡を妨害しながら泳ぐ。


「逃がさん!」


 エセルバートも追いすがるが、逃げ一辺倒となればすぐには追い付けない。

 わずかに距離を縮めては、妨害攻撃によって開けられる。

 ここにきて戦闘は、正面対決から、新たな局面へと移行した。






 ―――時を同じくして。

 デア・ヴェントゥスは大きな被害もなく、フィンを乗せた〈金色のガーディアン〉の真下まで到達した。

 散発的な襲撃はあったが、全てごく小規模であったため、防衛用魚雷とリネットの援護射撃で対応が間に合った。


 見上げた〈金のガーディアン〉は、既に半分崩れかかっている。空から零れ落ちる金色の雫。その光景はどこか幻想的でもあったが、見惚れてはいられない。


『フィン!!聞こえるか!!ドクター・ルゥだ!!』

「はぁ・・・はっ、ドクターさん・・・?」

『やはり消耗が激しいか・・・!

 中に水槽を積んできた!リネットを迎えに行かせるから、船へ移れ!』

「こっちです、フィン!」

「・・・あ、ありがとう・・・」


 リネットに抱えられたフィンは、ぐったりとその身を預けた。

 呼吸は荒く顔は蒼白、体温は氷のように冷えている。

 しかし、その眼差しは強くハッキリとしていた。リネットの肩越しに、崩れ落ちる〈灰色のガーディアン〉を睨む。

 その目線は、そのまま少し落ち、泳ぐ歯牙の王へと向く。


「・・・ッ・・・追わなきゃ・・・!

 アイツはずるくて、執念深いから・・・!

 ・・・放っておいたら、またっ・・・どこかでひどいことをするよ・・・!」

「私たちも手伝います。必ず倒してやりましょう。

 だからまず、少しでも体を回復させましょう」

「・・・うん、ありがとう。おねがい」


 フィンが離れると、すぐさま〈金色のガーディアン〉は崩壊した。

 デアの周囲の海に、金色の水として残るのみとなった。


 ブリッジに上がるとすぐさまフィンは水槽に入る。

 人魚の姿になると、顔に少しずつ熱の色が蘇ってきた。

 そして、フィンは深々と頭を下げる。


「・・・みんな、ありがとう・・・本当に・・・」

「礼や謝罪はことが終わってから受け取るよ。もちろん説明もね」

「また水槽の中で悪いが、しばらく我慢してくれ」


 織火とレオンは、気にした風もなく答える。


「ノエミ、ヤツの様子は?」

「偵察用のドローンを飛ばしてるッス!映像出すッスよ!」


 逃走を続ける歯牙の王と、追走を続けるエセルバートが映し出される。

 相変わらず両者の距離は一定で、このままでは千日手のように見える。

 だが、その進路が問題だった。


「・・・逃げている方向には、隊長たちがいますね」


 少し離れたところにいる、もう一機のドローンにカメラが切り替わる。

 確かに、そこではオリヴァーとチャナが装備の応急メンテナンスをしていた。

 目線は歯牙の王が近付く方を見ている。恐らく、事態には気付いているだろう。


「・・・〈ガーディアン〉を目指しているのか?

 確かにヤツが再び融合すれば再生することは考えられるが・・・」

「公爵閣下と隊長殿・副隊長殿に挟まれては、難しいことでありますな」


 


(・・・・・・・・・・・・・・・なんか、おかしい。どっかが変だ)


 織火は、この状況に不気味なものを感じていた。

 直接戦った感覚。聞いていた発言。そしてフィンの認識。

 その全てが、違和感を与えている。


(・・・・・・・・・・・・?)


 フィンが歯牙の王を評して曰く・・・『ずるくて執念深い』。

 織火は、さきほどの敗戦を思い返していた。

 どれほど怒りのままわめき散らしていても、奇襲攻撃への対応、戦法や戦略など、決定的な部分では冴えている・・・というのが、織火から歯牙の王への印象だった。


 それが―――明らかにただ、逃げている?

 特記すべき戦力が待っていると、分かっているはずの場所へ・・・?


「・・・ッ・・・!」


 考えながら少し態勢を直そうとすると、切り傷の大きい右足が痛んだ。

 トラバサミでつけられた傷。

 水中から湧き上がる、歯牙の王の無数の攻撃。

 痛む部分を抑えながら顔を上げると、水槽の中でうずくまるフィンが見えた




 


 ―――その瞬間、織火の脳裏にフラッシュバックが走る。

 研究施設でフィンを見つけた日の光景。

 






「―――罠だ、ノエミさんッ!!今すぐ船を動かせッ!!」

「へっ!?」


 織火がそう叫んだ瞬間。

 デアの周囲の金の水を、さらにぐるりと囲むように・・・灰色のパルスが出現した。


「これは!?」


 それはみるみる確かな輪郭を獲得していく。

 やがて・・・・・・・・・硬化水質で作られた、巨大な歯牙を形成した―――!


「やられた・・・逃げ場がねぇ・・・!!」






「―――バカな、あれは!?」

「・・・・・・・・・フゥアハハ、ハハハウフフハハ・・・!!

 ゥアアアアアハァァアアアアハハハハハハハア―――ッ!!!」


 遥か遠くに見える危機に気付き、エセルバートが足を止める。

 歯牙の王もまた逃げるのをやめ、勝ち誇った高笑いを発した。


「あの船がフィンを目指しているのは分かって、知っていた!!

 ならば船ごと噛んで砕いて砕いて、フィンを手に入れるゥウ!!」

「くっ・・・待っていろ、今すぐ」

「行けると思っているのか、エセルバァアアアアトォ!!!」


 歯牙の王が叫ぶと、今まで完全に沈黙していた新たな群れが、南側―――現在地と真反対の地点に大量に出現した。

 南側・・・すなわち船尾側には推進機構など重要なパーツがいくつも存在するため、未だ市民の大部分が警戒を続けている。


「な―――」

「自分の全てより重いんだろォオ、あの弱っちぃ藻屑どもがァ・・・!?

 お前が助けに行かねばどうなるか、なんとなるかなァアアッ・・・!?!?」

「貴、様・・・ッ!!」

「ウフアアアッフフッハハハァア、悩んでいては間に合わんぞォオ!!

 手遅れ手遅れ、全てェエエエ―――ッ!!」


 ゆっくりと崩壊を続けていた〈灰色のガーディアン〉が、いきなり急激に崩れ・・・即座、エセルバートの足元から首だけが再生し、強襲。

 一瞬の焦りに付け込まれたエセルバートは完全な回避が間に合わず、ガードをした姿勢のまま大きく吹き飛ばされる。


「ぐぅ―――ッ!!!」


 吹き飛ぶ先に、事態を理解したオリヴァーとチャナが駆け付ける。

 間一髪、水面に叩きつけられる前にその背中をキャッチした。


「おっ、と・・・!!大丈夫か、エッセ!!」

「く・・・すまない・・・!」


 そうしている間にも、〈灰色のガーディアン〉は急激に再生し―――今度は、最初に出現したものと同じ、数十メートル級のサイズで立ち上がった。


「野郎・・・最初から、俺らもこっちに分断する気だったな・・・!!」

「ウチらが、小さく作ったってこと!?」

「多分な・・・!!」


 歯牙の王は〈灰色のガーディアン〉と融合する。

 首を水中に突っ込む。


〔さぁさぁさぁ帰るぞ、帰るのだフィン、フィンンン・・・!!!!!

 フィィィィンンンンンアアアアアアア!!!!!!!!!〕






 灰のパルスが海を瞬く間に走り、デア・ヴェントゥスに届く。

 

「やめ―――」


 そして閃光・・・・・・・・・歯牙は、ばくりと閉じ・・・・・・・・・沈んだ。


 ―――無音。あとにはなにもない。






〔―――・・・ゥゥゥゥウウウウウウウウウアアアアアアアアアア・・・!!!

 アアアアアアアアハアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!〕





 

 ―――絶叫。

 勝利の愉悦と成功の刺激、極まった狂喜。

 人ならざる感情が、不快に大気を揺るがした―――。
















「―――――――――――――――許さない」















 ―――金色。


〔ア―――?〕


 金色の光。

 金色の光。

 金色の光、光―――光。


 巨大な歯牙の沈んだ地点から立ち上る、金色の光の柱。

 海を染め上げ雲を割り、全てを照らす。

 金色だけが世界に満ちていく。


〔アア―――アア、ア―――?〕


 その中心から、粉々に砕けた歯牙の破片が浮かび上がった。

 ―――水面に、ではない。重力を無視し、空へと浮かんでいく。


 次に見えたのは、翼だった。

 金色の翼。


 〈灰色のガーディアン〉が、ブルブルと震えだす。


〔ウアア、アアアッ―――アアアアアア――――――!!!

 何故―――何故、何故、何故、何ッッッッ・・・故ェエ!!!!!〕


 やがて、全体像が見えた。


 金色のライトライン。

 白い流線形のボディ。

 放熱スリットからあふれ出す、金色のパルス




〔何故、ニンゲンの船にッ!!!!

 ―――〈ガーディアン〉の翼がァアアアアアアッ!?!?!?〕




 そこにあったのは―――翼を生やして浮かぶ、デア・ヴェントゥスだった。








「―――――――――ぜったい、ぜったい・・・許さない―――ッ!!」


 ―――巨大歯牙が閉じ、水中に引きずり込まれる、その直前。

 フィンは水槽の中から、デア・ヴェントゥスの動力炉にパルスを送り込んだ。

 

 そして・・・

 極大のパルスで、歯牙と水圧から船を守った。


「フィン―――お前」

「私に、武器を・・・くれるんでしょ・・・!?

 守られてばっかり・・・籠ってばっかりじゃ、嫌だから・・・!!

 私だって・・・ボロボロになっても、たたかう・・・たたかうッ!!」

「だが、こいつは―――これはこれでヤバいぞ!?」


 フィンが用いた手段は、決してバリアではない。

 抑えきれないほどのパルスで満ち満ちたデアは、

 いつ爆散してもおかしくなかった。


「このままじゃどのみち時間の問題・・・」

「いや―――ドクター、これでいこう」

「なに?」


 それはノエミの声だったが、様子が異なる。

 いつになく抑えた声。振り替えると・・・ノエミは、鼻から血を流していた。

 尋常ではない速度でコンソールにログが流れていく。


「ドクター!!みんなも!!指示通り動いて欲しい!!」

「・・・分かった、どうすりゃいい!!」

「なんなりとご命令を!!」

「まず三人はデッキへ!!自分のパルスを、船体の前面に流して!!」


 織火たちは即座にデッキへ上がる。

 そして指示通り、パルスを船首へと集める。

 本来水にしか流れないはずのパルスは、フィンのパルスの流れの中で自由に動く。

 やがて、船首の前には青いドームのようなフィールドが生まれた。


「ドクターは水槽のエネルギー経路を、全部!!ひとつ残らず!!

 メイン動力炉に繋ぎ変えて!!あとの心配はしなくていい!!」

「分かった!!」


 ドクターがパネルを操作。

 エネルギーの流れを示す表示が全て、メイン動力炉に向かう。

 出力は計測不能、とっくにオーバーロードの警告が出ている。


「そしてフィン!!」

「はい・・・!!」


 ノエミは言葉を切ると、フィンに振り返った。

 全ての設定を完了、船とのリンクを切る。

 そして・・・いつものノエミの声で、その指示をした。


「やりたいように、やってみればいいッスよ」

「―――――――――わかった!!」




 金色に輝くデア・ヴェントゥスが、〈灰のガーディアン〉にその船首を向ける。

 〈灰のガーディアン〉は、びくりと身を震わせた。


〔ア―――アアアッ、ア!アア!ウウウウ・・・!!!

 アアッアアア、アアアアアア!!!!ウアアッアアアアアアア!!!!〕


 その声には、恐怖を除くいかなる感情も込められてはいないかった。

 ただ、焼けるような青と金色。そこから目が離れない―――。




『オルカ!!』

「フィン!?」

『―――いっしょに!!』

「―――ああ!!」


 


 織火が、前へと歩み出る。

 黒い腕を突き出す。船首のパルスに触れ、青く輝く。


 轟音。

 金の光が飛ぶ。青い光が走る。

 

〔ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!〕


 〈灰色のガーディアン〉が、最大出力のパルスを放つ。

 もはやその声には、感情も意味も込められていない。

 ただ本能が死を悟り、理性がそれを認められず、野生が攻撃を放った。


 


 青と金。

 螺旋を描く流星となって、デア・ヴェントゥス・・・織火とフィンは天を駆ける。




 放たれたパルスを、風を雲を海を、まとわりつく重力を。

 全てを輝くままに切り裂き―――〈灰のガーディアン〉へと到達する。




 散っていく。

 散っていく。

 身を守る全てが、光の中に散っていく。


「―――いや、だ―――」


 胸元に穴が穿たれる。

 歯牙の王は、その穴の中、孤独のままに座す。


「―――いやだ、いや、いや、いやだいやだいやだ―――!!」


 最後の理性が、穴の表面を防護する。

 泡のような、透明な防護膜。水槽のガラスに似ていた。


 声は誰にも聞こえない。

 もうどこにも逃げ場はない。




「何が、嫌なんだ」


 

 織火が飛び込む。

 青い拳が、防護膜を叩いた。


 フィンの水槽に、ヒビが入る。 






「―――テメェなんかより、フィンの方が!!

 嫌だったに決まってんだろうが――――――ッ!!!!」

 



 


 最後の一瞬・・・織火の拳は、金の光を帯びた。


 防護膜が砕ける。

 水槽が砕ける。

 ありとあらゆるしがらみが、砕け散る。


 


 


 〈灰色のガーディアン〉を突き抜けたデア・ヴェントゥス。

 全ての機能を停止して、水面へと落下する。


 はじける青と金の中に、歯牙の王は断末魔もなく消えていった。


                             ≪続≫

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