第2章 -4『その手に理由を込めて』


「―――俺のことが、気に入らないだと?」


 突如、正面を切って『気に入らない』と宣言された織火は、怒りより大きな疑問が胸中を満たしていた。


 織火は基本、他人の神経を逆なでするほど口数が多くはない。

 自分の素性を深く知る人間ならともかく、初対面の人間にこうまで言われることは全く想定していなかった。


「ちょ、ちょっとおふたりとも・・・」

 リネットが仲裁に入ろうとするのを、エセルバートが手で制する。

「待ちたまえ。今は―――彼らの決意表明の場だ」


「表現で誤解を生んでいるようだから、正確に言おう。

 きみ個人ではなく、人間が存在していること・・・

 それ自体が、ぼくの戦う意義を揺るがすんだ」

「・・・どういう意味だ」


 織火は、“自分のような”というワードに強く反応した。

 ひょっとしてそれは―――自分の戦う理由にも、関わるかもしれないからだ。


「きみは、元を正せば民間人だったはずだ。

 それでもきみは、戦った・・・それは、なぜだ?」

「それは・・・あのときは、俺にしかそれができなかった。

 俺がなんとかしなきゃ、みんな食われちまったから、」

「違う!!」


 レオナルドは声を荒げて否定する。

 その声色には、怒りよりむしろ、失望や焦燥があった。


!!

 ぼくたち軍人に、奴らを倒す力があれば!!

 きみがそう思う必要すら、はじめからありはしないだろう!?

 それなのに・・・この力は、誰しもが持ってはいない・・・!!」

「―――お前」

「ぼくは、弱い人たちを守るために軍人になったのに・・・!!

 軍という組織には今、その力がない!!

 ・・・弱く善良な人々が、弱く善良なままで生きられるように!!

 戦い傷付くのが―――ぼくたち軍人だけで済むように!!

 そのためにあるんじゃなかったのか、軍隊はッ!!!」

 


 

 織火は、自分に向けられる感情、その全ての根源を見た。


 ―――無力感。

 

 無力が、どれだけ人間を狂わせるか。

 それを織火は良く知っていた。




「―――先ほど、ぼくは言ったな。『この身を捧げる』と。

 ・・・これは、何の比喩でもない。

 ぼくがここに来たのは―――人体実験の被検体になるためだ」

「人体、実験・・・!?」

「ぼくを研究することで・・・波使いウェーブ・メイカーの力を、この世の誰でも

 使えるようになればいい。

 そして、いつか民間の波使いウェーブ・メイカーが、その力を戦いなんかで

 使わなくていい世の中を作る・・・!それがぼくの決意だ!!」


 


 ―――それは、本当に高潔な決意だと、織火は思った。

 

 そして、その決意の・・・違和感に、どうしても我慢がならない。




「―――お前の世界に・・・俺たちの意思は関係ないのかよ」

「・・・何だって?」

 そういう決意は、意思は―――お前の作りたい世の中より悪いのか?」

「・・・・・・・・・それは」


 


 織火にとって、この戦いを自ら始めたことは、誇りだった。

 自分が戦い、自分が傷付き、自分が守り抜いた。

 

 その戦いを―――戦いと表現されることを、許したくなかった。




「お前の言う通り、軍人が頑張ってくれたら、それが一番いい。

 だけど、それだけじゃない。

 そのとき、その苦難を―――自分で砕かなきゃ、意味がないことだってある。

 少なくとも、俺にとってはそうだったんだ。だから―――」


 織火は、左手を差し出した。


「お互いに、納得いくまで一緒に戦おうぜ。

 俺はお前を、お前は俺を、たとえば理解できなくても。

 ―――理解し合えないことを、認め合えるように」


 レオナルドは、大きく吸った息をふぅと吹き出すと・・・部屋に入ってきたときの、情熱にギラつく目を取り戻していた。


「―――無礼を詫びさせてくれ、ミカミくん。

 ぼくもハイスクールは出てる・・・学友を大事にしたい気持ちは、分かるよ」

「別に織火でいいよ。俺らが線を引くと、リネットが気にする」

「では、ぼくもレオンで構わない。親しい者はそう呼んでいるから」




 強く握手を交わす織火とレオン。

 その光景を―――エセルバートは、拍手でもって讃えた。




「―――善き戦いを見せてもらった」

「戦い?」

「そうだ。

 始祖ハロルドが掲げた『善き戦い』とは、武器で敵を打ち倒すだけではない。

 お互いの意思を強く持ち、しかし奪わず―――対話をし、決着を付ける。

 それもまた戦いであると、ハロルドは考えていたのだ」


 エセルバートは今度は両手を晒し、再び織火とレオンの手を結んだ。

 そしてその手に、自らの手を重ねた。


「今、ここに戦いは決着を見た。

 私は全ての戦う者を受け入れる―――歓迎しよう、オルカ、レオン」


 すると、そこに今度はオリヴァーの手が重なる。

 次いでチャナやリネットも加わった。


「隊長、オリヴァー・グラッツェル。しごいてやるから覚悟しろよ」

「リネット・ヘイデン戦闘員です。射撃でお力になると思います」

「チャナ・アクトゥガ、副隊長!操縦関係はまかせろ☆

 ちなみにウチは技術部も兼任だよん。親玉は別だけどね!」


 続いて、初対面のふたりが―――うちひとりは、寝ているところを引きずられる形だが―――手を重ねた。




「わー!なんか円陣みたいでいいッスね、これ!

 アタシはノエミ!ノエミ・カルヴィ!オペレーション担当ッス!

 おふたりが戦いに集中できるよう、バッチ!案内するッスよ!

 よろしくお願いしゃッス!」


 空いた方の手でサムズアップをするノエミ。

 ボブカットの髪が健康的だが、そんなことよりも織火はふたつの部分が気になってしかたがない。ひとつは身長。明らかに180ではきかない。男としてさほど低くない織火が完全に見上げる形だ。

 もうひとつは・・・要するに、胸だ。

 それはかなり豊満なシルエットだった。視線が向くのを必死で軌道修正する。

 思春期だった。仕方がなかった。だが絶対に言うわけにはいかなかった。


 「ほらぁー!起きてぇー!ドクターもやるッスよぉー!」


 ノエミは起きる気配のない男の頭頂部をブン殴る。

 起きるどころか、より致命的に寝そうなスイングだった。

 スイングというか、もはや垂直落下に近かった。


「ぐッ!?・・・おぅう・・・こっちゃあ徹夜明けなんだっつの・・・・・・・・・

 ・・・あ~~~・・・ルゥ紅来フォンライ・・・・・・・・・

 技術部の・・・トップを、やってる・・・・・・・・・ふぁあ~あ・・・

 ドクター・ルゥってどいつも呼ぶが・・・別に呼び名は・・・どうでも・・・

 ・・・・・・・・・グォォォ・・・納期・・・・・・・・・」


 そう言い残すと再びルゥは眠りの中に沈んでいく。

 伸びっぱなしの髪とヒゲ、よれよれのセーターが、生活を雄弁に教えてくれた。

 

「・・・ここに今いねぇメンバーがひとりいるが・・・アイツはまぁいいだろ別に。

 おおむね!これがグランフリート戦隊の本国直属メンバーだ」

「それでいいのか隊長」

「いいんだよ、隊長の俺が言ってんだぞ?なぁレオン?」

「ハッ!!!上官の意見は絶対でありますッ!!!」

「声がでけぇ」

「声でかいぞお前」

「声が大きいですね」

「声うるさ」

「おっきな声ッスね!」

「納期が近い・・・・・・・・・」

「失礼しましたッ!!!」


 全員で笑い合う(ひとりは寝ている)。

 ひとしきり笑ったあと・・・改めて、新人ふたりは挨拶をする。




「これからよろしく。スピードは負けないからな」

「頼もしいな!ぼくもパワーには自信があるぞ!」




 ―――そうして、その場は解散になる。

 各々が部屋に散っていく中で―――チャナが、織火に声をかけた。


「宿舎の部屋を確かめたら、ラボに来てね。

 薄い服装をオススメするよ。多分、めっちゃ汗かくから」

「?―――分かった」




 部屋に入ると、すでに一通りの荷物や家具が、事前に希望した通りのレイアウトで配置されていた。

 キャリーケースの荷物を開けると、ラボに持ってこいと言われた服と―――色紙に描かれた寄せ書きを取り出し、机に置く。

 

 春太郎たちが、出発前に準備してくれたものだ。

 ―――これさえあれば、クラスメイトの名前は全員覚えておけるだろう。


 織火は一度それに目を通すと、部屋を出た。




 ラボのドアを開くと、ドクター・ルゥが出迎えた。


「おぉ、来たな新人」

「あ・・・は、はじめまして?」

「あー、まぁさっきは寝てたからな・・・

 さっきのはちゃんと覚えてるよ、安心してくれよ・・・」


 ドクターはそっぽを向き、恥ずかしそうにガリガリと頭をかく。

 そうしてから、急にじっとりと恨めしそうに織火のことを見た。


「だけど俺が眠気で死んでたのはお前のせいでもあるんだからな・・・」

「は?」

「全くチャナのやつ、突然ヘンなプラン持ち出してきやがって・・・。

 確かに面白そうだと思ったが、短期間でやるもんじゃないんだよなぁ・・・。

 そのへんのことが天才には分かっちゃいねぇんだ、ったくよぅ・・・」


 本日二度目の恨み節は完全に逆恨みのようだが、全く話が分からない。

 自分の世界に入ってブツブツと独り言を続けるドクターの背後、小さく分けられた部屋からチャナが出てくる。今度は白衣の下に『のびしろ』と書かれた変なシャツを着ていた。


「来たねオルカくん!覚悟はいいか!」

「今日だいたい急に何か言われるんだけど何?」

「アハハ、ごめんごめん。

 急ピッチで進めてきた準備が間に合って嬉しいんだ」

「準備?」

「こっちきて」


 さきほどチャナが出てきた部屋に案内される。

 





 照明が灯され―――織火は、それを目にした。






「せっかく必要になるんだし、高性能な方がいいと思ってね。

 スピードを邪魔しないように、できるだけ軽量化してある」


 ―――冷たい質感にも関わらず、それは生々しく見える。

 神々しいようであり、禍々しいようでもある。

 造形の美しさが、生命的矛盾をパッケージしていた。 


「素材には、君がへし折った〈グラディエイター〉の角を使った。

 ずいぶんキレイに形が残ったからね。有効利用したワケ。

 パルス伝導物質だから、こっちでもアンカーと同じことができる」


 完璧に磨かれた黒い表皮。しなやかな人工筋肉。

 むき出しのコード類が、繋がるべき神経を今か今かと待っている。


「生身でやれば、あの“爆発パンチ”は無茶でしかないけどね。

 あれは戦法としては悪くないと思う。

 やろうと思えば、きっと同じことができるはずだ」

「―――――――――」


 


 織火は―――自分でも不思議だが、笑っていた。

 嬉しさとは違う。ただ何か、言い表せない期待があった。

 心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 動力炉に火が入ったように、血液が踊る。




「今から、処置するよ。

 再確認するけど―――覚悟はいい?」

「望むところだ・・・!」


 ―――それは、機械の腕。

 御神織火の新たな右腕が、そこにあった。


                       ≪続≫

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