第3章 -14『重なる』


「―――ねぇ、ドクター。

 臨海公園すぐそばの海上、パルス反応があるッスけど」

「ああ、織火とフィンだろ。ほっとけ」


 ラボにこもって何らかの作業をしながら、ドクター・ルゥとノエミはお互いの顔も見ずに会話する。


「ドローンくらい飛ばさなくていいッスか?」

「お前は人のデートを覗く趣味でもあるのか」

「ちょっとだけ♪」

「フン、悪い奴だな・・・」


 いたずらっぽく笑うノエミに心底呆れた声で返事をするドクター。それに対して、ノエミは露骨に不満をあらわにした。


「ていうかデートって言うッスけどー!

 あのふたりはなんか別にそういうのじゃない感じじゃないッスかー!」

「そういう感じじゃないふたりなら、なおさら覗き見するんじゃない」

「じゃドクターはどう思うんスかぁ?」


 ドクターは興味なさげにフンと鼻を鳴らし、顔も上げずに答えた。


「若者の青春の速度をあまり侮るなよ。

 こうしてる間にも、『まてー』『つかまえてごらんなさーい』なんて、

 やってるかどうかも分からんぞ―――」









「待ぁてぇえええーーーーーーーーッ!!!」

「誰が待つかよバーーーーーカ!!!」


 ドクターの想像をよそに、当の二人は全くロマンチックな感じではない。

 

 


 二人の取り決めたルールは非常にシンプルだった。

 

 ひとつ、『ゴールはフィンが発見されたあの研究施設』。

 ひとつ、『たとえ巨魚が出てきても中断しない』。

 そして最後のひとつが―――




「待てって・・・言ってる、でしょッ!!」


 金のパルスが水面を走り、織火を追い抜く。

 そして進路上で水が何度も爆ぜ、いくつもの壁が出現する。


「その手は通じないって言ってんだろ!!」


 織火はクローを起動しつつ、壁をかわすようにスロープを作る。

 ヘアピンカーブで間を縫いつつ、避けきれないものは破壊。

 無傷で妨害を抜けるも、タイムロスは大きい。


「・・・ヘーイ、おっ先ィ!!」

「あっ、くそ!!」


 織火の走りとフィンの泳ぎ、速度は拮抗している。

 一瞬の遅れで追い抜かれ、また一瞬をついて抜き返すこともできる。


「見てろよ、すぐ並んでやるからな・・・!!」




 ―――最後のひとつ、『パルスの使用を制限しない』。


 フィンはこれまで、自身のパルスに怯えて生きてきたと言ってもいい。

 だから、フィンの呪縛を解くには、自分のパルスを受け入れる必要がある。


 しかし戦いでこれをやろうとすれば、何か別の怯えを生む危険性がある。

 そう判断した織火は、レース・・・競争という形を選んだ。

 

 何より織火は―――正直なところ、のだ。

 自分と同じ能力を持つ仲間とは多く出会うことができた。

 だが・・・スピードを併せ持つ者はいない。

 人間でないフィンは、初めて出会った理想像だった。


 フィンの望みと、自分のワガママ。どちらも捨てずにぶつける。

 彼我の望みの両立。お互いを尊重する結果の戦い。

 

 織火の選んだ『善き戦い』が、このレースだった。




「お前ッ、いい加減引き離れろよ!!」

「や、やだもん!!人間に負けたら魚としてどうかと思う!!」

「俺らはその魚と日夜戦ってんだよ!!」


 フィンのパルスが壁を作る。

 今度は、スロープで回避したり壊したりできないよう、ドームを半分にしたような形で作られている。

 短時間で明らかにパルスの使い方が上達している。パルスに関する感覚はフィンの方が高いのは当然だ。


 織火はブラスターを準備する。

 ここで下手な遠回りなどできない。思い切って一瞬だけ、足を止める。


「―――ッ!」


 射撃姿勢。

 フィンが横を駆け抜けていくのが見える。ひとまずこれでいい。


 ブラスターのチャージ限界が近付く。

 過剰なパルスがバチバチと音を立て、ドームの内側を光で満たす。

 その間にも、フィンは離れていく。




「―――行くぞ・・・ッ!!

 『スピードスター・ストライド』!!!』




 ブラスターを解除と同時に最大加速。

 黒い腕が水を吸い上げ、青く輝くパワーの塊となる。

 金のドームが砕け飛び、青い光が走り出した。


 フィンもそれは分かっていた。時間稼ぎに過ぎない。


「いいか、フィンッ!!

 お前が沈める前の世界に―――こんなに速い人間がいたか!?」

「―――いなかった!」


 フィンは自身にパルスをまとわせた。

 波を切り裂き、加速する。

 光の余波が、進路に無数の壁を生む。

 そのシルエットは、金色のクジラに似た。

 

「こういう壁を、ブッ壊せるような人間がいたか!?」

「―――いないよ!いない!」


 そのすべてが、織火の速度に影響しない。

 光る青の腕は、触れもせずに障害を砕いて進む。

 突き出した腕を中心に、流線形の力場が生じた。

 そのシルエットは、青いシャチに似た。


 ―――距離が縮まる。

 

「そもそも―――海の上で生きてる人間がいたのか!?

 でかい船の上に町があったことは!?」

「見たことない!!そんなのなかった!!」


 気付けば、ロケーションは施設周辺に差し掛かっていた。


 進路上に、鉄の柱が立ち並ぶ。

 ソーラーパネルの支柱。廃棄された施設の残骸。

 

 それは墓標のようだが―――しかし、実際に墓標でなどありはしない。

 世界が沈んでもなお建造され、生み出されてきたエネルギー。

 それは言うなれば、太陽に捧げる希望の碑。水底を悼むものではなかった。


 青いシャチは、金のクジラの尾びれを真正面にとらえた。

 距離はもうあとわずか。


「だけど―――アイツらは、すごく強くて、こわいの・・・!

 私も知らないことだらけだし、どれだけいるかもわからない!!

 いつ、どこで襲ってくるか・・・・・・・・・私と一緒にいれば分からないんだ!」

「ああ、そうだな!」




 青と金がピタリと並ぶ。

 叫ばずとも声が届く距離。


「俺の方が足が速い」

「―――信じさせてくれる?」

「ああ」




 フィンの体から、パルスが離れていく。

 

 それは織火を遥かに追い越して、海底で膨れ上がる。

 やがて、立ちはだかるように、巨大な金のクジラの姿になる。

 ―――〈金のガーディアン〉。



 

 織火は、左の腕でフィンを抱きかかえた。

 自分の左側が生身であることに感謝した。


 織火は、右の腕を〈ガーディアン〉へ向けた。

 自分の右側が鋼鉄であることを誇りに思った。


 ぎゅっと力を込めるフィンに―――織火は、を放った。








「―――俺はワールドクラスだ。

 そこにゴール地点があるなら―――絶対に、離さない!!」








 青い光が、金の光を貫き、管理塔へ突き刺さる。


 〈ガーディアン〉はゆっくりと振り向き―――空へと声を上げた。

 話しているのか。

 歌っているのか。

 それとも、空へ溶けるように泣いているのか。


 やがて声は終わり―――頷くように、その身は水になって消えた。







 管理塔の中腹。

 モニターの並ぶ部屋に、織火とフィンは抱き合って転がっていた。


 腕を包んでいたパルスが消える。

 砕けた壁から差し込む月だけが光を与え、ふたりの輪郭を映す。


 ひとりは、魚の腕を持つ人間。

 ひとりは、人間の体を持つ魚。


 しかし、抱き合って重なる影にはその区別がない。

 どちらも生きていて、顔を見合わせて笑っている。


「―――同着一位、かな?」

「ああ」

「ずっとこうしてたいな」

「それは・・・その、困るだろ」

「アハハ!そうだね、困るね・・・」

「ははは」


 弱く握っていた手が、しっかりと繋がる。

 指を絡め、強く―――強く、お互いを確かめた。




「離さないでね」

「そのつもりだ」




 照らす月は、半分白くて、半分黒い。

 モノクロの夜に、ふたりはキスをして―――日曜日は終わった。


           


             ≪第3章『揺らぐ金色の少女』 終わり≫

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