第4章 -4『火と水の大地』


 ハイドロエレメント。水質新元素、もしくは水質新原子。

 

 現在世界に存在する全ての水は、このナノサイズの物質に満たされている。

 水の運動や状態に対し、温度や重力などと無関係な形で、より直接的に作用する。


 このエレメントは発見された当初こそ全く未知の物質とされてきたが、100年以上研究された現在、ある程度の活用法が確立されている。


 まずひとつが『栄養を持つ』という性質。

 エレメントは、かつて地質に含有されていた栄養素の大部分を内包している。

 これを利用するため、数々の植物が水上栽培可能な形に品種改良された。

 また、抽出することで薬用品に加工することもできる。


 そしてもうひとつ、『エネルギーに反応して水質に影響を与える』という作用。

 熱、電気、あるいは振動など一定以上のエネルギーと反応、水質を硬化させたり、流れを変える。

 どういったエネルギーがどういう形で水質に影響するのかは判明していない部分も多いが、振動によって水質が硬化することだけは実証されている。

 現在一般に流通している船舶のほとんどが、振動を放って船体をその場に固定する係留装置を搭載している。


 


 以上の事実を踏まえれば、水質操作とは、必要なだけエネルギーがあれば誰にでも実現できる行動だと言える。


 しかし問題は―――そのエネルギーの『必要量』にある。


 生半可なエネルギー量では、エレメントはその効力を発揮しない。

 一般に用いられている振動係留装置すら、数十分の準備時間を経て、ようやく船の周囲に十数センチほどの硬化をもたらすに過ぎない。


波使いウェーブ・メイカーたちが異能とされているのは、エレメントに作用するエネルギーを生身の肉体から放てること以上に、『ごく少量のエネルギーで絶大な効果を発揮する』という側面の方が大きい。

 片腕にマウントできるサイズの装置から水面へとパルスを流し込むだけで、広大な範囲に、思い描いた通りの水質変化をもたらす。

 これをこそが波使いの真価だ。




 ―――では。

 膨大なエネルギーを受けたエレメントは、何を引き起こすのか。

 ここに、その実例がひとつある。




 『大水没フラッド・ハザード』の日。

 この未曽有の災害との間に、いかなる因果関係があったのか、なかったのか。

 それは今日までも不明のままだが、ともかくハワイ州マウナ・ケア火山はこの日、観測史上最大の大噴火を起こした。

 

 マグマの柱は、まるで赤くねじれる大樹のように噴き上がって広がり、黒い噴煙は天気の有り様を変えていく。

 そして同時に・・・マグマが侵略するはずの大地は、轟音を引き連れて流れる怒涛の水でみるみるうちに満たされていく。

 船に逃げ延びた民衆は、まさにこの世の終わりをそこに見出したという。




 しかし、直後―――そこで彼らが見るのは、滅びではなく。

 神話という形でしか語ることのできないような、創世の光景だった。




 マグマが流れ落ちたところから、海がスパークするように光を放つ。

 マウナ・ケア火山を完全にその光が囲んだ、次の瞬間。

 

 


 瞬間的にエレメントの密度が高まったところに、噴火により表出した膨大な地熱が作用し・・・光る水はうねりながら山の斜面を登り、まるで火山全体を包むかのように昇っていく。やがてそれは火山の標高を遥かに超えた。


 火山よりも高い場所に水が存在するというありえない状況は・・・さらにありえない現象を生む。

 マグマが水に運ばれ、上昇したのだ。

 山全体を包む水柱の中で噴火が起き、マグマは上空へと向かう。そして登り切った水面でそれは集まり、かたまって巨大な溶岩となった。

 そして―――







「―――オルカ!オルカ、ねぇ見て!見て!!」


 デア・ヴェントゥスの仮眠室で小休憩を取っていた織火は、興奮したフィンの声に起こされた。


「デッキ!デッキに来て!!すんっごいの!!」


 うながされるままデッキに上がる。

 織火は、その神秘的な光景に圧倒され、思わず声を失う。






 ―――そして生まれたのは、大樹のような水に支えられた、いくつもの島。

 

 そびえ立つ水の枝は浮遊する島を底から持ち上げ、端からは滝となって海へ注ぐ。

 今だ活動を続ける火山は水との温度差で霧を発生させ、その霧が美しい虹を生む。

 

 火と水が、物理法則を無視して生み出した―――空にうねる島々。

 

 指定特殊水域・第一号。

 旧ハワイ州、『マウナ・ケア浮遊島群』。

 この世で最も高い場所にあるこの島国は、そう名付けられている。




(―――ここが、俺たちの新しい戦いの場所)

 織火は、美しいはずのマウナ・ケアの全容を目の当たりにしながら、出発の直前にエセルバートと交わした会話を思い出していた。

 

 


 事情をフィンに隠してはおけないと、エセルバートはすべてを正直に告げた。

 フィンは―――もともと覚悟があったのだろうか。

 落ち着いた様子で、短く返事をした。


『私にも悩ませて下さい。

 それが、みんなと一緒に戦うってことだと思うから』


 織火は取り乱した自分を深く恥じ、同時に、フィンの心の強さを尊敬した。

 エセルバートはそんな織火の目を見て、優しく告げる。


『これを危機ではなく、挑戦にしよう。

 オルカ、フィン。共に世界を見てくるんだ。

 考えて、戦って、強くなれ』


 そう言って、出会ったときと同じように―――今度は右手で、握手をした。




「高いね・・・どのくらいあるんだろ?」

「分からない。予測もつかないスケールだ」


 デアが島の下へ近づくにつれ、上空から水がまるで雨のように降り注いでくる。

 見上げても、それがどのあたりから注がれているものなのか分からなかった。

 そのくらい、浮遊島は遥か上にある。


「間違ってゴミでも落ちてきたら最悪大けがするな、これ」

「そ、そうだね・・・!気を付けないと・・・!」


 


 ―――そう言った矢先。

 何かが、ずっと上の方でキラリと光ったような気がした。




「んん・・・?」


 織火が目をこらすと、またキラ、キラ、と光っている。

 何かある。落ちてきている。

 

 そしてそれは明らかにこっちに向かっていた。


 キラキラキラ。光はだんだん大きくなる―――!


「やっべぇ、端に避けろフィン!」

「へ?・・・わ!うわわわ!?」


 どたばたとデッキを走り、外周のフェンスに背を付ける。

 

 次の瞬間―――びたーん!!


「・・びたーん?」


 落下音が「びたーん」だった。

 何か薄くてやわらかいものを叩きつけた音だったが・・・?


「な・・・なに?」

「これは・・・・・・・・・えっと、イワシか・・・?」


 良く見れば、それはイワシに似た魚だった。

 

 びちびちと跳ね回る。だが、イワシよりかなり大きい。

 60cmほどはあるだろうか。

 ものすごい上空から落ちてきたはずだが、あまりダメージが見られない。


「そうか・・・そりゃあ、上も水があるんだから、魚はいるか」

「危険!マウナ・ケアの真下、危険!」


 織火は両手でイワシらしき魚を抱え上げる。

 抱えられたまま、イワシらしき魚はくるりと織火の方を見つめて、






『えっと、オルカにフィン?

 別に気のせいだったらそれでいいんッスけども』




 パチパチと、青い電流を放った。




『今、デッキに巨魚ヒュージフィッシュいない?』






 織火は両手に抱えていた巨魚を巴投げの要領でブン投げる。


「やっぱりこれ危機だぞエセルバートさんッ!!」


 同じ巨魚が上から大量に落ちてきたのは、織火の叫びと同時だった。

                              

                               ≪続≫

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