第5章 -11『夜に話を②』

「黒ビーーーーール!!!!」

「イェー!!!」

「ヒャッホー!!!」


 オリヴァー、ドクター、ノエミは三者三様に声を上げ、手にしたジョッキを互いに打ち付けた。

 

 この飲み会は、昼間に発生した襲撃を受けたオリヴァーが、『しばらくは全体での警戒になる』と判断したことを受けたの意図が大きい。

 もちろん、ここにオリヴァーの私利私欲が多分に含まれることは否めない。だが、オリヴァーという男は公私と要不要のラインを両立する天才であり、そして同時に、そもそも酒で潰れる男でもなかった。


「がーっはっは!!

 やはりドイツに来たらこのウィンナーだな!!

 たまんねェなァ!!」

 

 ドイツは山の多い国であったため、水没してもいくつかの陸地が残った。

 なかでもブロッケン山は現在、豚の飼育と加工食品の製造を行っており、水没前と変わらずウィンナーを名産品として提供している。

 海霧の中に日に照らされた巨大な豚のシルエットが浮かんだ『豚ブロッケン現象』は歴史的珍事として語られている。


「しかし大胆なもんだな。

 後方支援の俺たちでも控えめに飲もうってのに」

「大ジョッキ三つはやばいッスよマジで」

「はん!倍は空けてやる!」

「こえ〜ッスこのひと」

「俺はいい加減慣れたな」

「お前とはチャナの次に長ェからなァ」

「え、そうなンスか?」


 ノエミは、グランフリートのスタッフとしては新参の部類に入る。

 2年前、デア・ヴェントゥスが竣工したその年に、エセルバート自らがスカウトをかけて引き入れた。リネットより少し後輩にあたる。

 それ故、ノエミは昔の話に興味を持った。


「公爵サマと隊長が一番長いんスよね?」

「あァ、エッセとはもう15年はつるんでるよ」

「俺はオリヴァーと別に公爵と交流があった。

 知り合いの知り合いってやつだな、出会いは」

「ドクターはともかく、隊長が公爵サマとつるんでるって想像つかないッスわ〜」

「ハハハ、今のエッセしか知らねェとそう思うよな」

「ほぉーう?知られざる過去の姿が?」


 テーブルに身を乗り出すノエミ。

 パーカー越しでもはっきりと形の分かる胸が、テーブルで餅のように潰れる。

 オリヴァーは小さな相棒の、実り無き不毛の大地を想い、心の中で密かに泣いた。

 そしてすぐにどうでもよくなって話を続けた。


「知られざるっていうか、普通に調べりゃオープンにしてるけどな。

 あいつプロボクサー志望で、跡を継がせたい親父と不仲だったんだよ。

 結局は何か心境の変化があって、爵位を得たらしい」

「へぇ~!だからボクシングスタイルで戦うンスね!」

「未練があるのか割り切ってるのかは知らんがな」

「隊長はどうして斧なんスか?」

「・・・最初に使ってからずっと同じだけだ、特に理由はねェよ」

「ふーん・・・」


 明らかに何か隠す間があったことを、ノエミは察知していた。

 今だけでなく、オリヴァーはあまり積極的に過去を語りたがらない。

 当然、周囲にもそれを詮索する気はあまりない。

 特にもノエミは自分の後ろ暗さを正しく把握しているので、そのあたりの進退には気を遣っている。


 しかし、興味がないといえばもちろん嘘にはなる。


「いやーでも聞きたいッスなぁ~、隊長とチャナっさんの馴れ初め。

 話してくれないんでしょ~?」

「分かってるなら聞くんじゃねーっての。

 だいたいそんなもんはなァ―――」








「―――『俺とアイツだけ分かってりゃいいんだよ』。

 ・・・・・・・・・みてーなこと言ってるに決まってんだよアイツはー!!

 かっこつけやがってアルコールヒゲバカヤロー!!」


 屋上でひとり炭酸ジュースを飲みながら、チャナは毒づいた。


 チャナは最初、飲み会に参加しようとしていた。

 だが、未成年で酒が飲めないこと、隊長と副隊長は夜間別行動が望ましいこと、チャナ用の新装備に関して進展があるかもしれないなどの理由で参加を外された。


 『じゃあノエミもダメだろ』と食い下がったが、とにかくダメだの一点張り。

 結局、こうして輪に加われずひとりくさっているのだった。


「レオンとリネットもふたりでよろしくやってるし・・・つまんね」


 屋上から階下を眺めれば、ホテル前の広場には織火とフィンの姿も見えた。

 

 フィンが戦闘を行ったという報告は、織火にも隠さず回した。

 オリヴァーたちの飲み会や、レオンたちのディナーのような、浮ついた話ではないだろうと予想はつく。

 むしろ、このふたりに関しては、もうちょっと普通にバカな少年少女カップルをやってもバチは当たらないのにな、とチャナは思っていた。


「あーあ、みーんなしてバカばっか!

 だれもこの超絶カワイイ天才チャナちゃんのとこにこなーい!!

 つまんねー!!うぜー!!さみしーーー!!」


 誰も見ていないのをいいことに床に寝そべり、手足をばたばたする。

 数秒そうしていると、ポケットから、しゃらん、と何かが落ちた。

 動きを止めて寝そべったまま拾い上げる。


 ビークルのキー。汚れたカニのキーホルダーが取り付けてある。


「・・・・・・・・・分かってるけどさ。

 オリヴァーの言いたいことは」


 いつぞやのグランフリートでの会話を思い出す。




『―――そろそろ、大丈夫なんじゃねえか』




 チャナは―――オリヴァー以外の他人を、信じ切れていない。

 オリヴァーはそれを分かっていて、自分から少しだけ、チャナを離そうとする。

 その意図を分からないほど、チャナは子供ではない。


「・・・・・・・・・うん。

 前よりは、少し―――大丈夫にはなってきたよ」


 起き上がって、もう一度階下を見た。

 そのまま視線を上げて、星空にキーホルダーを透かしてみる。

 



 空間に、星空にも、町にも存在しない色の光が発生する。

 チャナの髪が、青緑の光を帯びていた。




「わたしだけ、いつまでもってわけには・・・いかないもんね」




 その光を見るものはいない。

 ただ、切なげに胸に抱いたキーホルダーだけが、同じ色を照り返している。


                                  ≪続≫

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