第2章 -5『バトルアーム・チュートリアル』




 ―――生まれたときに持っていたものを、手放しながら生きてきた。

 夢とか、場所とか、人間関係とか。




 右腕がもう動かないと告げられたとき―――織火は、『とうとう身体か』・・・と、不思議と静かな気持ちだった。


『本来の腕とはお別れだけど。自分の目で見たい?』

『―――いや、いい。もう未練はない』

『・・・おっけ。じゃ、眠れるタイプの麻酔にするよ』


 だからそれは、別に強がりとかではなくて。

 ―――ただ・・・これを最後にしようと、密かに誓った―――。








「―――・・・オルカ君。終わったよ」


 ・・・チャナの、珍しく少し心配そうな顔が見える。

 隣では、ドクター・ルゥが手持ちの計器を確認していた。


「・・・・・・・・・・・・・・・どのくらいかかった?」

「せいぜい二時間だ。医療の進歩は目覚ましいなァ、まったく」


 部屋には窓がないので日照は分からなかったが・・・少し、腹が減っていた。

 麻酔の抜けきっていない頭でぼんやりと口にする。

 

「メシ食いてえ・・・」

「そうだねぇ、もうそんな時間だ!

 ドクター!ブロックメイトいっこちょーだい!」

「チョコならいい。フルーツとチーズは俺のだ」

「あーい」


 チャナはブロックメイト―――いわゆる栄養調整食品だ―――をひとつ取り出し、織火の顔の上でひらひらと見せつける。

 そして、悪戯っぽいような・・・それでいて優しい目で、提案する。


「これあげる。

「―――――――――」


 織火は、わずかに心臓が早まるのを感じた。

 ・・・しばらく脳にそれを指示していない。今、うまくできるだろうか?

 そもそも、俺があると思ってるものは、本当にそこに―――


「オルカ」


 その逡巡を感じ取ったのだろうか。

 チャナは、持っていたブロックメイトから手を離した。


 それは視界の外、やや右側に落ちていき―――




「・・・あ、」


 織火は―――それが、右の手のひらに落ちたのが・・・分かった。




「ほら、食べてみて」


 まずは・・・これを握らなきゃいけない。

 指を動かす。ブロックメイトのサイズなら、親指と人差し指だけでいい。

 指先に、箱状のものが触れる。分かる。ハッキリと分かる。


 血ではないエネルギーが巡るのを感じる。

 今まで、お前の先任者はこうしてきたんだ・・・そう教え込むように、肩を、肘を、手首の関節をひとつひとつ動作。

 わずかな駆動音もない。他の人のことは分からないが・・・きっとこの後任は優秀な設計なんだろう。


 


 そうして―――織火の視界には、ブロックメイトと・・・黒い手が映った。


 


「・・・いただきます」

 ひとくち、かじる。


「どう?」

「―――最近のやつ・・・パサパサしないんだな」

「うん」

「口の中が、しっとりする」

「・・・うん」

「・・・湿気ってるんじゃねえのか、このブロックメイト・・・」

「そうだね・・・ゆっくり食べてよ」

「ああ―――」


 織火は麻酔が抜けきるまで、チョコ味のブロックメイトを食べた。

 塩の味がした。理由は分からない―――。








「―――で、どうだ。

 痛みとか、違和感とかないか?重さは感じるか?」

「完璧だ、ドクター。何の問題もない」


 部屋から出た織火は、全身大のミラーの前で、改めて自分の義手を見た。

 黒い鋼鉄の腕は、長さも太さも、ほとんど生身の左腕と変わらない。

 動きも、スムーズで繊細だ。


 しかし、織火はひとつ気になることがあった。


「なんか・・・あちこちに穴みたいなの付いてないか?

 ヘッドホンのジャックみたいな・・・」

「ああ、それか。

 お前さんの心情は特に考慮しないからハッキリ言うけど、

 それは武器を取り付けるためのアタッチメントだ。

 その腕は要するに、お前の脳で動く機械だ。

 だったら、同じ仕組みで直接いろいろ使えた方が面倒が少ないだろうよ」

「―――なるほど・・・?」


 織火はコンセプトを理解したものの、それが具体的にどういうことなのか、ピンとこなかった。今まで脳で機械を動かしたことなど一度もないからだ。

 そこへ、一時退室してどこかへ行っていたチャナが戻る。


「ドクター、準備いいよ」

「おう、じゃあやるか」

「ウェットスーツを用意した。ちょっと着替えようか」

「え?ああ・・・分かった」


 言われるまま、織火はチャナの用意してきたスーツに着替える。

 右腕と同じ、黒を基調としたウェットスーツ。


「着替えたぞ」

「こっちに来てくれ」


 


 ラボの奥、大型のシャッターを開く。

 そこには、かなり広い円形のプールがあった。

 目算だけでも、直径100メートル近くはある。




「今からちょっとテストをするから、これ履いて」

「ジェットブーツ?」

「こっちもお前仕様にしてある。

 可能な限りスプリント用のものに寄せつつ、バッテリーは長めだ」

「それと、これ。ちょっと違和感あるかもしれないけど、慣れてね」


 ちょうどオルカの肘から下ほどのサイズの・・・形状として似たものを挙げるとするならば、『盾』だった。

 

 チャナはそれを・・・織火の右腕にする。

 直後、微弱な電流を流されたような痺れと、軽いめまいがした。


「・・・ッぐ・・・!」


 ・・・それは数秒でおさまった。

 持ち上げても、すでに違和感がない。だが、肉体的な違和感のなさが、精神的には違和感だった。自分の腕に、見知らぬ器官が増えた感覚。


「これが・・・さっきドクターが言ってた『腕で直接色々する』ってやつか?」

「その通りだ。

 今からしてもらうのは、腕の慣らしと、そいつのテストってことになる。

 ま、レクチャーしながらやるから、とりあえず着水してくれ。

 入口はそこのドアの向こう」

「・・・こういうときって、『了解』の方がいいのか?」

「それは別に何でもいい」

「分かった」


 織火はドアの向こうの通路をくぐり、階段を下りてプールに着水した。

 

「さて・・・とりあえず、そのブーツで軽く走ってみろ。

 スプリントフォームで右腕に違和感があればその時点で中止する」


 水面にウォータープロジェクションでコースが表示される。

 織火は軽く深呼吸し、スタートに備えて姿勢を低めた―――走行開始。

 

 今度こそ驚嘆した。

 この右腕からは、全く機械の重さを感じない。

 重さをもたらすのは、先ほど接続したあの『盾』だけだ。


(これまでと変わらない―――俺は、走れる・・・!!)


 速度を上げる。カーブを曲がる。

 だが、平面ではまだ、トップスピードには乗らない。


「ドクター!腕でやれるんだよな!?」

「ああ。そろそろと思ってたとこだ、許可する」


 織火は一瞬、限界まで姿勢を低くする。

 

 意識を右腕に集中。

 力を、手の先に集めるイメージ。

 腕の表面に青いライトラインが浮かび上がり、やがてそれは指へと流れる。




 手で、水面を撫でた。

 ―――その結果を確認もせず、織火は加速する。


 スロープを作り、そこへ走り込むのとは違う。

 織火の走る水面が、織火に合わせてスロープへと変わっていく―――!




「これまでよりも―――早い!」

「それが、巨魚ヒュージフィッシュどもの伝達速度だってことだ。

 奴らはこのくらいの素早さでやってくるぞ」

「それは、ヤバいな―――!」


 織火はひたすら加速―――しようとした。

 しかし・・・コースのちょうど反対側。その進路を阻むように、アームに吊るされたプレートが、壁のように降りてきた。


「おい!何か出たぞ!」

「―――

 そのプレートには何をしてもいいが、そのままのコースで走り続けろ」

「なんッ・・・!?」


 何かを言おうとする間にも、壁は迫ってくる。

 織火は―――自分が唯一経験した戦いを思い返していた。


(波で吹き飛ばすか・・・!?ダメだ、そこまでの時間はない!

 せめてスラッシャーが・・・いや、コースが限定されてる・・・!

 たとえ刺し貫いたって、俺自身は激突だ・・・!

 ・・・コースのこっちから、完全に破壊するしかない!)

 殴るか!?だが強度が保つ保証はない・・・!!)


 織火の脳裏に浮かぶ、ひとつの回答。

 ここにない最適解。


(せめて・・・―――!!)


 ―――織火が、明確にそれを望んだとき。

 自らの新たな右腕は、脳の導いた回答に、正確に呼応した。




『アーム・パルスカノン、起動オン』 

「何・・・!?」

 



 『盾』がシステム音声を出力した。

 形状を構成するパーツが、バシュン、と音を立て、一度バラバラに展開する。

 それは複雑に組み変わり、巻きつくように腕を包んだ。


 腕に構築される、その形状。

 肉体あるじの望みに応える機能を、その腕に再現する―――!


「これは―――砲、か!?」

『注水してください』

「注水―――こうか!?」


 そのまま砲身を水面に浸す。

 タービンポンプが水を組み上げ、砲の内部を水で満たした


『注水装填完了』

「完了って、トリガーはどこに・・・・・・・・・まさか・・・?」 


 織火は、ドクターの言葉を思い出した。

 ―――この右腕は、脳で操作する機械なのだと。




 壁が迫る。織火は射撃姿勢を取る。

 パルスカノンと、システムは言っていた。

 ならば、やることは分かる。

 リネットがやっていた、あの技の要領だ。


 砲身の内部、水に意識を集中する。

 全てのパワーを、そこだけに集めるイメージ。

 形状は・・・そうだ、あれがいい。炸裂弾。


 不定形の水が、質量を持つ弾丸に姿を変えていく。

 砲身から、強まる青い光があふれだす。




(引けば―――)




 その腕を、真っ直ぐに壁へと向け。




「―――出る!!」




 織火は頭の中でトリガーを引いた。

 青い稲妻をあとに引く硬化水質の弾丸が、真っ直ぐに壁へと飛行し―――着弾すると同時に、光を炸裂させる。

 スピードを阻む壁は、完全に砕け散った。




「よぉし、よしよしよぉーーーし!!

 いいぞ、よくやった!!そういうことだ!!

 マルチ・バトルアームの使い方は分かったな!?

 あ、一旦止まっていいぞ!!オッケーだ!!」


 ドクター・ルゥが飛び跳ねて喜ぶ。

 織火は速度を落として走行を停止し、ホバーに切り替えた。


「荒っぽいチュートリアルだな、ドクター」

「まぁ許せ、これが一番伝わりやすいと思ったんだ!

 それで、どうだ!睡眠を削って作ってやった自信作だぞ!」

「―――最高」

「ヒャッホー!!」


 ドクターはしばしガッツポーズや投げキッスを繰り返す。

 そのあと―――はたと何かを思い出したように、バタバタと通信席に戻って話しを始めた。


「今のうちに言っておくが、射撃の他に斬撃と防御もある。

 だが同時使用はできん、タイミングには注意しろ。

 いいな!そこだけしっかり覚えておけよ!」

「それは練習させてくれないのか?」

「させるが―――話すタイミングは今しかない。

 始まっちまえば・・・・・・・・・ヒドい目にあうだろうからな・・・」

「どういうことだ?」


「む!?オルカではないか!!

 どうしてきみもトライアル・プールにいるんだい!?」


 大きな声が、織火の入った場所とは反対の入り口から聞こえてくる。

 そこには、ウェアと装備を着込んだレオンが着水するところだった。

 

 腰には訓練仕様と思しきブラスターと、ボックスのような装備。

 右腕にアンカーを付けているということは、レオンは左利きなのだろう。

 左腕に持っているのは・・・もり、だろうか?

 ジェットブーツも、通常よりかなり大型だ。

 

「レオン?お前もチャナに呼ばれたのか?」

「ああ、そうだとも。

 『テストをするから来るように』と・・・合同テストなのかい?」

「いや、そうは聞いてないけど・・・」






『―――騙して悪いケド!!

 要するにそういうことなんだよ、ねぇ―――ッ!!!』






「な!?」

「む!?」


 真上から聞こえる声。

 視線を向けると―――何か、巨大なものが降ってきていた―――!


「危ないッ!?」

「うおぉッ!?」


 ふたりは飛びのいて回避する。

 

 大質量が落下し―――それは、水に沈むことはなかった。

 青い光を足元に広げ、足場を作る。

 それは、巨大なカニの姿をしたロボットだった。


「その声・・・!!アクトゥガ副隊長殿でありますか!?」

『いかにも!!

 そしてコイツは〈トライアル・メタルキャンサー〉!!

 今から新人ふたりをいびり倒す、悪魔のメカ巨魚ってワケよ!!』

「いきなり何の真似だ!?」


 〈メタルキャンサー〉が、ハサミを真っ直ぐ二人に向ける。


『未経験で装備もピカピカの新人が・・・いきなり実戦に出られると?

 バカ言ってんじゃねえやい、夢見るボーイが!!

 まずは実力テストからって相場が決まってんだよねーッ!!』


 そのまま二、三度ハサミを振り回す。

 最後にファイティングポーズ(に見えるポーズ)。

 機体にパルスがほとばしる


『―――今からやること、いちいち説明いるかい!?』


 


 織火とレオンが顔を見合わせる。

 そのまま〈メタルキャンサー〉の方へ向き直り、目を合わせないまま声をかける。


「―――動けなくした方が勝ちでどうだい」

「―――面白いじゃんか、それで行こうぜ」


 織火は右の拳を、レオンは左手の人差し指を、それぞれ〈メタルキャンサー〉へと突き付ける。




「「―――望むところだ!!」」

『よく言った、覚悟しなァ―――ッ!!!』




 ドクターが鳴らしたブザーをかき消すように、ハサミが水面を打つ。

 それが開戦の合図になった。


                  ≪続≫

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