第7章 -18『リング・イン』


「待ったり話し合ったりとかしてらんねー!!

 セトリの最初はアタシがもらうぜーッ!!!」


 召喚されて間もなく、尾の王テールは前へと躍り出た。

 背丈より長い尾を胸の前に回し、その先端、帯電する針をつまんで弾く。

 ギャン!と空気をつんざく音が響き渡った。


「シビレエイの王、尾の王テールのソロパートだ!!

 今日は全員で盛り上がってこーぜぇ!!!

 レッツ・ゴー!!!!!Fooooooooo!!!!!」


 尾を掻き鳴らす。

 とても音程と呼べるものではない、エレキ・ギターの反響。

 高揚していく不協和音に合わせて、紫の電流があふれて踊り狂う。

 それはパルスと違い、

 海面をランダムに暴れ、雨粒を伝って空中にも広がっていく。


 二隻の船を包む気泡にも、それは届いた。

 バチリと電流を弾いた泡が、わずかにゆらりと輪郭を薄くする。


「ッ!・・・どうやら確かに、そろそろ割れそうですね」

「だが今は割れたらまずい、下は致死の電気風呂だ」

「一度船内に戻ろう!

 出足の遅れや封じ込めの危険はあるけど、即死よりマシっしょ!」

「了解・・・!」


 




「―――頃合いか」


 テンペスタースのクルーが船内へと走るのをを横目で見ながら、レックスは静かに口を開いた。

 これまで沈黙を保ってきたのは、この事態を想定していたからである。


「ヴィクトル」

「何でしょうか」

「別に船の指揮ってのは、この空間でなくてもいいんだよな」

「まぁ・・・えぇ。報告と指示のやりとりができるなら、場所はどこでも」

「そうか」


 レックスはやおら立ち上がり、ブリッジの出口へ歩く。


「甲板に出る」

「船長自ら戦闘を?」

「肌感ってのか?空気を判断材料にしたい。

 俺が甲板から動かなくても楽に戦えるよう、この船を動かす。

 テメェらは情報を全て報告しろ。ひとつも聞き漏らさないし、全部覚える。

 戦いながら指示もする」

「オイオイオイ、無茶苦茶やろうとしてんな船長!?」


 そう言いながらカイマナの声色にはいささかの不満もない。

 レックスもそれを認識し、あえて聞き返す。


「不服か?」

「上等さ!」

「フン」


 満足げに鼻を鳴らし、レックスは改めてブリッジを後にする。

 そこにはおぼろげながら不器用な信頼と期待があった。


「よっしゃ!どうやらこっから未体験の嵐だ!

 お前ら新人船長にベテラン漁師の経験見せてやろうぜ!」

「「「オウ!!!」」」


 マウナ・ケア漁業組合は気合の声を上げた。

 それに呼応するように、ベネツィアの街が低く唸りを上げる。


「おぉ?なんだ?」

「お気になさらず。避難完了の合図です」






「―――あァ?」


 甲板に上がったレックスが目撃したのは、ベネツィアの摩天楼がだった。

 けたまましいブザーと低い轟音を上げながら、ビル群が海中へと沈んでいく。


「おいヴィクトル、何が起きてる?」

『都市が防衛体制に入りました。

 本当の意味で渦の中に入れることで、耐久性を高めるのです。

 住民はあらかじめ海底シェルターに移しますので、酔ってしまう方はいないかと』

「なるほどな・・・うまく出来てやがる」


 敵として対峙すれば苦労はマウナ・ケアの比ではなかったろうな・・・とレックスは密かに思考した。今は味方なので、考慮する要素が減るのは良い。


 そして住民の安全性を確保すれば、次なる動きは当然、攻撃だ。

 二隻どちらもに通信が入る。


『———あーあーあ、入ってるよな?

 ヘイ、生きてるかい!こちらリカルド・アーチャー!

 遅れて悪いな、マーズ隊は間もなく出撃する!

 もっとも、こないだの襲撃で修理が間に合ったやつだけだ!

 フルメンツじゃなくて申し訳ないけど待っててくれよ!』


 それだけ言って通信は切れた。

 

「・・・景色は嫌いじゃなかったんだけどなぁ。

 ただのつまんない渦だけになっちゃったよ。おまけにモブがどんどん来るって?

 はーもーやってらんない、ほんとイライラするわー」


 マクスウェルは軽く頭を掻きながら、しかし余裕の表情だ。

 王を招集した瞬間から自身の優位を疑っておらず・・・真実、圧倒的優位にある。


 だから今のマクスウェルにあるのは、単なる好き嫌いによる苛立ちだけだ。

 甲板に上がってきたレックスを、冷めた目線で見下す。

 レックスもまた、腕を組み、マクスウェルを見る。


「何?なんだよ、その目?

 絞りカスのゴミがぼくにどういう反応を期待してんの?」

「・・・別に。しっかり見てみると確かに俺の父親だなァと思って」

「―――ハ?」


 同類扱いと、父親と呼ばれたこと。

 二重の不快さに、それまで冷めていた目線に暗い熱がこもった。


「どういう意味?」

「そういうとこ・・・ちっせぇことでイライラすんなよ。

 最近知ったが、それめちゃくちゃみっともねェからな。

 まァ?でも嬉しい限りだな、悪いとこが似てるってのは?

 血の繋がりってやつをさァ、感じちまうよなァ、オヤジィ?」

「―――――――――――――――」


 ゲタゲタと笑うレックス。


 


 ———あまりにも露骨。

 明らかに、それは挑発のための発言だ。

 

 その安い挑発に、マクスウェルは乗らない。

 どれほど子供のような態度を取ろうとも、マクスウェルは優れた頭脳を持つ科学者であり、そしてキャラクターでは測れない破綻した狂人だ。

 会話に乗ることはあれど、その戦略に乗ることなどあり得ない。

 そんなことは、レックスもまた、百も承知だ。








 ———しかし、その挑発は。


「不敬だな、レックスとやら」


 ———最初から、それを見過ごせないものに向けられている。








 空を裂き、気泡を貫いて飛来する、鋭い何か。

 あまりの速度に形状を正確に把握できないそれを、黒い壁で受け止める。


 突き刺さって動きを止めたものは―――槍だ。

 軌道を見ていたレックスは、即座にその発射地点を目算する。


「40・25・7!副砲ぇ!」

『アイ・サー!!』


 アルゼンタムの側面、速射型の副砲がその地点へばらまかれる。

 その合間を、慣性を無視したようなめちゃくちゃな軌跡で駆け抜ける影。

 銀の影。


 槍の開けた穴から気泡が崩壊し、アルゼンタムは海面へと落下。

 海に充満する尾の王テールの電流が、大質量が起こす波濤に乗る。

 そして、甲板に飛び移った者を照らす―――その銀色の鱗を。


「簡単に釣れちゃったもんだなァ―――えぇ!?鱗の王スケイル!!」

「暴言、不遜、無礼。すぐさまに詫びよ」

「嫌だね!!親の教育が悪ィもんでさァ!!」


 黒い壁がボコボコと煮立ち、爆発する。

 槍を掴んだ鱗の王スケイルは飛びのいて回避。

 凄まじい速度で、瞬く間に投げ槍の距離まで離れていく。


(さァて、ぶっつけ本番だ・・・!

 こいつは釣っといてやるから気張れや、グランフリート戦隊!)




『―――準備、いいッスね?』

「完了済みだ」

「いつでも行けます」

「やっちゃって、ノエミ!」

『オーケー。そいじゃ、レディー・・・――――――』


 テンペスタースがエンジンを全開にすると同時、気泡が消滅する。

 着水した瞬間に全速力。


『ゴー!!!!』


 紫に染まる電流の海を、一陣の風が駆ける。

 その船体はそのまま、発信源である尾の王テールに突撃する―――!


「イヤァァァッホ、あ?」

『音楽やめろォ!!!!!』

「ギャワアアアアアアアアアアア!?!!!?!?!?」


 演奏に夢中で接近に気付かなかった尾の王テールは、体当たりを真っ向から受けて吹っ飛ぶ。

 

「ガッッッデ!!!シィッ!!!!ファーーーーーッ!!!!」


 オーバーで下品なリアクションをしながら水面を飛び石のように何度もホップし、尻尾を使って受け身を取る。


「ソロパートへの飛び入りはマナーなってないじゃんかよ!!!!」

「やかましい!!!!!!!!!!!!!!」


 当人が最もやかましいであろう声が抗議を遮る。

 

「こちらは仲間の命がかかっている!!!!!!

 迷惑行為はご遠慮願おうか!!!!!」

「他の王位種もすぐに来ます!!迎撃態勢を!!」

「っしゃ!!ニュー・チャナちゃんのデビューといくぜ!!」


 


 グランフリート戦隊、戦線合流。

 残るキャストは、あとわずか。



                       ≪続≫

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