第6章 -14『チャナ』
ナンバー6は、助け出されてすぐ、昏睡状態に陥った。
一方で、オリヴァーはなぜか、負ったはずの傷が全て急速に塞がった。
不可解に思う一方、体が動くことに感謝しながら、オリヴァーは今後を考える。
当初、オリヴァーは研究員たちが使っていた機密のルートを通るつもりだったが、氷山が激増した影響か海流が激変しており、今までのように通過できなかった。
北極から出られなくなった者が身を寄せる場所はひとつしかない。ふたりは一路、グレイヴヤードを目指した。
道中で食料となったのは、戦艦グランフリートの残骸から持ち出してきた数種類の携帯食品。中でもブロックメイトは『味が数種類ある』という一点においてふたりの精神衛生を一定水準に保った。
グレイヴヤードに辿り着くのは、そう難しくはない。
船の残骸に乗って、潮の流れるままに任せれば、海流の集合地点に建造されているグレイヴヤードにはいつか必ず辿り着く仕組みになっている。
オリヴァーはそれを狙って戦艦の残骸から船室部分を切り出し、住み家の代わりにしながらあてのある漂流をしようと目論んだ。
・・・が。ほどなく、その必要はなくなる。
「———なんて、ことだい・・・!
ああ、なんてこと・・・一体どうなっちまったんだい・・・!?」
グレイヴヤードの主たるマスター・ケイナが、目の前に現れたからだ。
ケイナはオリヴァーとナンバー6を見つけると、事情を聞くことすらなく、何かを悟ったような愕然とした表情を作った。
「そうか・・・雷天使計画の実験体だね」
「黙れ、ババア。
ワケ知りなんだろうが、こいつをそんな風に呼ぶな。殺すぞ・・・!」
「・・・そうかい。すまなかったね。
アンタがその子を救ってくれたのかい?」
「それは・・・・・・・・・そうかもしれねぇし、逆かもしれねぇ」
「なるほど」
短いやりとりのあと、ケイナはすぐに仲間を呼び、ふたりを保護した。
「———あ・・・ここは?」
ナンバー6が目を覚ましたのは、グレイヴヤードに到着して数日後だった。
「おはよう。そしてグレイヴヤードへようこそ。
寝起きにすまないが、アンタとそっちの男に聞きたいことがあるんだ。
大事なことだから、辛いかもしれないが答えて欲しい」
ケイナは、戦艦グランフリートの轟沈について率直に質問した。
オリヴァーとナンバー6は、偽りなくこれに答えた。
実験のこと。現れた巨魚のこと。力の暴走。オリヴァー。
ときに苦し気に言葉に詰まりながらも、ナンバー6は全てを告白した。
話し終えたとき、ケイナはナンバー6を抱き締めて涙を流した。
「・・・なんて哀しい娘だろうね・・・よぉしよし、もう大丈夫だよ。
アンタにはオリヴァーがいるし、グレイヴヤードはアンタを縛らない。
自由に生きていいんだよ・・・」
あの『ゆうしゃたち』とは違う、心に染みて切ないようなぬくもりだった。
ナンバー6はケイナの腕の中で何度目かの涙を流した。
「———ところでさ。
いつまでも『ナンバー6』じゃあ、かわいそうだし不便さね。
名前があったほうがいいんじゃないかい?」
「それは、そうだな」
グレイヴヤードの伝統的な食事である小魚の串焼き―――海水から取れる塩で味を付けてあるが、調理は非常に粗い―――を食べながら、ケイナは提案した。
「しかし名前って言ってもなァ・・・人に名前なんざ付けたことねェぞ」
「なまえ・・・なまえ・・・ううん、わたしのなまえ・・・?」
「まぁそうさね、欲しいと言って急に浮かびやしないか」
考えあぐねて頭を右に左にひねるふたりを見ながら・・・ケイナは意を決したような表情を浮かべ、ぽつりと語り始めた。
「・・・あの戦艦にはね、アタシの妹がいたのさ」
串をもてあそびながら、ケイナは懐かしむ。そして悔いる。
「ちょっとアタシとはこう、ノリが合わない、マジメな子でねぇ。
アタシがこうやって利己的な・・・狩猟民族みたいなことをやってるのが、
ちょっと気に入らなかったんだろうね。
『もっと大局的に、世界のためになることをする!』なんて言って。
一方的にケンカ別れして・・・それが最後になっちまうなんてねぇ・・・」
「———ケイナさん、わたし」
ナンバー6が詫びようとすると、その口をケイナは人差し指でグッと押さえる。
「アンタが詫びるような話じゃない。
この海で戦うってことは、形はどうあれ、いつでも死ぬってことさ。
それでも詫びたいってんなら・・・アンタには、妹の遺志を継いでもらうよ」
「遺志・・・?」
ケイナは、懐から一枚の破れた布きれを取り出した。
薄汚れた名札が貼ってある。
「
妹の名前さ。今日からアンタにやるよ」
「えっ・・・!」
「おい、ババァ。いくらなんでも、そいつは・・・」
「いぃーんだよぉ!」
布きれをナンバー6の手に押し付けて、ケイナは机の上にあぐらでふんぞり返る。
「さぁさ!アンタの名前だ!名乗ってみな!」
ナンバー6は、しばらくおずおずと考え込んでいたが・・・ケイナの慈愛の眼差しを受けて、一度ごくんと唾を飲むと、大きく息を吸い込んだ。
「———あくとぅがぁ、ちゃなれふっ!!」
(噛んだ・・・)
「噛んだ!」
「かんだぁ~!」
噛んだ。
緊張のしすぎで、壮絶に噛んだ。
「うはははは!あっはっはっはっは!ひー腹痛い!
そんなに緊張することないじゃないか!」
「ううう、だって、だって・・・!!」
からかうケイナと、うろたえるナンバー6。
その後ろで・・・オリヴァーだけが、真面目な顔で考え込んでいた。
「・・・・・・・・・いいんじゃねぇか。その・・・それで」
「え?」
「『チャナ・アクトゥガ』。
お前が自分で決めて、行動して・・・その結果、生まれた名前」
「おお、なるほど。故事で付くアダ名ってやつか。
いいんじゃないか?アタシも賛成だね。
なかなかどうしてロマンチストじゃないかぁ、オリヴァー!」
「う、うるせぇな・・・いいだろ別に・・・」
「・・・チャナ・・・」
噛みしめるように。
刻み込むように。
その響きを確かめた。
「・・・チャナ。うん、わたしは、チャナ。
―——チャナ・アクトゥガ!
うん、そう!これがいい!
わたしは、チャナ・アクトゥガ!」
「・・・決まりだな」
「さぁて、それじゃ、改めて歓迎しよう!」
ケイナは立ち上がり、腰に付けた手斧を掲げた。
「ようこそ、北の集合地グレイヴヤードへ!
歓迎しよう―――オリヴァー、そして、チャナ!」
北極圏の悪魔、チャナ・アクトゥガ。
かくして彼女は、この世に生まれた。
≪続≫
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