第3章 -7『VS〈歯牙の王 & 灰色のガーディアン〉②』
エセルバートが
『みなさん、乗って下さいッス!』
『少しは安全に回復できる!応急処置もしろ!』
「了解!動けるかい、オルカ?」
「すまん、肩貸してくれ」
「お安いご用さ」
三人はお互いをカバーしつつデアに乗り込み、少し離れた位置まで離脱。
傷の応急処置をしつつブリッジに上がると・・・そこには、デア・ヴェントゥスには本来備わっていないはずのものが設置されていた。
「フィンの水槽・・・!?」
「フィンの消耗を考えて、予備動力に無理やり繋いできた。
最大出力は落ちるが、何もないよりマシだろう」
よく見れば、普段は使用されていないソケットやパネルに、大小様々なケーブルが乱雑に絡みながら繋がっている。見た目を気にする余裕はなかったのだろう。
「これでフィンさんを迎えに行くッス!
今回はフィンさんを取られたらそこで負けッスからね!」
「お前たちは出られるようになり次第、艦の護衛を頼む。
魚雷はあくまで護身用程度のもんだからな。
俺もノエミもパルスがないから戦闘はできん」
「面目次第もないッス~・・・!」
「いえ、ノエミさんの操船は優秀です。誰も真似はできません。
ダメージが少ない私が先行して出ます。
オルカとレオンは後で来て下さい」
「頼む」
リネットは予備のパックを背負い、デッキから飛び立っていった。
空は湿気をはらんで曇り空へ。
遠く黒ずむ雲の中、金のクジラの姿は少しずつ揺らぎ始めている。
「向こうは想定通りに推移してるみてぇだな」
「エッセが間に合ったからね、一旦大丈夫っしょ」
同時刻。
オリヴァーとチャナの二人も、付近の群れをあらかた蹴散らし、〈ガーディアン〉を射程圏内に入れつつあった。
危険度が高い本体を無視して自分たちがこちらに来たのは、エセルバートと無言のうちに互いの意図を読み取っていたのもある。
だが何より、二人にはこの巨大にして奇怪なる〈ガーディアン〉を倒し切るだけの自信があった。
「結構久しぶりだよねぇ、ウチら二人で大物を相手にすんのは」
「ここ最近はすっかり隊長が板に着いちまってたからなァ」
強大な敵はまさに目前。
未曾有の異常事態を前にして、二人はあくまでリラックスしている。
・・・否、それは正確ではない。
二人にとっては、強大な敵をたった二人で相手取ることこそ、かつて過ごしてきた『いつも通りの日常』だったのだ。
これならば―――遠慮も配慮も、必要がない。
「さァて!ぼちぼちおっ始めるとするかァ、サナ!!」
「オッケー、オリヴァー!
わたしら『
あのドでかい王サマに教えてやろーじゃん!!」
「―――襲い来るもの!!」
「―――皆殺し!!」
宣言を聞いてか聞かずか、先に動いたのは〈ガーディアン〉。
体のあちこちに灰色の光を浮かばせ、電流を発する。
付近の水面へと落ちた電流は、まるで意思を持って動いているかのように、海面に稲妻を引いて二人へ迫る。
オリヴァーはアンカーで弾き、チャナは水面からジャンプしてこれを回避。
だが、通り過ぎた電流はくるりと折り返して再び追いかけてくる。
「追尾レーザーってか!?」
「や、違う!よく見て!」
言われてオリヴァーが目を凝らすと、電流の先端部に、何かシルエットが見える。
縦向きに平たい、小さな魚。体表はほぼ透明といって良いほどに透き通っており、中に透けて見える骨格も半透明。
「・・・レプトケファルス、ってやつか?」
「あいつウナギっぽいからねぇ。メスには見えないけど」
―――レプトケファルスとは、ウナギやアナゴなどカライワシ上目の稚魚に見られる、ゼラチン質の透明な幼生のことである。
これがあの〈ガーディアン〉の幼生なのだとすれば、本来どうにか一匹持ち帰り、ドクターに提出すれば今後のためになるのだが、
「ま、シラスみたいなもんだよ!」
「そんじゃァ、踊り食いにしてやんねぇとなァ!!」
そのようなことを考慮する二人ならば、この状況で笑いはしない。
追いすがる幼生。さながらホーミング・ミサイルのよう。
それを引き離すでもなく、避けるでもなく・・・並んで視界に入ったものから攻撃。
アンカーで打ち、拳で殴り、ブレイカーで両断し、足で踏み潰す。
シザーで挟み、ガトリングガンで穴を空け、エンジンの炎で焼く。
その怒涛の攻撃には―――驚くべきことに、互いへの配慮が一切ない。
アンカーの軌道上にはチャナがいるし、ガトリングガンの射線の途上にはオリヴァーがいる。攻撃を回避した先に相手がいるかもしれないし、それを分かっていてもその回避経路を取る。
オリヴァーは、最初からチャナの攻撃を防ぐことを考慮している。
チャナもまた、オリヴァーの攻撃は避けるのが当然と認識している。
―――当たって死ぬなら、そいつが悪い。
『襲い来るもの皆殺し』の鉄則。
“地獄の北海”・・・巨魚世界最強最多の地・北極圏。
敵も味方も全員死ぬと恐れられた、最強のツイン・ハンター。
『
この二人にとっては、たったそれだけが絶対のルール―――!
「食い放題も打ち止めかよ!!」
気付けば幼生など一匹もおらず、ただ灰色の血ばかりが海面を染める。
オリヴァーが先行し、半分水で出来ている〈ガーディアン〉の体表を駆け上がる。
次々に表皮に灰色の光が出現し、地割れのような稲妻を刻みながら放電した。
「ぐぉおおお・・・おおおあああ・・・!!!
・・・ハハハハッ、ハァーッハハハハハハ!!!!」
オリヴァーは避けもしない。
もともとここに来るまでに傷だらけ。全てチャナの攻撃だった。
常人なら死に至るパルスを身に注ぎながら、両目を見開き狂って笑う。
背後からチャナが追い付く。
体表から湧き上がる攻撃の全てを、常軌を逸したマニューバで残らず回避。
浴びているのは死のスリルだけ。冷や汗と脂汗、両方を振り乱し、笑う。
「どこやっちゃう!?」
「決まってんだろ、全部だッ!!」
「オォォォーーーケェイ!!!」
チャナが急加速し、オリヴァーの前に躍り出る。
直後、エクルビスからシザー・アームを
それを背後にいるオリヴァーがキャッチする。
「デモリション・スラッシャー、
シザーが変形し、オリヴァーのブレイカーと連結・合体した。
ジャイアント・アンカーよりも、更に巨大。更に凶悪。
ただ重量をもって切断するという思想を、装飾なく体現する。
―――それは、あまりに巨大な剣だった。
オリヴァーはデモリション・スラッシャーを担いで、エクルビスのフロント部分に着地。
「行ッ・・・く、ぞぉぉおおおおおおお――――――ッ!!!!!」
その状態で最大加速したエクルビスは、〈ガーディアン〉による放電の発生速度を完全に追い抜き、ほぼ90度真上に体表を駆け抜け、その遥か上空へと飛び出す。
オリヴァーが、デモリション・スラッシャーを構える。
その背中にエクルビスが結合。
ぐるりと天地を返し、〈ガーディアン〉を見下ろす。
〈ガーディアン〉が真上を仰ぎ、迎撃姿勢を取った。
そのまま飲み込んでしまえそうなほど口を開き、パルスを集束させる。
グランフリートを沈めようとした、あの攻撃だ。
灰の電流が大気に満ちる。
「「『
だが―――それよりもなお荒れ狂う、本物の雷鳴。
轟く破壊の光を背負い、二匹でひとつの悪魔は笑う。
そして火を噴き、落ちていく―――フル・ブースト。
「「―――
―――本日二度目の雷鳴が轟く。
稲光が照らし出したシルエット。
頭から尾の先まで真っ二つにされた〈ガーディアン〉。
それが分かるほど真っ二つに割れた海面。
切断面の中心に突き立つ剣。
その権能者たる二人の悪魔は―――どちらの手柄かを言い争っていた。
≪続≫
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