第2章 -3『ふたりの新人』
『じゃ、着水するよ~。
改めてシートベルト確認してね、ちょっち揺れっから』
輸送船をマウントした運搬機は、マストを正面として東側にある施設、その入り口付近の着水用プールへと降りた。
マウントが外れ、足元がぐらりと沈む感覚。それが落ち着いたあと、ようやく十数時間の船旅は終わりを告げた―――最後の一瞬は、空の旅だったが。
「・・・今・・・あの船の上にいるんだよな、俺」
織火は、その場で足を軽く踏んでみる。
何の変哲もない、舗装されたアスファルト。だがここは船の上だ。何の変哲もないということ自体が驚愕に値する。
着水プール横の発着スペースへ、運搬機が着陸する。
ローターが回転を止めると、ハッチが開いた。
(・・・そういえば・・・チャナさんはまだ声しか知らないんだな)
日本では意識がないうちに帰ってしまったというので、織火はチャナの姿は見れずじまいだった。
運搬機はチャナが運転していたのだから、今度は見られるはず。そう思って待っていると、タラップを下る金属音がして―――、
「・・・えっ?」
そこから降りてきたのは・・・どう見ても、小学生くらいの身長の女の子だった。
褐色の肌に、日に反射すると蛍光色のようにも見える、不思議に鮮やかな緑の髪。
パイロットスーツの上から、白衣のようなものを着ている。
「おっ、いたいた!やーやーやー!
ようこそグランフリート戦隊へー!今からそっち行くぜぇー!」
織火の姿を確認すると、満面の笑みを返した。
ぴょんこぴょんこと跳ねながら、千切れるほど両手を振る。
―――間違いない。この喋り方とノリは・・・あまりにもチャナだ。
歩いてこちらへ近づいてくる。
よく見ると白衣は、そでは折り畳んでやっと手首の先を出しているし、長いすそをズルズルと引きずっていた。
それが余計に、体の小ささと、手足や腰の細さを感じさせる。
実際に目の前まできたとき、織火は全く動揺を隠せなかった。
「マイクを通さないで話すのは初めてだねぇ、新人のオルカくん!
―――あれ、どしたん?着地で酔った?」
「あ、いや―――その・・・失礼かもしれないけど。
こういう感じだとは、ええと、思ってなくて・・・ちょっと驚いた」
「ハッハーン?
あんまり頼れる空気を醸しすぎて、おねえさんだと思っておったか。
残念だけどチャナさんは寝ても覚めても11歳☆」
「11歳!?」
「あ、でも小学生じゃないぜ。大学出てっからさウチ。あがめろ」
「大学!?」
怒涛の情報量に思わず言葉もオウム返し。
要素が多すぎる。
「さて・・・早速なんだけども。
今日は君たち新人を歓迎したいと、この国の長・・・公爵がここへお見えだ。
せっかくだからそこに今いる隊員を集めて顔合わせをしよう。
ウチの詳しい自己紹介もそのときに」
「あぁ、分かった―――ん?・・・君、たち?」
「あっそうか、言ってなかった!」
チャナは、織火たちの輸送船が入ったプールの向かい側、別のプールを指さす。
降りるときには気付かなかったが、そこにはもう一隻の輸送船があった。
「今日はなんと、君のほかにもうひとり新入隊員がいるんよ。
本来、
“同期”がいるってのは、相当珍しいよ」
「へぇ・・・」
「ま、そっちも顔合わせの時だぁね。
ほいじゃ行こっか!こっちよ~ウフフ、捕まえてごらんなさ痛ぁーっす!?
おしりがへこんだのでは!?」
チャナがふざけた後ろ歩きで勝手にドアに激突するのをノーリアクションで処理しながら、織火は、ほんの少し安心を覚えた。
東京に引っ越したとき、本当にひとりだったことを思い出す。
何もかもが新しいこの環境で、『初めて』が自分だけではないというのは、心強い気がした。
―――道すがら、織火はチャナから基地の施設を案内された。
今現在いる正面ゲートを入ってすぐの建物には、情報や資材などを管理するための機能が備わっている。ブリーフィングや装備のメンテナンスの設備もあった。
『一応礼儀だしやっとくか』ということで、チャナが被服管理室から織火に合うサイズの隊服を持ってきて着せた。別に着用義務はないので平時はほとんど見ないとも言っていたが。
中庭を挟んで隊員宿舎と大型倉庫。実際には見なかったが、離れた場所には訓練のための大型プールもあるという。
「―――で、到着っと!ここがブリーフィングルームだよん」
建物の一番奥。
他の部屋とは少し違う、大きく厚みのある扉だった。
その雰囲気に気圧されたのか、織火は緊張の面持ちを顔に浮かばせる。
「ん・・・まぁ、そうだよね。
こないだまで一応普通の高校生やってたんだもんねぇ。
最初はどうしても緊張しちゃうか」
「情けないけどその通りだ・・・」
チャナは織火の背中をポンポンと叩くと、続いて自分の胸を叩いた。
「気にせず、緊張したまま入んなよ。
それを解いてやれるかどうかは、ウチら先輩の仕事だぜ」
「・・・ありがとう、チャナさん」
チャナは悪戯っぽい笑顔を浮かべるが、声色は優しく、頼りがいを感じさせた。
織火は自分の頬を左手で何度かぱしんと叩くと、顔を上げる。
それを見て満足げに頷き、チャナは室内に告げた。
「―――マクミラン公。
チャナ・アクトゥガ副隊長ならびにミカミ・オルカ戦闘員、到着しました」
「入りたまえ」
―――ドアを開く。
室内には
読み物といえば海藻パルプの紙媒体が主流だ。だがここには、資料写真でしか見たことのないようなデータチップもあるようだった。水没都市からのサルベージ品なのだろうか?
テーブルには、リネット、オリヴァー、初対面の人物が2名掛けている。
ひとりは男、ひとりは女―――男のほうは机に伏して爆睡していた。
そして部屋の一番奥、戦隊エンブレムが描かれた垂れ幕の前。
白いダブルスーツに、ウェーブのかかった金の長髪。
本当は年若いのだろうが、その清廉な表情にそれを意識させるものはない。
そこにいたのは、戦士の拠点には似つかわしくない男。
しかし―――この場の誰よりも、戦士の風格を感じさせる。
そんな空気を纏った男だった。
「きみが、ミカミ・オルカ君だね」
「・・・はい」
「グランフリート公艇国元首、エセルバート・マクミランだ。
きみがこの国に来てくれたことを、とても嬉しく思う。
どうか、握手を―――日本は右手だったと思うが、今日は左だね?」
「あ・・・はい、ありがとうございます」
緊張しながらも礼に応じる。織火は基本的にあまり礼儀や作法を意識しないが、無意識のうちに敬語を用いていた。
エセルバートが、小さな汚れ一つない手袋を外す。
その下から出てきたのは―――無数の傷跡に象られた、無骨な左手だった。
握手を交わす。
見た目にそぐわぬ、ごつごつとした感触がある。大きな手だ。
骨か神経が悪いのだろうか、よく見れば小指だけは完全に握れていない。
その握手は、無言のうちにエセルバート・マクミランという人生を語り掛けるようだった。
「・・・君は戦士としてここに来たが、同時に今日からひとりの市民でもある。
この国を気に入ってくれると嬉しいのだが」
「来る途中に空から街を見ました。
うまく言えませんが、その―――人間が・・・作ったんだなと、思いました」
「作文じゃん」
「う、うるさい・・・!」
チャナはからかったが、エセルバートは嬉しそうに微笑した。
「それは、何よりの誉め言葉だな。
この船は、人間が人間の世界を諦めずに築いた、強い意思の結晶だ。
祖父ハロルドも喜んでいることだろう」
そう言って、壁にかけられた地図を愛おしげに眺める。
―――その目を、織火は自分のものとして知っていた。
「・・・ところで・・・ダウソンくんはどこに?
今日は彼も同時に乗艦すると聞いていたんだが・・・」
エセルバートは部屋を見回す。
それを聞いてオリヴァーは眉を下げて笑い、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「前の上司への連絡を急かされたんだと。
―――事情が事情とはいえ大変なこって。呼んでくるか?」
「そうか。いや良い、致し方ない理由だ。
そういうことならば先に既存メンバーと顔合わせを―――」
『失礼致しますッ!!!
ダウソン二等・・・もといッ!!!ダウソン戦闘員でありますッ!!
グラッツェル戦隊長殿へ入室の許可を求めますッ!!!』
「あぁ戻って来たわ・・・いいから入れ、あと声がでけぇ」
『申し訳ありませんッ!!!入室しますッ!!!』
「声がでけぇ」
―――その人物は、声がでかかった。
勢いよくドアが開かれる。
入ってきた男は、織火とさほど変わらない身長の白人男性。
だが体型は違った。何らかの訓練を受けていると一目で分かるような、ガッシリと鍛え上げられたものだ。
ベリーショートの金髪に隊服がよく似合っている。こういった類の服を着慣れているのかもしれない。
ボストン型のメガネの奥には、熱意に燃える瞳があった。
「元気で喜ばしい。
会うのはアメリカ以来だな、ダウソンくん」
「再びお会いできて光栄であります、公爵殿!
今日よりはひとりの戦士としてこの身を捧げる所存です!」
「うむ・・・では、オリヴァー」
「おう」
オリヴァーは立ち上がり、エセルバートと場所を替わる。
「さァて、そういうワケで今日は嬉しいことに新人がふたりもいる。
歓迎会はあとでやるとして、決意表明でもいっとくか。
そんじゃあ~~~まずオルカ、お前からだ」
「敬語じゃなくてもいいかんね~」
オリヴァーが横に退き、織火と―――もうひとりが位置を替わる。
織火はまだ名前を覚えていなかった。
手でうながされ、織火は一歩前に出る。
・・・しかし、決意表明と言っても、何を言えばいいのか?
一瞬悩んだ末―――そのままを口にした。
「・・・御神織火、高校生。
日本にいるクラスメイトを守りたくて、ここに来た。
戦いはまだ弱いけど、走りにだけは自信がある。
これからよろしくお願いします」
一同は拍手する。チャナやオリヴァーが囃し立てるその中で、隣にいる男だけが、密かにピクリと眉をひそめていた。
「次はダウソン、大声は出さなくていいからな」
「はいッ!!!」
「声がでけぇ」
一歩前に出たところで、ほんの一瞬、織火の方を見る。
先ほどまでとは違う意思が、その視線には感じられた。
―――苛立ち?
「本日付けで配属されました、レオナルド・ダウソン戦闘員であります!
アメリカ海軍からの転属で、武器やビークルの扱いは習得しています!
自分の決意表明ですが―――」
ここまで言って、ふっと言葉を切る。
そして・・・今度はしっかりと、体ごと織火に正対した。
真っ直ぐに見つめるその瞳にはやはり、先ほど感じた―――苛立ちのような感情が込められている。
震わすような大声でなく―――静かに、しかしより響く声色で。
レオナルド・ダウソンはハッキリと告げた。
「―――ミカミ・オルカ。
きみのような人間が―――ぼくは、気に入らないからだ」
≪続≫
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