第4章 -16『VS〈脚の王〉①』


 下界から伝わる熱に、マウナ・ケアが沸き立っていく。

 立ち上る湯気から逃げるように、あるいは突き破るように、織火と脚の王レッグスは疾走する。


 脚の王レッグスは、今まで戦ってきた様々な巨魚ヒュージフィッシュと比べても、速度に優れてはいなかった。かつて、スピードの土台で争ったことのある〈ラーゼンラート〉に比べれば、むしろ鈍いとすら言える。

 織火が全力で走れば引き離すこともできるだろう。


 ―――にも関わらず。

 織火は、追い詰められていた。


「そらそら、どうしたよ!!逃げ場は減ってくばっかりだぜぇ!?」

「くっ・・・!」


 流れる水のチューブを走る織火。

 その遥か後方、脚の王レッグスが水にベルトを突き立てる。

 銀色の光が走り、足元の水中を通って織火を追い越し・・・それらは目の前で無数の軟体の脚に変化して立ち塞がる。


「ちぃッ!」


 一本一本の耐久力は高くはない。レーザークローとスラッシャーによる乱れ切りで進路を確保するが、突き抜けた先ではさらに大量の脚が待ち構えている。

 スライディングの要領で間を抜けようとするが、全てを回避できない。腕や脇腹を打たれ、切り裂かれる。


「が・・・ぐぅ・・・ッ!」

「ハハハ!ホラ!また見せてみろよ、をさぁ!」

「ッ言われ、なくても!」


 右腕を水面に浸し、足元の水を持ち上げる。

 樹状に広がる水のチューブは、末端に行くほど絡み合うように接近している。

 織火は、持ち上げた水をジャンプ台にして、今いるチューブから次のチューブへと飛び移った。

 ぱちぱちと拍手しながら、脚の王レッグスは嘲笑う。


「アッハハハハハ!すごいすごい、さっきより飛距離が大きいじゃんか!

 次はもっといけるだろ!?ほォら走れよォ!!」


 飛び移ったことで速度がキャンセルされ、体力を消耗した織火。

 一方、脚の王レッグスは今いる足場を離れることすらない。

 ただ織火のいる場所へベルトを伸ばすだけで、どこまで走ろうとも、銀のパルスは即座に織火に届く。




 パルスの有効範囲、そして影響速度。

 文字通り、織火と脚の王レッグスではケタが違う。




 さらに、織火にはもうひとつの敵が存在した。

 

「前ばっかりに集中してると・・・こうなるぜ!!」


 真横から回り込んだ触手が、織火を強く押す。

 ぐらり。

 バランスを崩す織火の頬を、熱をはらんで吹きあがる風が撫ぜた。


「しま・・・ッ!?」


 咄嗟、進路上にアンカーを差し込み、一瞬だけ水質を硬化。

 チェーンを巻き取って引き寄せ、どうにか水面に復帰する。


 ―――そう、マウナ・ケアは高所にある。

 織火は、ただ足を踏み外しただけで致命傷・・・落下すれば命はない。


(くそ・・・八方塞がりじゃねえか・・・!)


 捕まれば八つ裂きになって死ぬ。

 落とされれば潰れて死ぬ。

 

 


 そしてどちらになったとしても・・・フィンは殺されるだろう。




(逃げてばかりじゃ、いつまでもアイツに叩き込めない・・・!

 せめて片方だけでも解決できれば・・・けど、そんな方法あるか・・・!?)


 考えながらも足を止めるわけにはいかない。

 何度目かのジャンプのあと―――先に動きを変えたのは脚の王レッグスだった。


 髪の先をいじり始める。不機嫌のサイン。


「・・・ちょ~~~っと、飽きてきちまったよなぁ・・・」


 ―――まずい流れだ。


 脚の王レッグスが、遊んでいることは分かっていた。

 いたぶることを楽しんでいるうちに突破口を見つけたかったが―――。


 銀の瞳が横長に歪む。


 


「―――そろそろ、死ぬのも見たいな」


 


 瞬間、弾かれるように織火は急ブレーキ、即座に方向転換。

 位置関係は織火が上、脚の王レッグスが下。

 

 足元にパルスで小爆発を起こし、一気に脚の王レッグスへ飛び掛かる。

 

 斜めに落ちながら腕にパルスをチャージ。

 落下で無理やり勢いをつけ、拳を振りかぶる。


「『スピードスター―――!!」


 脚の王レッグスは、ベルトで防御―――しない。

 両手を広げ、迎え入れるように笑う。


 この期に及んでまだ遊びがあるのは、果たして救いか。

 分からないが、その余裕に付け込む以外にない―――!


「―――ストライド』ッ!!!」


 青く輝く拳を、真っ直ぐに顔面に―――






「―――やっぱり、弱っちぃんだよな」






 ―――届かなかった。


 銀のパルスに阻まれ、織火の拳は触れることさえ叶わない。

 押し戻す圧力が、一瞬織火を浮遊させる。


「―――ブッ果てちまえよォッ!!!!」


 銀のスパーク。

 ドーム状に広がるパルスに、織火は高速で吹き飛ばされる。


「ぐ、あああ―――――――――ッ!!!!」


 きりもみのように回転しながら、複数本のチューブを勢いのまま突き抜ける。

 全身を水面に打たれ、痛みに意識を奪われそうになりながら、進路上の浮き島へとアンカーを射出。突き刺して体を無理やり支える。

 左腕の付け根、縫合された傷が開き、骨が致命的な軋みを上げた。

 

 かろうじて落下を回避したが、完全に満身創痍。

 次に同じ攻撃を受ければもう次はない。


 アンカーを巻き取り、浮き島の壁に半身を預ける。

 痛みに意識が混濁する。

 

 


 ―――ダメだ。

 まだ落ちるな―――奴を止めろ。

 勝てなくても、せめて―――もう少しだけ時間を―――。




 ふらふらと起き上がる。

 かすむ目の中に、逆さのヤシが映り込んだ。

 

 ―――意識の混濁が、時系列を混乱させる。

 記憶と現実の順序が、うまく定まらない。






『なにって、逆さまだろ?ほら』

『さかさまじゃないよ?』


『だから、ヤシさんにとっては、それがふつうなの』






「―――――――――生まれたかたちが、普通に―――?」


 それは―――ある意味では目覚め。

 ある意味では、知っていたはずの事実への気付きだった。


 意識のもやが急激に晴れる。

 全身の痛みが、鮮明に五体の形状を感じさせた。

 

 


 頭。首。生身の左腕。右腕にも疑似的な痛覚。

 腰から背中へ抜ける骨、柔軟な股関節、足首と膝が脚を支える。

 手足の指の一本一本。

 口・鼻・耳。


 


 ふらつきながら、ジェットを再起動。

 陸地を離れて、水面に足を付ける。


 左手を見つめ、パルスを出す。

 バチバチと音を立てるそれを見て、全身の神経に心を向ける。


 このパルスと、御神織火は―――生まれたときからの付き合いだ。

 生まれ持ったもの。生まれたかたち。


 ならば―――?




「―――なんだよ?諦めたのか?」


 脚の王レッグスの声がする。

 傲慢な声色、緩慢なしぐさで水面を歩いてくる。

 

 その背後に、無数の触手がうごめく気配を感じながら―――織火は、脚の王レッグスに顔を向けない。

 ただ、自分の左手を眺め続ける。


 織火は今、自分を見ていた。

 自分の生きてきた場所を見ていた。


「返事もなしかよ、ここにきてつれない態度だなぁ?

 自分を殺すやつの顔を見ときたいと思わない?」


 ・・・反応はない。


「どっちにしろお前のことは殺すけど、次はあの女だよ?

 悔しいとか悲しいとかないんですかぁ?」


 ・・・やはり、反応はない。

 

 脚の王レッグスは苛立ち始めた。

 いや、実は脚の王レッグスはずっと同じ気分でいる。

 織火の反応で、一瞬、一時的に機嫌を直し続けていただけだ。


「―――つまらねぇやつだな。売ってきといて最後はシカト?

 クソが、気に入らねえんだ・・・無視が一番イラつくだろ・・・?

 あぁもう、もういいや、とっとと殺して―――」

「―――お前さ」

「あァ?」


 突然―――織火が顔を上げ、前を見た。

 身を守る構えをしていない。

 ふらふらと―――ふらふらと揺れながら、脚の王レッグスを見る。


 ぱちり。ぱちり。時折、薄くパルスが閃いている。


「その、水の上歩くやつ―――どれくらい練習した?」

「ハァ?なんの話?

 人間じゃないんだし、練習なんか必要なワケないじゃん。

 自然と出来たよ、最初っから」

「いいなぁ・・・そうか、それは楽だな・・・」


 織火はふらついている。

 どうやら、もう打ったり刺したりするまでもない。

 押せば落ちる。死ぬ。


「無駄なことしか言えないんだな。

 無駄なことしか言えない上にやることも無駄。

 お前は無駄なやつだよね」

「あぁ・・・そうか、練習・・・練習か・・・。

 本当は練習しなきゃいけないよな、人間は・・・」


 ふらつきながら、うわごとのようにつぶやく。

 目だけがハッキリこちらを向いている。


 ―――これ以上、この人間を使った機嫌回復は見込めない。

 脚の王レッグスは判断した。


「あの世でトレーニングでもしろよ、じゃあ」


 うごめく触手が急加速して迫る。

 織火は、ふらふらと揺らめき―――。








「―――――――――ぶっつけ本番、だ」








 そのまま―――触手の届かない場所まで、身体を倒した。




 脚の王レッグスは―――最初、自ら落ちたのだと思った。

 重力に逆らうことなく、御神織火は落ちていく。




(―――あいつは、水の上を歩けるように生まれた)


 その体が、斜めになり、真横になり―――真下を向いたところで。

 ―――織火の足にパルスが発生した。


(―――俺は、パルスを持って生まれてきた)


 パルスは、大幅には広がらない。

 ただ、ブーツの裏から、足元だけを青く染める。


 風がさやかに吹く。


(―――なら―――


 ヤシの木がざわめいて揺れる。






 チューブは筒状の水の塊。

 織火は、






「な―――」

「―――こっち側には生やしてなかったもんな、お前―――!!」


 グルリと天地を戻りながらペダルを全力で踏む。

 螺旋を描いて急加速、パルスカノンを構える

 ゼロ距離射撃。


 不意を突かれた脚の王レッグスの反応が遅れる。

 パルスを張るのが間に合わず、肩口に命中。

 後方に勢いよく押し戻される。


「が、ああッ!!!」


 そのまま即座に最大加速、パルスを腕にチャージ。

 ビキリと走る痛みがむしろ体を押し出すように、脚の王レッグスへ迫る。


「『スピードスター・ストライド』ッ!!!!!」


 脚の王レッグスは、防御姿勢を取ろうとして―――それを取りやめ、初めて構えのようなポーズを取る。

 両腕、否、メインの両脚に、パルスとは違う黒いエネルギーが浮かぶ。


「―――『黒槍ランチャ・ネェロ』ッ!!!!!」


 


 衝突。

 黒と青が、火花を散らして競り合い―――双方が相殺した。




「―――技なんか持ってたのかよ、テメェ!!!」

「うるッせぇーえんだよ!!!素直に死ね!!!」


 ここにきて―――両者の立つ土台は、文字通り平らになった。

 勝負はようやくここから。


                             ≪続≫

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