第7章 -17『招集』


 雨は勢いを増している。

 霞む幕を隔てて睨み合う、ふたりのハロルド。

 メイナード・マクスウェル。黒須港。


『———まぁ、一応聞いておくけど。

 どうやって地獄から蘇って来たんだい?』


 マクスウェルは、心底うんざりした顔をしたあと、眉間を親指で抑え、あくまでも平静を装った声で尋ねた。


「もともとフィンのは私が付け足したものだ。

 ことは造作もない。

 不慮に意識を失うことがあれば、安全装置として私が起動する手筈になっていた」

『うわぁ、趣味わるぅ~~~。

 娘のカラダを使う父親とかさぁ、ぶっちゃけそれ最悪の部類だと思うよ?』

「成程。お前は同じ最悪の部類だ、認定に説得力があるな』

『・・・きみはホントそういうとこがさぁ・・・はぁぁ~~~・・・』


 片手で頭をガリガリと掻く。

 どこか見覚えのある仕草。

 ―——いらついている。


『とにかく、想定が狂ったよ。

 きみになんて出て来られたら、色々と繰り上げざるを得ないんだよなぁ』


 これまでになく真剣味のある声色。

 両腕を左右に伸ばし、銀のパルスをチャージし始める。


 黒須は甲板のリネットやレオン、チャナたちに首だけで振り返る。


「戦闘の準備を。間もなくこのバブルは割れるようになる」

「どうして分かるのさ」

のにリソースを割けば、この拘束は弱まるはずだ。

 一点を総攻撃すれば通れるようになる」

「〈グラディエイター〉を呼ぶのに使った、あの銀の穴ですか」

「そうだ。あれを私たちは『終わりの海』と呼んでいる。

 詳細は省くが、平たく言えば異次元だ。ワープホールというやつだな」

「スケールがいきなり大きくなってチャナちゃん付いてけない!」

「では目標を身近なところに設定しよう」


 そう言った次の瞬間、青い閃光が迸った。


〔グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!〕


 咆哮する〈オルカ〉。

 周囲から、稲妻のような形状の硬化水質が伸びる。

 それはもはやマクスウェルを狙ってすらいない。

 あたり構わず無差別に、テンペスタースを囲う水泡にも命中した。


「ぐっ!?」

「オルカ・・・!」

「おおむね状況は察している。あの巨魚は知人か」

「仲間です・・・!」

「攻撃対象を見失いかけているようだ。

 このままでは巨魚の攻撃衝動に飲み込まれてしまう」

「どうしたらいいのさ、ドクター・クロス!

 もう殺すしかないとか、そういうのは聞かねーぞ!」

「これは単純な話で、意識が変わっていくのは、意識があるからだ。

 叩こうが締めようが、意識を奪えばいい。一時とはいえそれで止まる。

 幸い、巨魚である限り多少の傷はすぐに癒えるだろう」

「要するに殴って止めろということか・・・!」


 目まぐるしい出来事に少なからず混乱していた一同は、取るべき方針が現実的になったことで、少しずつ平静を取り戻しつつあった。

 黒須の言う、泡の緩む瞬間に向けて、各々武器を構える。


 その様子を、マクスウェルは鼻で笑い飛ばす。


『はん!それをさせないために今こうしてんだよ、ぼくは!』


 左右に伸ばしていた腕を、胸の前へ。

 両手のパルスが合流し、次第にその禍々しい銀の光を強めていく。


『今度は何が出ると思う?〈ラーゼンラート〉?〈ポワゾンバロン〉?

 もしかしたら〈カナロア〉ってこともあるかな?

 いやいや、案外〈グラディエイター〉が増えるってことも?』


 ———すっ、と。その顔からおどけた笑顔が消え失せた。


『ばぁか。

 ミナト、きみが悪いんだぞ。

 きみが出て来なければ―――』








 穴が開いた。


『———全員は、呼ばなかったかもしれないんだからさ』


 中空に、銀の穴が―――








 ひとつは赤。

 真紅の鎧に身を包む、戦いの王。


甲殻の王シェル・・・参上した」


 ひとつは橙。

 千里を見透かす眼を持つ、妖艶の王。


「ウフフ、眼の王アイズはここにおりますよ」


 ひとつは紫。

 震えて痺れる尾をかざす、狂喜の王。


「ヒィィィエエエエェェェェェェイ!!!!!

 尾の王テール・イズ・ヒィィィアアアアッ!!!!

 つか招集とかウケるわぁ!!!!アハハハ!!!!」


 ひとつは透明。

 死者の骨格をもてあそぶ、玩弄の王。


「カッ・・・!早い出戻りだったのぅ・・・!

 骨格の王スケルトン、ここに・・・!」






 そして。

 ひとつは―――銀。


 この世で最強の巨魚。最強の水棲生物。

 最強の王。






鱗の王スケイル

 意に応じ参上した―――ご命令を」






 悪夢の鱗が、きらめく。






                      ≪続≫

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